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▼旅立ち

 残った残火がゆらゆらと揺れる。

 異形へと変異した国王リチャード・トゥエルブは倒れ、その陰謀は打ち砕かれた。


 全てが終わったその空間はしんと静寂に包まれていた。

 その静寂を破るようにしてバタバタと騒がしい足音が近付いて来る。勢い良く開かれた扉から武装した帝国軍が踏み込んで来た。


「これは……っ!!??」


 駆け付けた誰もがその光景に言葉を失う。

 焼け焦げた空間に僅かに残った破壊された装置の残骸。砕かれた壁面や床に描かれた怪しげな巨大な魔法陣の跡。

 あちこちに転がる騎士の焼死体。

 そして黒い物体の中に無残に倒れた半焼の国王。

 その中心に立ち尽くしたレイズの姿を見つけて、駆け付けた帝国軍大佐ジャック・ジェーナイトは目を疑った。


「ローゼル……お前……」

「……」


 誰もが状況を理解出来ない。

 しかし、誰が見ても明らかな事がただ1つ。

 レイズ・ローゼルが国王を手に掛けた。


 混乱と困惑が渦巻いた空間。

 支配する重い沈黙が永遠に続くかと思われた。


「やあやあ、帝国軍人諸君。随分と遅い御登場なようで」


 しかし、その場の空気をぶち壊すかのように能天気な声が響く。


「せっかくの勇敢なる活劇を諸君らにも見せたかったがちょっと遅かったな。これにて舞台は幕引きだよ」


 ――さて。


「とりあえず、見事に国を救ってみせたところだし、これ以上面倒なことになる前に――」


 言ってアレンは立ち尽くしたままのレイズのぽんと肩を叩く。


「お暇するとしますか」


 肩を叩かれたレイズの身体がビクリと跳ねる。途端に我に返ったレイズはまざまざとアレンの顔を見詰め返した。


「反逆者だ!反逆者を逃がすな!!!!」


 アレンの能天気なその台詞に我に返ったのはレイズだけではなかった。

 兵士達が声を張り上げ、怒号を飛ばして動き出す。それに弾かれるようにしてアレンとレイズは共に地上へと向かい駆け出した。



 ***



「やっぱりいざって時の為に逃げ道は把握しとくもんだよな」


 能天気な声が高台吹く夜風に流れていく。

 駆け付けた兵達をなんとか振り切って、レイズはアレンと共に地下研究所から逃走。王都から外れた高台の上へとやって来ていた。


「とりあえずはなんとか舞台の幕は降りて、無事に事無きを得たってところかな」

「呑気な事を……」


 やれやれといった感じのアレンに対しレイズ暗い表情のまま、遠くに広がる夜の街へと目を馳せる。


「もう少し嬉しそうな顔をしたらどうだ?お前は国王の陰謀を打ち砕き国を窮地から救った英雄だぞ?」

「……バカ言え、俺は今や王国転覆を図った国王殺しの大罪人だ」

「とはいえ、あのままじゃいずれ国諸炎の海に共消えていた訳だ。それを食い止めたんだ、まさに国を救った英雄じゃないか」

「そんな事、誰も知りはしない」


 アレンは嬉々としてそう言ったがレイズはそれをぴしゃりと跳ね除けた。


「まあ、そうだろうな」


 レイズの言葉にアレンもまた遠くに望む夜の街へと目を馳せる。


「誰も知らない英雄の物語か、なかなかに物寂しいもんだよな」


 東の空が明るんで来る。どうやら夜明けが近いようだ。


 「どうしてフレイが俺に抜けると分かったんだ?」


 今だ頭上に広がる星空の下、レイズはずっと気になっていた事を改めてアレンに尋ねてみた。

 最初は妙だと思っていたが、今になって思い返せば、アレンの行動はまるで最初から最後まで自分にフレイが抜けると分かっていたかのようだった。


「分からなかったよ、正直な」

「なっ……」


 しかし、返えされたのは予想を裏切る酷くあっさりとした軽い返答。

 それに驚いたレイズだったが、続くアレンの言葉に開きかけた口を再び閉じる。


「けど、賭けたんだよお前にな」


 言ってアレンは僅かに笑う。


「ロイには随分世話になったからな。だからせめてもの餞けにそうなればいいなと思ってた。だからお前に賭けてみたんだよ」

「そうか……」


 微かな笑みを浮かべるアレンにそう返して、レイズは改めて10年ぶりに手の中へと戻って来た父親の形見、フレイへとその視線を落とす。


「これからどうするんだ?」

「この国を出る」

「当てはあるのか?」

「さあな……国王殺しの反逆者ともなればどこへ行っても追われるだろし……おまけにこの剣は目立つからな」


 自身の行く末を案じるかのようにレイズは再び遠くの空に目を馳せる。


 そんなレイズの姿を見てアレンはある事を思い出す。

 遠い遠い昔に言った、遠い昔の始まりの言葉を。


 また、誰かにこんな台詞を言う日が来るとはな。

“奇縁”、というやつなのだろうか。


 その奇妙な巡り合わせに。

 その奇妙な感覚に。

 何だが無性にむず痒くなる。

 どうにも可笑しな感じがして無性に笑えてしまうのだ。

 こっそりと隣に立つレイズには気付かれないように笑ったのち、アレンはゆっくりとその口を開く。


「だったら、俺と一緒に来ないか?」

「はぁ?なんでアンタなんかと……」


 アレンの口から出た思いも寄らないその言葉にレイズは驚き顔をしかめた。

 しかし、それも計算のうち。アレンは更に言葉を重ねる。


「脱獄の件と国を救うのに手を貸した件。俺に借りがある筈だろ?」

「それは……っそうだが……」


 言い返そうとしてレイズは途端に言葉に詰まる。


「なら、決まりだな」


 そう言ってアレンは身軽な動作で立ち上がった。そして、改めてレイズの方へと向き直るとその口元を吊り上げてにやりと彼に笑ってみせる。


「食い逃げなんかに借りっぱなしでいいのか?」


 にやりと笑ったアレン。

 そんなアレンをレイズは恨みがましい目で睨み付ける。


「いつか必ず刑務所にぶち込んでやる」

「その時はお前も一緒だぞ?」

「そんなの死んでもごめんだな」


 水平線から朝日が登る。

 ここから、新たな旅路の幕が上がった――



 ***



『おやおや、困った事になりましたねぇ』


 思わずそんな言葉が口をつく。


『まさか持ち去られてしまうとは、想定外でしたね』


 伝えられた一報を聞いて正直耳を疑った。

 不測の事態とは常に起こるものとはいえ、これは余りに想定外。

 何でも“あの剣”を持ち去ったのは、英雄 ロイ・ローゼルの息子だとか。


『やはり血は争えないという事なのでしょうかね?』


“魔”は血を好むというが、伝説もまた、やはり“血”を好むのか。


『さて、どうしましょうか?』


 腕を組んで思案を巡らす。

 興味の対象が消えた以上、もはやこの国に長居する理由も無くなった。

 しかし、得られたデータと引き換えに事の結果がこの様ではまるで目も当てられない。


 これではただただ英雄を殺してしまったのと同然。

 まるで自身が失態を犯したかのようである。


 しばらくの間思案を巡らせ、そしてその結果出た結論。


“懸かるも引くも折による”


“その者”はローブを翻す。

 蠢く漆黒をその身に纏い、囁く虚構を聞きながら。音一つ無く手招く宵闇の中へと静かに消えていった。


ここで、レイズ・ローゼルの過去編は終了となります。

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