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第一話 むかしむかしあるところに……

【序章】


我々の住む世界とは違う場所――

大陸の東の海に浮かぶ小さな島に阿刀(あと)という国があった。文明の程度と文化の様子は(たと)えるなら日本の中世辺りといったところであろうか。かつては大王(おおきみ)という君主によって治められていたが、驕れるものも久しからず。代を重ねるごとその威光は弱まり、大名と呼ばれる地方領主たちが大王に取り入って次の覇権を得るために小競り合いを繰り返しているのだった。戦さや飢饉、疫病、災害が続き、民たちは末世(まっせ)を感じていたが日々の生活を(たくま)しく生きている、そんな時代である。


――とある街の片隅。ここは荒地に囲まれた街だが近くの山から鉄やら銅が採れる為にとても賑わっている。今日は年に一度の祭りがあるので街の外からもたくさんの人々が詰めかけていた。祭りの見物人や商売人が行き交う通りは食べ物の屋台が所狭しと並んでいた。そんな人の流れから少し離れた通りで、小間使い風の童女が何やら昔話のようなものを聞かせて赤子をあやしている。役に応じて器用に声色を変え、赤子に語りかけている。赤子も分かってか分からずか、少女を見つめていた。


「むかーしむかーし、あるところに小さな村があったんじゃ。その村の周りは岩と土ばっかりの荒れた土地で村人達はわずかに出る井戸水や、いつ枯れるか分からない小さな川の水でなんとか畑を作って暮らしていたそうな」


「だが、ある日雨の少ない村にもの凄い雷とともに大雨が降ったんじゃ。だからもう村人達が大層喜んで大騒ぎしていると、そこに大きな竜が現れてこういったとさ」


「ワシは花嫁を捜している。もし生娘(きむすめ)を嫁にくれるなら、このような雨などいくらでも降らせてやろう」


「村人達は驚いていたが、一人の娘が名乗り出た。竜は娘に綺麗な(たま)を渡し、それを持って川上にある洞穴(ほらあな)へ来るように言って消えてしまったんじゃ」


「次の日娘は花嫁衣装を着て洞穴へ向かい、それっきり姿を見せなくなってしまったそうな。だが、村には今までが嘘のように雨がザーザー降り、やがては森に包まれた豊かな村へ変わっていったとさ……」



【第一話】


~第一幕・竜ヶ杜(りゅうがもり)近くの村~


大きな山の麓にある小さな村である。村と山の間には竜ヶ杜という森が広がっていた。緑豊かな山や森から湧き出る水で米や野菜を作り生計を立てるありふれた農村であった。しかし今、村の近くの川や池は水が枯れており木々も色褪せていた。村を見渡せる丘の上にある村長宅で村長と長老たちが囲炉裏を囲み何やら話している。


「日照りは何日目になる?」


「もう、二か月は降っておらんのう……」


「川も干上がっておる、このままでは米も作れん……」


「それどころか飲み水もないわ!」


口々に状況を語るうちに長老たちは焦りとも憤りともいえる感情をあらわにしている。最も上座に座る長老が咳払いをすると皆そちらに注目した。


「そろそろ、そういう時期かの。竜ヶ杜に花嫁を出さねばなるまい……」


「前の様になっては困る。慎重に選ばねば……」


「それがの、うってつけの娘がおるんじゃ……」


「ああ、あの娘か……」


「そうじゃな、あれが良かろう……」


「厄介払いか、不憫(ふびん)な……」


「よし、支度をさせい。久しぶりの竜ヶ杜へ嫁入りじゃ……」


――夜も更けた頃、松明に照らされ花嫁のような白装束の娘が村の女衆に連れられ現れた。辺りは暗くその容姿ははっきりとは分からないが、随分小柄な娘であった。娘は人がひとり入るくらいの大きな桶に入ると村の力自慢二人がそれを神輿の様に担ぎ上げた。村長以下長老たちも見送りに来ている。


「竜神様の祠へは話した通りじゃ、くれぐれも気を付けてな」


「首尾よくいけば明け方には着くはずじゃて……」


「その子が嫁入りするまで見届けるんじゃぞ?」


「途中で逃げ出すでないぞ、取って食われはせんからな」


矢継ぎ早に長老たちに言われ、力自慢の二人の表情が不安で曇っていた。


「それでは行ってきます」


桶を担いだ二人は「ほっほっほ」と呼吸を合わせ歩きだし、長老以下村人はそれを見送っていた。



~第二幕・街道外れの野原~


武装した旅装束のガラの悪い男たちの骸が何体か転がっている。


「居たか!?」


「こっちだ!」


「間違いねえ、賞金首だ!」


「逃がすな、殺してもかまわねえ!」


辺りには男たちの野太い怒声が響き渡っている。一人の男が逃げるように早足で歩いていた。腰には刀を差し、手には血糊のついた刀を握っている。


「ったくよ……どいつもこいつも、キリがねえな」


逃げている男は、無精ひげを生やし長い黒髪を後ろで無造作に束ねている。少し疲れた表情だが精悍な顔と鋭い目つきの青年である。名は士狼(しろう)、数年前までは剣の腕を買われて大名に召し抱えられる程の剣士であったが何の因果か今では賞金首として追われる身であった。


「いたぞこっちだ!」


藪を掻き分けて現れる追っ手をどうにか斬り伏せる。自分の刀は使わず、斬り伏せた追っ手の刀を奪っている。乱戦を見据えて自分の刀は温存しておくつもりである。不意に士狼の進んだ先の藪が切れて茂みの無い広い空間に出てしまった。


「見つけたぜ賞金首!」


「ひゃははは! 十万だぜ、しばらく遊んで暮らせるなあ」


士狼は四人の賞金稼ぎ達に四方を囲まれた。士狼は舌打ちをして険しい表情で囲んだ男たちと間合いを計る。


「うるぁぁぁ!」


叫び声とともに士狼の正面と真後ろにいる男たちが斬りかかる。士狼は前後から襲い掛かる刀を素早く弾いて相手の態勢を崩し、流れる様な動きで二人を斬った。


「てめぇ!?」


いきなり仲間二人を斬られた他の男たちは慌てて左右から不用意に斬りかかってきた。士狼は冷静に素早く一人の胴を突き、返す刀を逆手に持ち替えて反対側の男を刺した。瞬く間に四人の男たちが絶命し地面に倒れる。士狼は斬った男たちを見て大きく溜め息をついた。


「……またこれで余計な因縁が増えちまうじゃねえか、まったく因果だぜ」


士狼はそう呟いてから周囲の気配を探る。とりあえず足音や声は聞こえなくなったのでボロボロになった刀を捨てて辺りを見回すと、深そうな森が広がっていた。


「まだ追っ手が来るかもしれないな、あそこに入って()くか……」


士狼は野原の向こうに広がる大きくて深そうな森を目指して歩き始めた。



~第三幕・時を少し遡ること半日程、とある宿場~


流れ者や浪人、傭兵や賞金稼ぎが集まる町である。夜は酔っ払いの喧騒や客引きの声、遊女の艶やかな声で賑わうが昼間はというと――仕入れの業者や行商人、開店準備をする奉公人、昼夜関係なく行き交う流れ者、浪人、傭兵、賞金稼ぎなどでやはり賑わっているのだった。数ある"めしや"と書かれた店のひとつで旅装束の若者が二人で汁をすすっていた。一人は、若い大柄な女。長い髪を編んで背中でまとめているがあまり色っぽさはない。男装の旅装束で革製の胸当てに手甲(てっこう)脚絆きゃはんを付け脇には薙刀のような武器を置いていた。女は不服そうな顔で汁の無くなりそうな椀を見つめている。


(うしお)、そんな恨めしそうな眼でお椀をみつめて……食べないの?」


古兎乃(ことの)……そろそろ汁だけの汁じゃなくて麺とか麦飯とか入ったやつが食べたいんだけど……」


古兎乃と呼ばれたもう一人の若者は髪は短く小柄で少年のような服装と幼い顔立ちである。潮と呼ばれた女と同じような革製の手甲と脚絆を付けていて腰には飾り気のない小刀(こがたな)となにやら物で膨らんだ皮袋を下げている。


「汁だけの汁って何なのよ……まあわかるけどさ。だってしょうがないじゃん、潮が前の宿場でケンカして店のもの壊してさ、全部払わされたし」


古兎乃は少年のような姿であったがその声を聞くとどうやら少女のようだ。


「なにさ古兎乃のくせに生意気なぁ!」


潮は古兎乃の頬をつまんでこねくり回す。


「ひひゃい~ひゃめれうひお~」


じゃれている二人の耳に店の外からなにやら声が聞こえた。


「号外! 号外だよ! なんと、今うわさの賞金首の情報だ!」


残った汁を飲み干し店を飛び出す潮。かわら版売りの周りにはすでに人だかりが出来ていた。


「うわさの賞金首、士狼って奴だ。こいつはある殿様に賞金を懸けられてる大物だ。なんでも追っ手をバッサバッサと斬りに斬って今じゃ百人斬りとも言われてる奴だ。詳しくはコレに書いてあるから、さあ買っておくれ!」


かわら版は飛ぶように売れている。賞金稼ぎのような者ばかりでなく、町人たちもかわら版を買っている。こういう町では賞金首の情報も娯楽として楽しまれているのだ。


「うう、かわら版を買う銭か――」


「潮、はいこれ」


古兎乃はかわら版を潮に手渡す。


「何よ、アタシはかわら版が欲しい……ってかわら版!? 銭は?」


「かわら版くらい買えるってば」


「だったら汁に麦飯くらい入れたって……」


「そしたらかわら版買えないし」


「ぬぬぬぬ~!」


潮はまた古兎乃の頬をこね回した。


「ひひやいっへひゃめれ~!」


「古兎乃のくせに生意気よ!」


「なによもう……」


古兎乃はこねくり回されて赤くなった頬をさすっている。


「――なになに"賞金首士狼、金十万。生死問わず。「とみや」旅館で大立ち回りの末逃亡、行商人の話では街道から外れて南に向かった。すでに情報をつかんだ役人や賞金稼ぎが追っている"――ふむふむ、こうしちゃいられないわ。ところで古兎乃、あのバカはどこに行ったの?」


「ああ、たぶんそこの居酒屋で寝てるんじゃない?」


「呼んできて、善は急げ……アタシらも賞金首士狼を追うよ!」



~第四幕・更に時を遡ること数日前。とある山の中腹~


ここは"白蛇講(はくじゃこう)"と呼ばれる宗派の本山とされていた。巳影(みかげ)と名乗るまじない師を崇める集団である。巳影は神通力を使うと言われ、庶民だけに留まらず豪商や大名も信徒に持つという。毎日巳影の神通力に(すが)ろうと数多くの人々が巳影の住む白蛇殿(はくじゃでん)と呼ばれる(やしろ)を訪れているのである。その本殿の奥、白蛇の間と呼ばれる部屋。神社の本殿のような白木造りの広い部屋であった。部屋には巫女姿の女官が数名控えていて奥には全面に御簾(みす)が垂れ下がっているのでその向こう側は見えない。御簾の向こうより女の声が聞こえる。


摩示羅(ましら)はおらぬか」


「巳影様、摩示羅はここに」


摩示羅と名乗った男は文官のような服装の青年である。彼はこの白蛇講では世辞に疎い巳影の名代(みょうだい)として外部との折衝や交渉を務めている。


「摩示羅か。かねてより我が探っておった例のモノを見つけたぞ」


「例の……竜の花嫁でございますか? これはこれはおめでとうございます」


摩示羅は芝居がかったように大袈裟にポンと手を合わせる。


「そう、それじゃ。ふむ、(なれ)には悪いがすでに人を向かわせておる」


「なんと、既に手を打たれて……いえいえこの摩示羅、感服いたしました」


摩示羅は再び芝居がかったような素振りで頭を垂れた。


「まあ今回は荒事になるやもしれぬでな、汝には荷が重かろう」


「――ははは、まさに。私めは筆より重いものは持てませぬ故」


「ようやっと探し当てたわ……(わらわ)もこれより彼の地へ向かう、出立の準備をいたせ」


「は、仰せのままに」


摩示羅は(うやうや)しく礼をすると(きびす)を返し白蛇の間を後にした。一人になった巳影は含むような笑い声を上げていた。


「フフフ……ハハハ! ずっと待っていたぞこの時を。待っておれよ……」



~第五幕・時は戻って再び街道外れの野原~


若き賞金稼ぎ二人組、潮と古兎乃は斬り伏せられた賞金稼ぎ達の骸を目にしていた。


「潮、これって……」


「多分、士狼ってやつの仕業だろうね」


潮は骸に手を合わせから辺りを見回す。


「ざっと十人はやられてるね――」


「潮、こっちに足跡が」


古兎乃は四つんばいで地面を調べている。


「で、どっちに向かってる?」


「うーん、多分あっち」


古兎乃が指差した先には深そうな森が広がっていた。


「ここから先は一人の足跡しか分からないから、多分ここで他の賞金稼ぎと斬り合ってから一人で逃げたんだと思う」


「追うよ、アタシたちが捕まえるんだ。逃がさないよ……って、そういやあのバカは何してんのよ?」


「その辺にいると思うけど……」


潮は苛ついた様子で貧乏ゆすりしている。


「ああもう……とっとと呼んできな!」


「なによエラそうに……」


いつもより偉そうに言われたと感じた古兎乃は小声で文句を言う。


「ああん? 生意気いうのはこの口かぁ?」


それをしっかり聞いていた潮は古兎乃の頬をつまんでこねくり回す。


「らからいひいひひゃめれぇ」


潮は古兎乃の頬をこねくり回しながらも真剣なまなざしで森をみつめていた。



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