▼脱獄
「――よし、脱獄成功っと」
レイズが牢を出て行ってからしばらくの間、男はただ呆然と虚ろな空間を見詰めていた。しかし、時間が経つに連れそんな状態にもだんだんと嫌気が差してくる。ただじっとしている事にもいい加減飽きてきた。
不意に男はふらりと立ち上がる。
そのまま硬く閉ざされた鉄格子へと近づくと、靴底へと忍ばせていた物を取り出してただ黙々と鍵穴を弄った。そして、しばらくののち。静寂の中に響いた軽快な音を確かに聞いて、男は堂々と独房を後にしたのだった。
そして話は冒頭へと戻る。
外界を遮断する灰色の壁が見渡す限りずっと先まで続いている。
その息の詰まるような空間を身を隠しながらこっそりと静かに移動して。
そしていつの間にか迷い込んだ。
先程までいた建物よりもずっと古く、寂れ朽ちたその空間。旧収容所。
そこで偶然見つけた。
淀んだ周囲の空気とは明らかに違う、異彩を放つ更に暗い闇への入り口。重く重厚な鉄の扉。
男は不審に思ったが、その扉へと手を掛ける。
“もしかしたらこの先が外へと繋がっているかも知れない”
そんな期待をおおいに込め、扉の中へと踏み入れた。
「何なんだ、ここは……?」
どこまでも続く深い闇の中。
反響する靴音と微かに聞こえる水流の音をしばらくの間遠くに聞いて。
歩みを進めたその先で男は目を見開いた。
暗闇の先に待っていたのは望んでいた出口とはまるで違う、異質な広い空間だった。
「ここはどこなんだ?」
突然眼前に広がった異様な空間。
その場所に所狭しと並べられた何の装置のような物。大小様々な形状をした得体の知れない装置の類いがその空間のずっと先、更に奥まで続いている。
男が辿り着いたその場所は、まるで何かの研究施設のようだった。
「一体ここは何なんだ?」
男は周囲を警戒しながらもゆっくりと奥へと向かい足を進めてみる。
辺りには静寂が満ちていた。人の気配は全くしない。
ずらりと並べられた装置の類いがチカチカと点滅を繰り返し周囲に怪しい光を放っている。どうやらこれらは稼働はしているらしい。
しかしそ、れが一体何の為の物なのか、男にはまるで解らなかった。
奥へ奥へと足を進めていくと、やがて施設の中腹辺りへと辿り着いた。
「これは……っ!」
その場所でもう一度男は目を見開く事になる。
男の目に映ったのは、見覚えのある古い剣。劫火の剣 フレイだった。
「フレイ?なんでこんな所に……?」
辿り着いた施設の中腹。
天井は一段と高くなり、そこから長く青白い光が伸びている。
その光の中心に堂々たる輝き放ち鎮座するのは見覚えのある古い剣。ロイの剣、劫火の剣 フレイ。
フレイの真下には巨大な魔法陣が描かれていた。その巨大な魔法陣の全貌を視界に捉えようとして男は驚愕に息を呑む。
「何なんだこれは……!?」
そこに描かれていた魔法陣はまるで見た事もない形をしていた。
何かの象徴か文様なのか。基本となる円を基準に黒い曲線が巨大な陣を繋ぐようにして這い、数多の式が混在して非常に複数な形状を成している。
恐らく既存の物ではない。
奇怪な複雑さを見せるその魔法陣はどうやら複数の陣、大量の魔法式を組み合わせ、独自に編み出されたもののようだった。
一体これは何なんだ?
何故こんな場所にフレイが在るんだ?
異様な光景を前にして頭が酷く混乱している。
事態の把握に務めようとしたが、困惑した男の頭にはただただ疑問符ばかりが浮かぶだけだった。
“調べてみる必要がある”
しばらく呆気に取られていた男だったが、すぐに正気へと戻り行動を起こす。
男は一旦その場所を離れ、周囲を探ってみる事にした。
この場所は一体何なのか。
ここで一体何が行われているのか。
何故ここにフレイがあるのか。
知る必要がある、そう感じたのだ。
男はまずフレイの周囲を探ってみる事にした。
しかし、巨大で奇怪な魔法陣以外、特に目星い物は見つからない。
次に置かれた装置の類いの一端を弄ってみようと試みる。
けれども、それらはどうやら見た目以上に複雑な作りであるらしく、とても扱えそうにはなかった。
それでも男は諦めず、手当たり次第に周囲を漁り探っていく。
どれだけの時間が経過したのか。
男は遂に、研究所最奥にて“真相“ ”の鍵となるそれをその手に取る事になる。
発見したのは膨大な数に及ぶ研究資料。
それらを手取り一通り目を通してみる。
「これは一体どういう事だ……!?」
そこに書かれていた内容を見て男は我が目を疑った。
研究資料に書かれていたのは衝撃を孕んだ国をも揺るがしかねない“真実”だった。
***
『劫火の剣 フレイ』に関する分析と考察――
任意属性による強制的覚醒措置、それに伴う人体実験に関する記述。
高等魔法術による術式の改変、及び構築。
それに関する膨大な記録と記述。
『彼ら』による協力とリスクへの対策――
「――なるほどな」
手にした資料に一通り目を通したのち、男は一人そう口にした。
そしてそのまま、男は再びフレイの元へと歩み寄る。
研究資料を読んだ結果、この国で起きている大筋の事はだいたい把握する事が出来た。
ここが一体何であり、ここで一体何が行われ、そして何故フレイがここに在るのか。
そして、自分が見たあの“赤い光”の正体についても――
しかし、そこまで分かっておきながらも、男には1つだけどうしても分からない事があった。
それは『彼ら』と呼ばれるの存在の事。『彼ら』とは一体何者なのだろうか。
長年に及ぶ研究の記録はあったものの、その研究に協力したという『彼ら』に関する記述だけはどこにも記されてはいなかったのだ。
「まあ何にしても、だ」
『彼ら』が一体何者なのかは知れないが、高等魔法術を駆使して『フレイを使えるようにする』とは実に見事なものである。
「さて――」
男は再び足を運び、フレイが置かれた魔法陣の中へと踏み入れる。
降り注ぐ冷たい光の下、その中心に鎮座したフレイへとゆっくりと手を伸ばしていく。
これを手に入れられたなら、自身の目的に大きく近付く事が出来る。
絶大な力を生み出す、この剣が手に入りさえすれば――
男は早る気持ちを抑え、光輝く伝説の剣 フレイをその手に取ろうとした。
「………」
しかし、寸前の所で不意にその手は止められる。
僅かな間迷ったが、男はそのままま踵を返しまるで何事もなかったかのように歩き出す。
『劫火の剣 フレイ』
かつて英雄と称されたロイ・ローゼルが振るうその姿から今はそう呼ばれる炎の剣。
これが男が思う古い伝説にある剣なのか、実際のところは分からない。
しかし、一つだけ。確かな事があるとするならば。
“相応しき者が使ってこそ、この剣には価値がある。そして、その者とはきっと――”




