ドヤ顔で始める推理披露
「止まれ!」
突然、怒号が降りかかった。
その声の方へと視線を向ければ、そこには紺青色の制服に身を包んだ複数の軍人の姿があった。その軍人達の中に空色の髪を持った若い軍人の姿を見つける。
「レイズ・ローゼル……」
「スタット……」
「どうしてお前がこんな所に……」
レイズを見たスタットは明らかに動揺の色を浮かべる。そんなスタットに対し、レイズは無言で口を閉ざした。
目の前に立つ、空色の髪の軍人。スタット・エイト。
この人は確かレイズの元同僚だった筈だ。しかし、彼のレイズを見る目は鋭く明らかに敵意に満ちている。
スタットの表情を見て私はにわかに察した。
恐らく彼は3年前、レイズが前国王を殺し、フレイを持ち去ったという話そのままを信じているのだ。けれども、本当の真実は違う。……とはいえ、それ知らない彼からすれば、まさしくレイズは再び目の前に現れた裏切り者の大罪人。なんだかその事実が悲しく思え、私はぐっと拳を握り閉めた。
「この国に一体何の用だ!?何でまたこの国へ戻って来た!?」
「…………」
問い質すスタットに対し、レイズは黙したまま否定も肯定もしない。
俯き黙ったままのレイズを前にスタットは更に渦巻く疑心を深めていく。
「まさかこの鎧の大軍……あんたの仕業なのか!?今度は一体何を企んでるんだ!?」
「違うっこれは……っ俺はただ……っ」
ようやくにして否定を試みたレイズ。しかし、それはまるでその意思を失くしたかのように途中で不自然に途切れてしまう。元同僚から自身へと向けられる明らかな敵意にレイズは再び俯きかけた。
「違う違う。俺達はみんな無関係だよ」
そんなレイズを庇うかの様にアレンがずいっと前へと進み出る。
「嘘を吐くな!」
しかし、アレンの言葉程度ではスタットは疑うのをやめはしない。
けれども、アレンはいつもの様に飄々として、そして淡々と語り始めた。
「全く、どいつもこいつも喧嘩腰で嫌になるね。なあ?」
そう言ってアレンは俯いたレイズの肩に腕を乗せる。
「どうせ、3年前の事と因縁付けてローゼル少尉を疑ってるんだろ?けどなあ残念。俺達は昨日、この国に着いたばかりだ。それが昨日今日でこれだけの鎧の大軍を用意出来ると思うのか?」
「それは……」
アレンのもっともな指摘にスタットは言葉を詰まらせた。
確かにこれだけの数の鎧など昨日今日で用意出来るものではない。それは誰の目から見ても明らかだった。
アレンはぱっと自身の手の平を広げスタットに対し向けてみせる。
「それに分かるだろ?見ての通り、俺達は今は魔法なんて誰も使っちゃいない」
「だったらあの鎧は一体なんなんだ!?」
「あの鎧は一体何か。実にいい質問だ」
声を荒げるスタットに対し、アレンは何故か笑顔でそう口にする。
ここからがアレンの本領発揮。
ドヤ顔で始めるお得意の推理披露が始まった。
***
「あの鎧は一体何か。実にいい質問だ」
アレンはそう笑顔で言った。
「あんたはあの鎧が一体なんだと思ってるんだ?」
質問に対し質問で返す。
得意顔をしていたアレンだったが、まさかの無粋な返し方でスタットへとそう投げ掛ける。
「はぁ?そんなのこっちが聞きたいよ!そんな事知るかよ!」
まさかの質問返しにスタットはキレ気味にアレンに噛み付く。
「悪かった。質問を変えよう。あの鎧の中が空洞だっていうのは分かってるんだろ?だったら何故、その中身の無い鎧が動いてると思う?」
「それは……魔法か何かの力で誰がかあいつらを動かして……」
「つまり、『遠隔魔法』か」
スタットが自身の考えを言い切る前にアレンはズバッとその続きを言ってのける。
「軍でも触りくらいは習うんだだろうが、そもそも魔法とは本来、『魔法陣又は呪文の詠唱によって発現させるもの』だ。遠隔魔法もまた然り。本来の法則は変わらない」
アレンは人差し指を立て、まるで先生にでもなったかのように淡々とその概要を説明する。それに続いて、アレンはスタットに対しこう尋ねた。
「あの鎧が蔓延ってる範囲はどのくらいなんだ?」
「あの鎧は今や王都全域でその姿を確認されてる」
「なるほどなるほど。やっぱりそう来るか」
「一体あんたは何が言いたいんだよ!?」
スタットの答えにアレンは1人納得したかのように頷いてみせる。そんな呑気をかますアレンに対して、スタットは再び声を荒げた。
「遠隔魔法とは本来、『術者自身から離れた場所に発現させる魔法』の事をいう。けれども、その範囲は無限ではなく、発現時間もある程度は決まっている。例外は多少あるにしても、遠隔魔法の発現範囲は原則、『術者が目視出来る範囲内であり、それ以外の発現時間はおおよそ短時間に限られている』」
アレンは一つ咳払いをして。そして再びこう続ける。
「つまり、言いたいのはこんな広範囲で鎧を動かし、しかもそいつらを動かし続けるなんて本来は不可能。そんな繊細で複雑な事が本来なら出来る訳がないって事だ」
「だったら……」
「だがしかーし。現状はそれを覆し規格外もいいところ。けどまあ、鎧自体の仕様はどうあれそのカラクリは考えてみれば単純なもんだ」
「一体どういう事だ?」
アレンの話を理解出来ずにスタット及び、その場に居合わせはた者全員がその首を傾げる。
「だから最初に言っただろ?魔法とは本来『魔法陣又は呪文の詠唱によって発現させるもの』だって」
――つまり。
「簡潔に言ってしまえば、あの鎧は遠隔魔法じゃない。鎧は魔法陣の上で動き、そこから常に力を得ているんだよ」
「魔法陣の上で動いてるだと……?」
アレンの言葉をスタットはそのまま復唱する。その顔は先程とは打って変わり、まるで意表を突かれたかのよう。
「まあとはいえ、一つの魔法陣で魔法が発現出来る範囲はある程度決まっている。よっぽどどデカイ魔法陣でもない限り、陣一つでここまで広範囲に鎧を動かす事は本来ならば不可能だ。――だかもし仮に、その魔法陣が一つではないとたしらどうだろうか?」
アレンは相変わらず得意顔のまま、自身の推測を披露する。
「一定の範囲を取った場所にそれぞれ陣を配置して、それらを単体としてではなく、一つに繋いで同調させ連動させる。それによって広範囲範での魔法の同時複数発現は可能となる。それは一度欠けたら用をなさない、また調整も難しいとされるどデカイ魔法陣一つよりも数倍効率も良い。さらに言ってしまえば、例え術者がそばに居なくとも陣に組み込まれた術式での魔法の制御もある程度は可能となる訳だ」
それはつまり。
「術者を媒介にして配置された魔法陣から力を得ている限り鎧は無限に動き続ける。まさに無敵の軍隊の完成って訳だな」
決まったとばかりにアレンはいつになくドヤ顔を決め込んだ。
アレンの推測にその場にいた誰もが唖然として言葉が出ない。
しかしそんな中、スタットがいち早く我へと返って声を上げる。
「けど、そんな魔法陣なんてどこにもないじゃないか!」
「確かにないな」
スタットの指摘にアレンは頷く。
「けど、もしもそれがここからでは見えない所にあるのだとしたら?」
「見えない所?」
「恐らく、この大量の鎧の大軍ももそこに隠していたんだろうよ」
「そこは一体……」
どこだと言おうとしたスタットを遮り、アレンは悪戯っぽくこう述べる。
「確かこの国は整備された美しい街並みを売りにしてたな。そしてこの国は東海でも珍しく地下に水道が敷かれている。ここまで言えば分かるかな?」
「まさか……」
アレンはコンコンとつま先で地面を叩く。
「地下水路だよ」
***
アレンは言った。
鎧は遠隔魔法ではない。鎧は術者を媒介にして無数に配置され連動した魔法陣の上で動いている。そしてその魔法陣は恐らく、地下水路にある筈だと。
「一つの魔法陣で魔法を発現出来る範囲はある程度決まっている。恐らくそれを破壊すれば、一定範囲の奴らの動きは止まるだろうよ」
一通りアレンの話を聞いた私。私は半ば関心していた。
魔法の事はよく分からないが、恐らくアレンの話はその的を外してはおらず、一応筋は通っているように思えた。それに何よりも、魔法についてはさっぱりな私でさえ、アレンの話には説得力があるように感じたのだった。
「けどっ」
得意顔のアレンに対し再び何か言い返そうとしたスタット。
そんなスタットを背の高い人物が止めた。その人物はスタットを制し、アレンの前へと進み出る。
「ランク……」
橙色の短髪に翡翠色の瞳。それはレイズの元同僚であり、リリの兄でもある、ランク・ナインだった。
「久しぶりだな、レイズ」
「………」
はにかみながらそう言ったランクに対し、レイズは視線を反らせて俯いてしまう。
3年ぶりの再会。
2人の間に沈黙が流れる。
長く続くかと思われた沈黙を打ち破るようにランクはアレンの方へと向きを変えた。
「その魔法陣を破壊すれば、奴らの動きは止まるんだな?」
「ああ。まあもっと言うなら、大元をぶっ飛ばすのが一番効率的であるけどな」
ランクの問いにアレンは頷いた。
それを聞いたランクは再びレイズの方へと向き直り、そしてこう口にする。
「行け。レイズ」
「けど、ランク……っ」
「今はこんな所で揉めてる場合じゃないだろ」
何かを言いかけたスタットだったが、ランクのその言葉に開きかけた口を閉じる。
「――よし」
それを見たアレンはぱんぱんと両の手を叩いた。
「それじゃあ、ラックは地下の水路へ行って恐らく大量にあるであろう魔法陣の破壊及び無効化。フォクセルは地上にいる鎧武者の撃破兼制圧。そして、残った奴らは恐らく黒幕がいるであろう城へ向かう。そこかしこに鎧の軍勢がわんさかいると思うので用心して事に当たるように」
「……て、おいっ。なんでそんな事勝手に決めてんだよ!?」
一通り指示を出し終えたアレン。
しかし、そんなアレンに対してレイズは堪らず待ったをかけた。
「なんでってそりゃあ、このままじゃ王都どころかこの国が壊滅しちまうぞ?それにこんな広範囲、お前1人じゃ対処しきれないだろうが」
「それは……っ」
この後に及んでも尚、未だに煮え切らないレイズ。そんなレイズを尻目にアレンははぁーと深いため息を吐く。
「全くお前は……お前にとって一体何が一番大事なんだ?」
「………っ」
アレンは真っ直ぐにレイズを見据えた。アレンのその視線にレイズは目を逸らしグッと押し黙る。
兎にも角にも。諸々の事情かありはしたが、とりあえず話は纏ったように思えた。思えたのだが、だかしかし。
「……て、なんで私も城組みなんですか!?」
今実にさらっとではあったが、アレンの言葉を私は聞き逃してはいなかった。
まさかの爆弾発現に仰天する私に対して、アレンはまるで思い出したかのように私の方へと向き直る。
「なんでって、ここに居ても危ないし、地下は暗いし恐らくもっと危ないかもしれないし」
「それはそうですけど……。てか、そもそもなんで黒幕が城にいるって分かるんですか!?」
「それはあれだ。黒幕はだいたい、最終的には城を取りに来るって相場が決まってるもんだからな」
「なにそれ、一体どんな相場だよっ」
「それに煙と何とかは高い所が好きってよくいうだろ?」
「そんな理由!?突き詰めた結果、結局そんな理由なんですか!?」
思わず素でツッコミを入れてしまった。そんな私に対し「ああ」とアレンは笑顔で頷く。嗚呼、もう本当に……一体全体なんだよ、この人は。
「それに気になるだろ?黒幕の正体が」
「う……っ」
確かにそれは気にはなるところではあるのだけども……私は言葉に詰まってしまう。
「これは船長命令だ」
「そんなっ」
卑怯だ、と思わず口走りそうになり慌てて口を噤む。好奇心と不安感に苛まれる私にアレンは逃れようのない号令を発してくれた。
もうこうなってしまった以上は腹をくくる以外に道はない。
「では、各々解散!緊急事態だ。軍と海賊仲良く協力して事に当たるように!」
こうして私はアレン船長とレイズ、そしてその他軍人数名と共に城へと向かう事になってしまったのだった。
***
城内――
そこかしこから火の手が上がり、美しく絢爛な城を焼く。
傾斜のついた街並みの高い場所に聳える悠然たる城もまた、王都の街同様、あちこちから火の手が上がり、中は鎧の騎士達で溢れていた。
城内に蔓延る鎧の騎士達をレイズ、そしてレイズの元同僚達が先陣を切って蹴散らし、協力して道を切り開いていく。
そんな危険極まりない道を駆けながら私はふとある事に気付く。
確かにあのまま街中に居たとしても危険な事には変わりなかっただろうが、黒幕がいるかもしれない城というのは、もっと、いや一番危ないのではないだろうか……と。
しかし、ここまで来て今更戻る訳にも行かず、何より船長命令が出てしまった以上、もはやそれに従うしかってない。私は必死に足を進め、長く続く階段を駆け上がっていく。
「アレン船長」
「何かな?」
階段を駆け上がりながら、私はアレンへと気になっていた事を尋ねてみた。
「アレン船長は黒幕の正体が誰なのか、本当はもう分かってるんですか?」
「さてな」
その問いにアレンは肩を竦めてみせる。
「けど、大方の検討ならついてる」
「それは一体……?」
「この件に関する黒幕の正体。それは恐らく――」
3年の“真実”を知る人物。
そして恐らく、その人物とは。
3年前のあの日、レイズが前国王を倒したまさにあの場にいた誰かだ。




