第一章 2 『日常は甘さに流されて』
4がつ3か。
結局ドキドキしてあまり寝れなかった。
そのせいか夢も見られなかった。
「行ってきまーす。」
遂に入学式が来てしまったのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
新しい通学路には桜の花びらが降っていた。
――この桜並木、どこかで…?
初めて見る景色のはずなのに、見たことある気がした。
…気の所為だろう。そんなことより、自己紹介のことを考えなくては。
心が落ち着かない内に学校に着いてしまった。
――まともな学校生活を送りたい。
願いはそれだけ。
1年1組の教室に入る。
半分ほどの生徒がもう来ていた。
そのせいか緊張してしまい、挨拶し損ねてしまった。
――やらかしたけどまだ挽回できる…。
自分の席に着き、本を読んで時間が経つのを待つことにした。
「おはよー!みんなー!!今日からよろしくー!」
聞き覚えのある声がした。
「おーはよっ!久しぶりだね咲幸〜!」
「やっぱり留生ちゃんかぁ。相変わらずだね。おはよう。」
そう、元気良く声を掛けてきたのは小学校が同じ夢野 留生だ。
彼女はにししっと歯を見せて笑い、他の生徒に挨拶しながら自分の席に着く。
赤がかった茶色い髪が太陽の光によって輝いていた。
「おーい、みんな席に着けー。」
先生らしい人物が教室に入ってきた。
周りを見渡すとみんな揃っていた。前の席の子を除いては。
「1番は遅刻かー?なんか知ってるやついるか?」
教室は静まり返る。
「まあいい。それでは早速挨拶する。起立―――」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
先生の話も終わり、自己紹介が始まろうとしている。
――1番の子が、来ないまま。
「じゃあ愛沢、自己紹介を始めろ。」
「は、ひゃいっ!…1年1組…1ば…2番。愛沢 咲幸です…。部活は調理部に入ろうと思ってます…。よろしくお願いします…!」
緊張した。1番が来ないなんて聞いていない。
鏡を見なくても顔が真っ赤になっているのが分かる。
火照っている内にだいぶ自己紹介が進んでしまった。
名前を全然覚えられない。
「1年1組30番!夢野 留生!部活は水泳部希望で趣味は走ること!みんなよろしくねー!」
留生ちゃんが自己紹介をしているのが耳に入る。
――留生ちゃんのようになれたら。
私はいつもそう思ってしまう。
彼女はすぐに友達を作れる性格なのだ。
羨ましい。私も、ああなりたい。
「よし、自己紹介終わったな。それじゃあ――」
「終わらせないよーっ!!」
女の子らしい高い声がした。
顔をそちらに向けると緑色の髪の女の子がいた。
――夢に出てきた子だ。
今、この瞬間から運命が動き出した。
「1年1組1番!名前はプク!天使です!」
――天使?
遅刻したのにも関わらず威勢よく唐突に始まる自己紹介。
苗字はなく名前だけ。しかも『天使』と名乗る。
辺りがざわつく。否、ざわつかないはずがないのだ。
そして彼女はこちらに向かって歩いてくる。
「咲幸!」
「………え?!私?!」
「ふふーん。待ちくたびれた?それじゃあお家に帰ろっか!」
状況が全く呑み込めない。
何故彼女は私の名前を知っているのだろうか。
『お家』とは何の話だろうか。
平凡な日常がかけ離れていく気がした。
「ちょっと待ちなさい!あたし、夢野 留生!あたしの友達を勝手に誘拐しないで!」
「留生ちゃん…!」
席を立ち、プクに向かって指を指す。
やはり勇気がある。かっこいい。
「でもでも、プクの友達でもあるんだよ?それに、あなたが決めることじゃないもーんっ。」
私に話しかけてきた時と態度は一変し、見下したように話す。
友達と言っているが友達になった覚えはない。
「はあ?!咲幸、この子誰なの?!」
「私にもよくわからないような…わかるような…。」
夢の中に出てきた女の子は知り合いと呼べるのか。
ただ、この子と面識が無いのは事実だ。
「んー、なんかめんどくさい!ごちゃごちゃしたのは全部後!とりあえず、連れてく!いち…にの…さんっ!」
辺りは『光』に包まれた。
クラスメイト達の悲鳴が聞こえたが、眩しくて何も見えない。
あの子が数字を数えている時、留生ちゃんがこちらに慌てた顔で走って来ていたのは覚えている。
それが、この世界で最後に見た景色だった―――。