第三話 賞金稼ぎ・その名は……
――竜ヶ杜奥深く。
賞金首の剣士・士狼を追って森に入った若き賞金稼ぎの女、潮と古兎乃は森の中をとぼとぼと歩いていた。見知らぬ森の奥で夜を明かした二人の足取りは重く表情は暗い。
「ねえ、潮?」
「なに?」
お互いに顔を見ずに歩きながら淡々と言葉を交わす潮と古兎乃。
「あのバカ、またどっかいったの?」
「朝早く起きて道を探すとか行ってたけど」
潮と古兎乃にはもう一人の仲間がいるのだが別行動しているようだった。二人は淡々と会話を続ける。
「ねえ潮」
「なによ」
「さっきから同じ場所回っ――」
「え、何聞こえない!」
それまで無表情だった潮は慌てる様に古兎乃の言葉を途中で遮る。
「だから、同じ場所ぐるぐる回って――」
「あーあー何? 聞こえない!」
耳を塞ぎ苦悶の表情で応える潮。
「これ絶対迷ってるよね?」
仏頂面の古兎乃に対して潮は満面の作り笑顔を向けた。
「あのね、アタシたちは賞金首を追って深い森へ分け入ってるよね? それでちょっと二回か三回か同じ場所を――」
「五回目……」
「五回程度同じ場所を通ったくらいで迷ったなんてそんな大袈裟な――」
古兎乃は「はあ」とため息をつき呆れ顔で答える。
「世間ではそれを迷ったっていうんだけど……」
「ぐぬぬぬぬ……分かってるわよもう、いちいち言わなくても! 生意気なことを言う口はこれかぁ?!」
潮は顔を真っ赤にして古兎乃の頬をつまみ、こね回した。
「らからひひゃいっへいっふぇるおにぃ~」
二人が揉めていると背後から声がした。
「あ、誰かいる~こんにちは!」
潮と古兎乃は想定外の場所で想定外に話しかけられて驚き、固まった。まさかこんな森の奥で不意に第三者に話しかけられるなど思いもしなかった。二人は恐る恐る声の主を見るとそれは花嫁姿の少女・子音であった。こんな森に似つかわしくない姿の少女であったが近い年ごろの娘がこんな森の奥にいるという事実に安堵する。
「こ、こんにちは」
古兎乃は気を取り直して挨拶を返す。
「あ、アンタってこの辺の人?」
潮は地元民でこの森を知っているであろうことを期待して聞いてみた。
「うん、子音はこの辺の人だよ?」
子音の答えに潮は拳を握り「よっしゃ!」と声を上げ、古兎乃は嬉しさのあまり潮に抱きついて小躍りしていた。
「おい子音あんまり先に行くなよ、またあいつらに出くわしたら……って誰だ?」
子音の後方から男――子音を襲撃者から助けた賞金首の剣士・士狼が歩いてきた。嬉しさのあまり全く無警戒の二人。
「あ、士狼! なんか人がいるよ~」
子音は無邪気にぶんぶんと手を振って満面の笑みで士狼を呼ぶ。
「「――士狼?」」
「「え、え、え? え? えええええっ!!!」」
潮と古兎乃は思わず声をハモらせて叫んでいた。まさか、いきなり追っていた本命の賞金首に出会ってしまったことに混乱したのか、潮と古兎乃は何度も顔を見合わせたのち、後ずさってそれぞれ武器を構えた。
「あ、あ、アンタが賞金首・士狼かい!?」
潮は声が上ずっている。古兎乃はいそいそと似顔絵の描いたかわら版を懐から取り出し見比べる。
「こいつ……だわ!」
生唾を飲み緊張した面持ちで潮と古兎乃は武器を構え直して士狼を睨む。そんな潮と古兎乃を見て士狼はため息をついて呆れ顔で頭をポリポリと掻く。
「こんな所まで追ってきやがるとは、しかも賞金稼ぎの娘っ子が二人か。まったく因果だねえ……」
潮は冷や汗を流しながら強張った笑みを浮かべている。
「ここで会ったがなんとやらだ、賞金首・士狼。生死は問わずってね……」
潮は構えている薙刀をくるくると回しタイミングを計る。古兎乃は声を潜めて手招きで子音に呼びかける。
「あなた、子音とかいう人、危ないからこっちに!」
「え、士狼はいい人だよ? 子音を助けてくれたし」
子音はキョトンとした顔で答えた。
「助けたって……どういう――」
「古兎乃、耳を貸すんじゃないよ。こいつは百人斬りの大悪党だ!」
古兎乃の疑問を被せるように言葉で遮る潮。士狼は更に大きなため息をつき、肩を竦めてやれやれといった仕草をする。
「大悪党……ま、間違っちゃいねえがよ……因果だなまったく」
向かい合う士狼と潮・古兎乃だがその時、突然口笛のような音が鳴り響く。何かの音色のような節のついた口笛であった。
「え? 士狼、なんだろこれ?」
「口笛だな……なんでこんなところで」
士狼と子音は口笛の音色に戸惑っている。一方、古兎乃は何故か苦笑いをし潮は呆れ顔をしている。
「ソコなチョウニン、シバシ待たレヨ!」
変な訛りのある言葉が響き渡る。茂みの向こうから一人の男が現れた。スラリと長身で癖のある金髪に碧眼、そして眼鏡をかけている。いわゆる白人という風体であろうか。奇妙な皮帽子――テンガロンハットを被り虎柄の襟巻を巻いている。着物を着崩し、下半身は奇妙な細い色褪せた藍色の綿袴――いわゆるジーンズみたいな下履きと皮の長靴を履いている。何と表現しようか迷うような変わった風体だが、敢えていうなれば『変なカウボーイ風サムライ』である。
「拙者、タイガーJと申ス者アリオリハベリイマソカリ、ユーを探シテいたのココロ!」
タイガーJと名乗った男は自信あり気な表情で士狼を指さし、反対の手の薬指で眼鏡をクイッと上げていた。士狼は眉間に皺を寄せ、顔だけを古兎乃へ向けて何かを訴える様な表情をした。
「……おいコレ、おまえらのツレか?」
「あはは……すみません」
ペコリと頭を下げる古兎乃の頭をはたく潮。
「古兎乃、何謝ってんのよ!」
「わあ! 面白い~士狼のお友達?」
「んなわけあるか!」
無邪気に喜ぶ子音の言葉を士狼は思いっきり否定した。皆が呆れる中、子音もまたトンチンカンなこと言い周囲を混乱へと導いているようだ。潮はズカズカとタイガーJに近づき尻を蹴り上げるとJは甲高い悲鳴を上げた。
「アウチ!」
「何やってたのよこのバカタレ!」
潮は何発も尻を蹴る。その度に悲鳴を上げるタイガーJ
「アウチ! オウ! ノー! ソーリー潮! バットしかーし!」
蹴りを止めてタイガーJをジッと睨む潮。
「ああん? 何さ」
「イヌモ歩けば棒に当タル! ズビシィ!」
タイガーJはさも自信あり気に士狼を指さす。ちなみに「ズビシィ」は自分の言葉でそう発していた。
「言葉の使い方間違ってるけど言いたいことは分かるわ……」
「潮、あいつ呆れて行っちゃうよ?」
古兎乃が指をさすと士狼と子音が立ち去ろうとしている。
「どわあ、ちょっと待ちなさいよ!」
そそくさと去ろうとする士狼と子音を慌てて呼び止める潮。子音を連れて去ろうとした士狼は面倒くさそうな顔で振り返る。
「おまえら賞金稼ぎじゃなくて旅芸人か何かか? そういう芸は芝居小屋でやってくれよ……」
呆れ顔の士狼の前にタイガーJが歩み出る。口笛をヒューと鳴らし人差し指を立て左右に振りなちがら「チッチッチ」と舌を鳴らす。
「まあ、ソウ言わズニ拙者の芸を見テクレないカ?」
タイガーJは不敵な笑みを浮かべ腰の刀に手を添え腰を落として構える。その姿に士狼の目つきは一気に鋭いものに変わった。士狼も半身に構えて腰の刀に手を添え、重心は後ろに置き間合いを図る。
「――It's showtime」
タイガーJがそう呟く――ざわりと風が吹き木の葉が舞い散ったその刹那、タイガーJの刀から鯉口を切る音がした。士狼はその音を聞くと反射的に半歩後ろへ下がった。タイガーJは既に刀を鞘に仕舞う動作をに移っている。士狼の半歩前には真っ二つになった木の葉が舞っていた。
「流派・絶刀――鋭」
タイガーJはにやりと笑いながらそう告げた。今の技の名前という事だろうか。
「こいつは……なかなか達者な芸だな」
鋭い目つきだが笑みを浮かべる士狼。
「今のはダイトッカ特別ゴホーシね……」
「買ったぜその芸、おめえ見かけに寄らねえみたいだ……なあ!」
士狼は足元の小石をタイガーJの顔面目がけてつま先で蹴り上げる。Jが小石を避ける刹那、士狼は間合いを詰め、同時に抜刀しタイガーJに斬りかかる。身を翻しつつ抜刀し受け流すタイガーJ。互いに数合、刀を打合い離れた。
「うわあ……流石に百人斬りだね、タイガーJがあんなに打ち合うの久しぶりじゃない?」
古兎乃は目を丸く見開いている。潮は真剣な表情で立会を見守る。タイガーJは「ヒュウ」と短く口笛を鳴らす。
「グレイト! 絶刀の鋭だけじゃなく美・死・泥も躱すとはヤリマスナ!」
タイガーJは笑顔で拍手をした。士狼は「へへっ」と笑いながら乾いてきた唇を舐めた。そんな二人のやりとりを見て潮は気を揉んでいる。
「大概の奴は最初の抜刀で終わりだからね。やっぱ相当ヤバいやつだよ賞金首……タイガーJ、大丈夫なの?」
「All right、潮。アタリマエダのcracker」
潮の問いに不敵な笑みで応えるタイガーJ。
「意味わかんないけど大丈夫っぽいね」
「オーケイ士狼、ナマステ御免……」
タイガーJは刀を鞘に納刀し極端に姿勢を低く抜刀の構えを取る。
「出鱈目な……いやそれがお前の最適ってやつなのか?」
「流派・絶刀――影地」
士狼は刀を体の中心に構える。正眼という最も応用力のある構えである。二人は相対したまま睨みあっていた。お互いに殺気立ってはいるがどこか楽し気な表情で対峙している。
「タイガーJのヤツあの構えを取った……殺さないと勝てないってか」
潮は緊張感に堪り兼ねて解説するように独りで喋る。
「コロサナイト……殺さないと? え、殺し合いなの?!」
子音は潮の独り言に対して問いかける。
「今頃何言ってんだよ。さっきから二人とも殺す気満々だろ?」
潮はこの緊張感の無い子音という娘の発言に少々苛立った。しかし、潮のその言葉で表情は一変し青ざめている。
「だ、ダメだよそんな……殺し合いなんてダメ!」
皮肉にも子音のその叫びが引き金となり二人は動き出す。が、それは子音も同じであった。なんと斬り結ぼうとする二人の間に割って入ったのだ。刃と刃の間で子音は目を閉じ両手を広げる。突然の乱入者に士狼とJの二振りの刃は子音の寸前でピタリと止まった。Jは深く息を吐くと刀を鞘に納め数歩後ずさる。子音はその場にへたりと座り込んだ。
「と、止まった……良かった二人とも――」
士狼は安堵の笑みを浮かべる子音の襟元を掴み怒鳴りつける。
「馬鹿野郎! ふざけるな、一歩間違えばお前は――」
「ご、ごめんなさい……でも、殺し合いとか……だめ……だよ。その人達悪い人達じゃないし」
子音は涙を浮かべ、ヒックヒックと泣きじゃくっていた。その様子に士狼は子音の襟元を離しため息をつく。
「……ああ! ったく、分かったからもう泣くな」
「……うん」
士狼は慰める様に子音の頭にぽんと手を載せた。
「で、まだやるかい?」
士狼はJへ向き直り問いかけた。
「ノー、もうそういう気分ではないネ」
Jは肩をすくめて大袈裟に両手を広げてみせた。
「そうそう子音、あなたこの辺の人って言ったよね?」
場の空気を換えようと古兎乃が子音に話しかける。
「うん、そうだよ」
「この森の出口まで案内してもらえないかな?」
「うーん、子音この森に入るの初めてだから知らないよ?」
子音はきょとんとした表情で答える。
「この森に入るの……」
「初めて?」
潮と古兎乃は顔を見合わせて呆然とした。
「ちょっとアンタ、この子に案内させてたんじゃないの!?」
潮は士狼にすごい剣幕で詰め寄る。
「あ、あのなあ、俺もこいつとさっき会った所なんだぜ?」
士狼はまあまあと両手でなだめる様な仕草をした。
「子音、竜神様に会いに行くつもりだったの。だから竜神様にみんなに出口を教えてくださいって頼んでみるよ」
「竜神様ぁ?」
潮は不安と怒りと困惑で泣きそうな表情を浮かべながら士狼を訴えるような目つきで見る。士狼は苦笑いしながら肩をすくめる。
「うん。子音の村は雨が降らなくてみんなが困ってるから、子音が花嫁さんとして竜神様の所に行けば雨が降るんだって、長老様たちが言ってたの。だから――」
「おまえ、そりゃあ……」
士狼は「生贄じゃねえか」という言葉を飲み込む。この明るく素直な娘にそれを言うのは躊躇われた。
「……で、その竜神様とやらの場所は分かるの?」
古兎乃は恐る恐る子音に尋ねる。
「あ、うん。なんかね、感じるの!」
子音は森の奥を指を差した。
「んーまあこの子を頼るしか無いか……おい賞金首、とりあえず森を出るまで休戦ってことにしない?」
潮は他に手立てがないので渋々嫌そうな顔をしながら士狼に提案した。
「ああ、いいぜ」
士狼はそれが当たり前のような口調で答えた。
「か、勘違いしないでよ、森を出るまでだからねこの極悪人!」
さも当たり前のように返された潮は自分だけ怖がっているのが恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして答える。
「わかってるよ、ったく……極悪人か、間違っちゃいねえよな」
士狼は自嘲気味に鼻で笑いながら呟いた。