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第二話 竜の花嫁と追われる剣士

~第一幕・竜ヶ杜(りゅうがもり)


夜も明けて空もようやく明るくなったころ、花嫁の入った桶を担いだ村の力自慢二人は崖のそばで休憩していた。


「なあ」


「ああん?」


「俺たちなにやってんだろうな……」


村で一番の大柄な男がため息をつき宙をみつめる。


「なにってなに?」


「こんな娘の入った桶担いでよ、竜神様の祠に行くなんてもう怖くてよ……」


大柄な村の力自慢が頭を抱えて弱音を吐いている。相方の大男も不安げな表情で答える。


「まあ……なあ。おめえがそんなこと言うから俺も怖くなってきちまったじゃねえか……」


「す、すまねえ。そうだな、とっとと終わらせちまおう」


などと喋っていると、茂みが揺れ黒ずくめの怪しい人影が2つ現れた。


「な、なんだ!?」


「ひぇ!」


黒ずくめは各々刀を持っており、切っ先を二人に向けている。


「お、お助け……」


「か、金目のもんは持ってねえ、本当だ!」


「そ、そうだそうだ!なんも持ってねえよ!」


「金目のもんはいらねえ、その桶をよこせ」


黒ずくめとは違う方向から声がした。そこには鎧を着た大男が立っていた。村の力自慢は自分たちも村ではかなり大柄だと思っていたが、その大男はさらにひと回り大きかった。獅子のたてがみの様な髪、筋骨隆々とした身体にはところどころ傷跡があり歴戦の武人といった風貌であった。大男が手つきで指図すると黒ずくめ二人は頷き、後ろへ下がる。


「いいか、俺はその桶が欲しいんだ。それを置いてとっとと失せろ」


大男はギロリと睨みを利かせる。その迫力に縮み上がる二人は声が震えている。


「え? 桶っつっても、こ、これは金目のも、もんじゃなくて――」


「た、た、たしかにこれは村の大事なモンだけど、む、村以外には何の役にも……」


短気なのか、大男はいきなり腰に差した大きな太刀を抜く。一般的な太刀よりも一回り大きく刀身の広い太刀――段平(だんびら)と呼ばれる部類の刀である。


「うるせえな……四の五の言わず置いてきゃいいんだよ。めんどくせえから斬っちまおうか」


「ひぃぃぃ!」


「お、おたすけ!!」


村人二人は震え上がり桶に縋り付いてじたばたしている。二人が混乱してじたばたと藻掻(もが)いていると不意に桶が横倒しになり転がり始める。


「おいちょっと待て!!」


桶の転がる先に崖があることに大男は焦り叫んだ。桶は崖を転がり落ち、村人二人は反対方向の茂みの中へ逃げていった。咄嗟に逃げた村人が気になったが、落ちた桶の方が重要だと思い直し村人たちのことは諦め崖の下を覗いていた。崖は切り立ったものではなく急な斜面で鬱蒼とした草や木が生い茂っていて、まだ日も高くないので薄暗かった。故に桶の行く先は目視では確認できず、ガサガサバキバキという遠ざかる音だけが聞こえていた。


「マジか……ちょっとまてよ、あいつらビビリ過ぎだろう――いや、俺がビビらせすぎたか……おい、降りる道をさがせ!」


大男は狼狽し青ざめた表情で命令をする。黒ずくめ2人は頷くと道を探しに散った。


「転がってる最中に中のやつが死んじまいでもしたら……俺が兄者に殺されるじゃねえかよ」


「何をやっているのですか亥藍(がいらん)殿?」


茂みから黒ずくめと似た格好をした女が現れる。黒髪を編み込み後ろで纏めた、色白の鋭い目をした若い女であった。亥藍というのは大男の名前だろうと思われる。


葛恵(かつえ)、オメェか……鷹茜(ようせん)の兄者に言われて来たのか?」


亥藍は気まずそうな表情で葛恵と呼んだ女に問いかけた。


「はい。亥藍殿は加減を知らぬ故、お目付け役として補佐するように鷹茜様より仰せつかっていますので」


「クソッタレ、お見通しかよ兄者……オメェ、兄者に報告すんのかよ?」


亥藍は苦虫を噛み潰した表情で聞き返す


「いえ、それよりも我らが鷹茜様より託された使命は巳影(みかげ)様が御所望のアレを確保することが先なので――今は転がり落ちたものを探しましょうか」


「まったく、こういうチマチマした事は俺の性分じゃないんだよな……」


亥藍は文句は言うものの少し安堵の表情を浮かべていた。



~第二幕・竜ヶ杜の崖下~


賞金首の剣士・士狼(しろう)は賞金稼ぎから逃れる為にこの森へ逃げ込んだのだが正直なところ道に迷っていた、想像以上に深い森であったのだ。どれくらい歩いたろうか。とりあえず夜は手ごろな木の上で眠り、日の出とともに歩き始めた。腹が減ったので手ごろな岩に腰掛け竹筒に入った水で口の中を潤し、懐から萎びた饅頭を取り出した。


「とりあえず何か食っとかないとな」


士狼が饅頭にぱくつこうとしたその時、何かが転がるような物音に気付いた。


「ごろんごろん……ってうおぉぉ!?」


とっさに転がってきた何かを飛び退いて避けた。それは士狼が腰掛けていた岩に当たり止まった。思い当たるもので想像するに、それは大きな桶のようであった。


「なんだ……桶、なのか?」


恐る恐る近づくと桶の蓋が突然開いた。腰の刀に手をかける士狼――


「ふえええ……痛たたた、ひどい目にあったよ……」


桶から這い出てきたのは少女であった。髪を左右で丸くお団子のようにくくっていて、質素であるが白く小奇麗な衣裳を纏っていた。それはまるで花嫁衣裳のようにも見えた。


「おまえ……誰だ?」


士狼は怪訝な表情を浮かべながら訊ねた。


「あ、お饅頭だ! わーい♪」


少女は士狼が食べようとしていた饅頭が転がっているのに気づき躊躇せず頬張った。


「あ、何喰ってんだよてめぇ!」


「ふへ、ふぁにふぁ?」


「その饅頭は俺の――」


士狼が俺の饅頭だから食うなと言いかけた時、少女は饅頭を詰まらせて顔を真っ赤にしていた……


「――大丈夫か?」


士狼に水筒の水をもらい窒息せずに済んだ少女は、怯える様子もな笑顔でく士狼を見つめていた。


「ぷはぁ! うん、ありがとう」


状況が落ち着いた所で士狼は少女に問いかける。


「おまえ、何者だ?」


子音(ねね)だよ!」


士狼はどういう身分なのかを聞きたかったのだが、お構いなしに元気よく少女は名を名乗った。


「そうじゃなくて……まあいい名前は子音だな?」


「うん!」


「で、その子音はここで何してんだ?」


「子音は花嫁なんだよ!」


子音と名乗る娘に対して何をしていると訊ねたのだがこのタイミングで自分が何者なのかを答えた。質問に対して些かトンチンカンな答えを返す娘だったが士狼は言いたいことを飲み込んで情報を聞き出すことに専念する。


「花嫁? この辺では花嫁が桶に入って転がる風習でもあるのか?」


「ううん無いよ?」


聞けば聞くほど状況が把握できない――士狼は頭を抱えていた。


「??? じゃあおまえ何やってんだよここで――」


会話の途中で突然、士狼は刀を抜き虚空を斬る。金属音が響き小さな刃物が地に落ちた。茂みの中から黒づくめの怪しげな男二人が現れた。子音の表情が一変して強張っている。そんな子音の様子を見て何かを察した士狼はおもむろに立ち上がる。


「なんだ、訳ありか――俺の名は士狼、まあ旅のモンだ。俺にゃ縁もゆかりもねえことだが、こうして関わっちまった以上は仕方ねえ……助太刀と行こうか」


士狼はボリボリと頭を掻くと子音を護るように前に立ち刀を構えた。黒づくめ達は無言のまま二人で一斉に士狼に斬りかかった。士狼は一人目の刀を受け流し、二人目が刀を振り下ろすより早く刀を横一文字に薙ぎ、振り向き様に刀を受け流されて態勢の崩れた一人目の男を斬る。

――この間数秒であった。黒づくめの男たちははドサリドサリと倒れる。


「問答無用かよ……ったく」


士狼が呟いたその時、別の気配を感じた。


「なんか面白そうな奴がいるな……例の花嫁とかいうのもいるし万々歳だな」


巨漢の武人――村人たちを襲い桶が転がり落ちる原因を作った亥藍が藪の中から現れた。


「あの人、子音たちを襲った……」


亥藍が指笛を吹くと切り伏せたはずの黒づくめたちはむくりと起き上がり亥藍の元に行き片膝をついた。


(あやか)しか?」


亥藍はにやりと恐ろし気な笑みを浮かべ士狼の正面に立つ


「オメェら手を出すな」


腰の幅広の太刀――段平を抜き放ち大上段(だいじょうだん)から斬りかかる。士狼は振り下ろされる段平を後方に飛び退いて(かわ)


「士狼!」


「隠れてろ!」


子音は心配そうに士狼に駆け寄ろうとしたが士狼は手を出して制止する


「どるぁ!!」


亥藍は怒号とともに段平を横に薙ぐ。士狼は身を屈めて躱すが近くにあった大きな桶が木っ端みじんになり破片が辺りに散らばる。


「こいつ加減てもんを知らんのか、娘っ子(さら)う前に怪我させるぞまったく……」


士狼は懐から何か竹筒のようなものを取り出し亥藍に投げつけた


「こざかしい!」


投げつけられた竹筒を段平で叩き割るがその瞬間煙のようなものが噴出した


「ぐぇ!?」


煙が亥藍の上半身あたりを飲み込む。士狼はそれを確認すると子音の元へ駆け寄り手を引いて走った


「ズラかるぞ!」


「ふえ?!」


士狼は子音の手を引き全力で駆けだした


「ぐああ! クソったれがあ!!」


亥藍は涙と鼻水を流し咳き込みながら戻りつつあった視力で辺りを確認すると、戦っていた剣士も目的の娘も姿は無かった。


「ちくしょう!! おいおめえら何やって!! ――そうか俺が手出しすんなつったのか……傀儡(くぐつ)ってヤツは便利なんだか不便なんだか」


段平を鞘に納めると亥藍は額に皺を寄せ深刻な表情をしていた。


「ちきしょうやべえ、マジで兄者に殺されちまう……見つけるまで帰れねえな」



~第三幕・竜の泉~


――竜ヶ杜(りゅうがもり)の奥深くにある洞穴(ほらあな)の奥。美しい鏡のような水面の泉があり、その中ほどには祠が建っていた。祠と泉のほとりは橋で繋がっていて、橋の上には異国の巫女姿――大陸風とでもいおうか、天女か竜宮の乙姫のような姿の女性がいた。その女性は憂いを帯びた表情で泉の水面を見つめていた。


竜妃(りゅうき)様、どうなさいました?」


巫女風の女性を竜妃と呼んだのは青い髪を後頭部でいわゆるポニーテールのように結んだ小間使い姿の童女だった。


瑪那(まな)、竜ヶ杜に花嫁が入った様です」


「花嫁が来られるのですね!」


瑪那は朗らかな笑顔で返事をしたが、竜妃の浮かない表情を見て戸惑った。


(もり)の木々が騒いでいます……招かれざる者たちも来ているようですね」


「それは……竜妃様、どうしましょう?」


不安そうな声で瑪那は竜妃に訊ねる


「まだ遠くて花嫁に私の声は届かないようです。少し、様子を見ましょう……」


「はい、かしこまりました!」


瑪那は元気よく答えるとお辞儀をして脇に下がった。


「花嫁、どうか無事に……」


竜妃は胸の前で両掌を握り合わせ祈る様な仕草で宙を見つめていた。





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