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探索開始

「ふぁあ~~っ」


 大欠伸が透き通るような蒼に溶けていく。


「おはよう、ハル」

「おはよう、ラック」


 クロート号の甲板。快晴の空の下、いつものようにラックと朝の挨拶を交わす。昨日のディーレフト国での件から一夜明け、クロート号は穏やかな海上を進んでいた。


「身体はもう平気?」

「うん。ラックの治癒魔法のおかげでもうなんともないよ」

「それは良かった」


 そう述べた私にラックは笑顔で頷く。

 昨夜のジェーナイトとの戦闘。その際に私は怪我を負ったものの、ラックの施してくれた治癒魔法により身体はすっかり元気になっていた。


「それにしても昨日は大活躍だったみたいだね」

「いや、私なんか全然……私よりもレイズさんの方が凄かったよ」

「なんでも船長の話じゃ魔法を使ってレイズを助けたんだって?」

「いや、助けたって言ってもそんな大袈裟な事をした訳じゃないんだけどね」

「けど凄いじゃない。やっぱり、ハルには魔法の才能があったんだよ」


 ラックに褒められ少しだけ照れ笑いをしてしまう。

 魔法の才能に関して、というよりは寧ろ魔法に関して。まだまだ分からない部分は多いものの、確かに魔法が使えた事実は事実。これからもっとちゃんと魔法に関して知識を深める事が出来れば、私なんかでももしかしたら誰かの助けになれるのかもしれない。そう思うと、俄然魔法に関して興味が沸いてくるというものだ。


「よお」


 そこに声が掛けられた。声の方に視線を向ければ、そこにいたのは昨夜、ディーレフト国で大立ち回りを繰り広げた当人、レイズだった。


「怪我はもう平気かい?」

「ああ」


 ラックの問いにレイズは頷く。

 レイズもまたジェーナイトとの戦闘でかなりの大怪我を負ったものの、私同様にラックに治癒魔法を施して貰い、今はすかっり元気になったようだった。


「昨日は相当大変だったみたいだね」

「まあな」


 頷いてレイズは近くの手摺に持たれ掛かる。


「けど、あいつと、ハルのおかげで……とりあえずはまあ、なんとかなったよ」


 そっぽを向いたまま少し照れ臭そうにレイズは言った。

 レイズが再び“ハル”と名前で呼んでくれた。些細な事ではあるが、私は内心嬉しくなってしまう。そんな妙に素直なレイズ。それに関してなのか、はたまた私の事を“ハル”と名前で呼んだ事に関してなのか。ラックは驚いたように二、三度瞬きをして。


「なになに、一体いつの間にレイズとそんなに仲良くなったの?」


 ラックは私の顔を見る。


「まあ、ちょっとね」


 驚いた顔をしたラックに対し、私は笑顔で答えたのだった。



 ***



「遂に来たぜ、プリフロップ!」


 空高く投げ出されたホープ・ブルーが手に触れた瞬間、紺碧の宝石は赤い光を東の空へと放った。その光の行方を追い、展開した地図に導かれてアレン一行は目的地、ブラインド大陸はプリフロップへと進路を向ける。

 

 そこで、ある変化がホープ・ブルーと地図に起こった。

 プリフロップの領海へと入ると、ホープ・ブルーに鮮やかな翠色の光が宿る。それは陸地に近付くに連れ、徐々にその強さを増していった。まるで目的の場所を感知するセンサーのようにその光は輝きを放つ。この国のどこかにホープ・ブルーが本来在った場所、本来在るべき場所がある。


 しかし、そうはいってもプリフロップ国はかなり広い。

 分かっているのは、地図から得たおおよその場所と光の強弱によるなんとも漠然とした情報のみ。手掛かりらしい手掛かりはそれ意外には全くない。けれども、ごく僅かな情報に比べて、探す範囲は膨大であり、まさにクワッズ共和国でのザガン中佐と同じ状況。

 だが、意外な事にどうやらアレンがザガン中佐に言った事はあながち嘘ではなかったらしい。


「ホープ・ブルーは本来、呪いなんかとは無縁のいわば神聖なものとして人々から崇められ祀られていた石。すなわち、探すべきは石が祀られていたであろう神聖なものを祀る場所」


 教会やまたは寺院。そこでおおよそ間違ってはいない筈。


「そしてホープ・ブルーが光を宿し、東の空へと向かって閃光を放ったのち、それに連動するかのように謎だらけだった地図上に魔法陣が展開した。それらの事から察するにあたり、ホープ・ブルーに関連する場所がこの国のどこかにあるのならば、同じような反応、相互作用によるなんらかの連鎖反応が起こっている可能性が高い」


 つまり。


「探すべきは教会または寺院などの神様が祀られていそうな場所。そして、ここ数日のうちに“ホープ・ブルーが起こした現象と似た不可思議な現象が突然発生した場所”だ!俺はそう断言する!!」


 いつものようにドヤ顔で自信満々に示されたアレンの見解。

 その正確さは定かではないが、ともあれ手掛かりが皆無よりは全然いい。

 探すべきは教会、または寺院などの神聖なものを祀る場所。

 そして、ここ数日の間にホープ・ブルーが起こした現象とよく似た現象が突然発生した場所。

 ブラインド大陸西側、プリフロップ国へと降り立った私達はそれらの手掛かりを頼りにホープ・ブルーが本来在るべき場所を探す事となった。



 ***



 西側を海に面した国・プリフロップ。港町の名はリンプインという。

 降り立ったリンプインは活気に溢れ、路上にはみずみずしい果物や新鮮な魚介類を揃えた多くの露店が立ち並んでいた。それに加え、多種に及ぶ香辛料を揃えた店が多く並び、生粋の商人が道行く人に盛んに声を掛けている。

 町の景観は煉瓦造りの建物が通りの両側に立ち並んでおり、その大きさは大小様々。どうやら隣接する建物と壁を接して建てられている様式のようで、隣あった建物同士がまるで肩を寄せ合って密集しているかのようである。そのような建築様式の為か、降り立った港町はなんとも独特の景観を醸し出していた。


 そんなプリフロップ国で特に目を引くものと言えば、なんといっても人の多さ。

 露店の立ち並ぶ通りには多くの人が行き交い、その顔ぶれは実に様々。肌の色や髪の色、目の色や服装に至るまで実に多種多様の人々が活気と熱気に満ちる大通りには溢れていた。本当に人口密度がかなり高い。


 そういったエキゾチックな雰囲気漂うプリフロップ国にて、ホープ・ブルーが本来在るべき場所を探す事ととなった訳なのだが、なにせ本当に人が多い。

 そして、この国は宗教色の強い国のようで存在する寺院の数もかなりの数があるらしい。

 それらの事を踏まえつつ、アレンは乗組員達に指示を出した。

 かくして、乗組員各員アレンの出した見解を元にそれぞれ手分けしてプリフロップ国内での探索に当たる事となったのだった。



***



「やっぱりこういう組み合わせになるよね……」


 ため息と共にそんな言葉が溢れ落ちる。

 アレンの指示を受け、それぞれ探索を開始した乗組員各員。

 単独での行動を好む者もいるようだが、通常は2、3人で行動を共にし各々が協力して探索に当たる。アレン率いる海賊一行はどうやらそういったスタイルで目的の探索を行っているようだった。


 人には選択の自由がある。

 故に当然、誰と行動を共にするのかも然り、選ぶ権利たるやは個人にある。しかし、今の私においてはそんな選択の自由などはもはや存在しないらしい。

 私の探索のペアは当然この人。

 高確率でトラブルを引き起こしてくれるアレン船長。


『君は俺を死の運命から守り、無事にホープ・ブルーが示したその場所へと連れていく。その代わりに俺は君の身分を保証し、これまで通りの船での生活を約束しよう』


 自身の身分とラックの身の保証の代わりとして、アレンを死の運命から守り、無事にホープ・ブルーが示したその場所へと連れていく。

 海賊アレン・ヴァンドールと交わした取り引き。結ばれた契約。

 その契約を踏まえれば、まあ当然の流れである。

 何故、そこにラックが居ないのか?それは寧ろこっちが聞きたいくらいだ。せめてラックも傍に居てくれるならまだしも、これまでの事を考えるとこの組み合わせはどうしようもなく不安でしかない。寧ろ不安しかない。


 今回は何事もありませんように……

 密かな思いを切に願いつつ、私はアレンと共に探索を行う事となったのだった。


「人、多いなぁ……」


 探索を開始した私とアレン船長。

 訪れた目の前の通りは見渡す限り、人、人、人。

 人の海、いや大洪水とでもいうべきだろうか。とにかく大勢の人で溢れていた。


 探索の基本は聞き込みから。探索は足で稼げ。

 なんだか似たような台詞を刑事ドラマか何かで聞いた事があるような気がしなくもないが、おそらく両者には共通するものがある。

 まあそれはさて置いても、そんな鉄則などは勿論言われなくとも分かっている。

 しかし、目の前に広がる人の混みよう。

 これだけ人の数が多く、尚且つ探索すべき寺院自体の数も多いとなると、逆にどこから手を付けていいのか分からなくなってしまう。


 とりあえず、ここはアレンの判断を仰ぐ事にした。

 アレンは近くの店で周辺の地図を購入し、それを広げて頭を捻る。

 そしてしばらくののち、ここからそう遠くない場所を地図上で指し示した。

 アレンのその判断により、まずは手始めにここから一番近くにあるという寺院へと行ってみる事となった。



 ***



 向かった寺院内は厳かな雰囲気に包まれていた。

 内装は繊細な彫刻や美しいレリーフで飾られ、神聖な空気に満ちている。中には礼拝中の信仰者と思われる人達の姿も多く見られ、この地に住まう人々の信仰の強さを伺わせた。

 寺院内をアレンと共に一通り見て回った。だが結局、特にこれといって目ぼしい物は見つけられず。結局は訪れた観光客と思しき人々と同様、私とアレンもまた寺院内をほぼ観光して終わる事となってしまった。


「暑い……そして人が多い……」


 寺院から再び外へと出た私とアレン。

 正午を過ぎ、太陽が最も暑く照り付ける時間帯を迎えても尚、一向に人の数が減る事はない。まるで週末の原宿や東京の夢の国を思わせるような人の混みように心なしかやる気が削がれていくような感じがする。

 そんな一向に衰える事のない人の多さを目の当たりにし、アレンはぽつりと言葉を溢した。


「……疲れた、ちょっと休憩しようか」

「はぁ?」


 その言葉に私は耳を疑った。


「休憩しようか……って。まだ一件しか回ってないじゃないですか!?」

「だってこの人の多さだぞ?見ただけでうんざりする。それに何よりこの暑さ……小休憩でも挟まなけりゃやってられないだろう?」


 確かにアレンのいうとおり、気温は尚も暑く上昇中。こんな中を歩き回っていたのでは熱中症になったとしてもおかしくはない。

 それに私自身もどちらかといえば人混みはそんなに得意ではない。

「人酔い」などの言葉があるように疲れたと訴えるアレンの気持ちも分からなくはないのだが……しかし、探索を初めてまだ2時間弱。それにも関わらず、早々に休憩とは船長とは本当にいいご身分である。


 そんないいご身分のアレンに連れられ、やって来たのは、例によって例のごとく。昼間からやっている近くの酒場。

 アレンは店内へと入ると、適当に空いている席に腰を下ろした。私もまたアレン同様に腰を下ろす。店内は相変わらずの雰囲気。こればっかりはどこへ行ってもそう変わらないらしい。


「いらっしゃい!ご注文は?」


 席についた私とアレンのもとへと、褐色の肌をした女性店員がやって来た。


「じゃあ、とりあえず……」

「おすすめはリンパーだよ」

「リンパー?」


 何を注文しようかと僅かに考えたアレン。そこにすかさず店員が店のイチ押しを勧めてくる。それはどうやらアレンの興味を引いたらしく、アレンは店員に聞き返した。


「ああ、リンパーはこの地方の地酒でね。名物にもなってるんだ。すごく美味しいから是非お勧めだよ!」


 やたら愛想のいい店員に勧められるがまま、アレンはその名物とやらのお酒を一つ注文してみる事にした。


「はいよ!お待たせ!」


 早々に運ばれて来た注文の品。

 それを物珍しそうに眺めたのち、アレンはゆっくりと口を付けた。


「おぉ!美味いな!」


 どうやらお気に召した様子。

 アレンの顔にたちまち笑顔の花が咲く。


「ハルも飲むか?」


 そう言ってアレンは私の方へと酒の入ったグラスを差し出した。

 勧められたグラスには透明の液体が注がれ、そこからはなんともきつい香りが漂って来る。


「いえ、私は大丈夫です」


 差し出されたグラスをアレンへと返しながら、当然それをお断りする。

 なんたってまだ未成年だからね。

 何度目かしれない決まり文句を内心で唱えた私をよそに、アレンはぐっと手にした酒を飲み干した。


「はぁー!美味い!」


 アレンのそのなんとも幸せそうな顔。

 こんな幸せそうなアレンに水を差すようではあるが、本当にこれでいいのか?

 この人は仮にも船長。本来ならば、乗組員達の指揮を取り、一番率先して目的の場所を探すべきではないのだろうか?


 ちょっと休憩と言いつつ、アレンはその後も飽きる事なく、名物とかいうお酒を煽り続けた。

 御満悦のまま飽きる事なく酒を口へと運ぶアレン。そんな姿をただ座って眺めているしか出来ない状態にだんだんと私の方が飽きて来る。

 それに加えて、店内に満ちるむせ返るようなアルコール臭。

 こんな場所に未成年である私が目的もなく居続けるのは宜しくはない。なんだが店の雰囲気だけでも酔いそうになる。


「ちょっと外の空気を吸いに行って来ますね」


 聞こえていたかは分からないが、私はご機嫌なアレンに一声掛け、席から立ち上った。そしてそのまま店の外へと出る。

 以前暑さは和らぐ事はなく、眩しい太陽が頭上にはさんさんと輝いている。けれども、空は澄み渡るように青く快晴。アルコール臭い店内にいるよりはずっとずっと気分が良い。

 私はゆっくりと一歩踏み出す。

 アレンがいい加減に当初の目的を思い出すまでの間、少し辺りを探索してみる事にした。


 大通りは多くの人が行き交い、熱気と活気に溢れている。エキゾチックな雰囲気漂う町中を自由に見て回れるのはなんだかとても楽しかった。

 そんな大通りから一歩、道を奥へと入ってみる。

 町の大通りから外れた途端、人通りは急に少なくなり、静かな空気が辺りを包んだ。踏み入れた路地は、心なしか暗く、奥に進むにつれ深く複雑に入り組んでいく。気付けば私は、大通りから外れた路地の奥深くまで入り込んでしまっていた。



 ***



 その後、私は細い通りを一通り歩き見て回った。

 誰にも何にも縛られず一人で自由に異世界の街を探索出来る。それが事が思いのほか楽しく、時間を忘れる程に熱中してしまった。そして、気が付いた時には日は既に傾き、落ちた影が長く伸びていた。


(そろそろ、店に戻らなければ……)


 そう思い、踵を返そうとして私は不意に足を止める。


 目の前に差した自身の影。

 その影がぐらりと動いた。

 その瞬間、何かが突然視界を覆った。



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