夕陽に向かって
一行は揃い再び走り始めた。
私は足を止めずにずっと気に掛かっていた事をアレンに尋ねてみた。
「あの、アレン船長。さっきから言ってる時間が無いって一体どういう事なんですか?」
海軍から逃げている最中、アレンはずっと終始時間を気にしていた。それから置いて行かれるとも。あれは一体どういう事なのか。
「あれ?船長から何も聞いてないの?」
「何の事?」
驚いた様子のラックに私は首を傾げる。
そんな私にお前な、とレイズが呆れたようにため息を吐いた。
「どうして俺達がここにいると思ってるんだ?」
「そういえば……」
そう言われてはたと気が付く。
そういえば、どうして牢に捕まっていた筈のレイズ達がここにいるんだ?
その訳はラックが説明してくれた。
「船長とハルが連れて行かれた後、俺達は牢を抜け出して来たんだよ」
「ついでに奴等の船も叩き壊してな」
マジでか。てか、一体全体どうやって?
詳しくは省かれてしまったが、ラックとレイズの話によればどうやらそういう事情らしかった。
「けど、クロート号は?確か港に停泊してた筈じゃ……」
「クロート号ならとっくに出港してるよ」
「まさかあの艦隊に囲まれて待つ訳にもいかないからね。クロート号は先に出港してフォーカード岬に向かってる筈だよ」
なるほど。
「じゃあ、そのフォーカード岬からクロート号に乗ればいいって事だね」
「あー……それについてだが、残念ながらフォーカード岬にクロート号を止める場所はない」
「え?」
アレンのその言葉に私は思わず聞き返す。
「クロート号は止まらず進む」
「え、じゃあどうやって船に乗るんですか?」
その問いにアレンはまたもや思いも寄らない言葉を口にした。
「飛び乗るんだよ」
「え……?」
私は耳を疑った。
今なんと?クロート号に飛び乗る……?
「えっと……それは因みにどうやって?」
「文字通り、言葉通りだよ、ハル。クロート号に“飛び乗る”のさ」
「それってまさか、そのフォーカード岬から飛び降りて……?」
恐る恐る口にしたその言葉にアレンは正解!と笑顔で答えた。
「む、無理無理無理!そんなの絶対無理ですよっ」
「大丈夫、なんとかなる」
「だいたい岬って浅瀬なのでは!?クロート号が近付けるんですか!?」
「フォーカード岬の先端は海に向かってかなり迫り出してる。まあそれでもギリギリだな。操舵手の腕に賭けるしかない」
「それ全然大丈夫じゃないじゃないですか!?」
そう言ってごねてはみたが、どうやらそんな時間はもはやないようで。
「ごちゃごちゃ言ってる暇はねぇぞ、もうすぐフォーカード岬だ!」
レイズの言葉にその視線を辿れば、沈み行く夕日が目に飛び込んで来た。
夕暮れ時。水平線に沈み行く夕日が空を赤く染めて暗い影を落としていく。
その柔らかな光に照らされた場所に白い灯台が1つ、ぽつりと立っていた。古くはあるが、立派な佇まいのその灯台は夕日に照らされ悠々と存在感を放っている。
そこから望む景色はまさしく絶景。絶景スポットというのも頷ける。
――そう、下さえ見なければ。
足元を見た私はすぐさま顔を上げた。
眼下に広がるのは暗く色を落とした海。辺りは切り立った断崖絶壁。
そして、その先。錆びて壊れかけてはいるが、明らかに立ち入り禁止の看板が置かれたその先は急激に道幅が狭くなり、先端は海へと向かって迫り出している。
船越もびっくりの断崖絶壁。追い詰められた犯人でさえ逃げ出したくなるようなその先端へと通行を阻む鎖を超えて一行は直進する。
「さあ、ハル。めいっぱい助走を付けて思い切り踏み切るんだ!!」
そうアレンは楽し気に助言をくれた。
その嬉々として楽しそうな表情を本当に1発殴ってやりたくなる。
しかし、そんな事をしている時間はもはやない。
迫り出したフォーカード岬の最先端へと迫ったクロート号。
戻ればいよいよ事態に気付いた海軍に捕まりその先はない。
しかし、目の前の道にももはや先などありはしない。
こうなったらもうやるしかない。
恐怖心から竦みそうになる足を叱咤して更にスピードを上げて助走を付ける。
アレンの合図と共に勢いに任せて私は思い切り地面を踏み切った。
***
身体は宙へと投げ出された。
なんだろう、よくは分からないがとてつもない開放感のようなものに襲われた。
のもつかの間。
やはり私の脚力では到底無理があった訳で。船までの飛距離には到底足りず、私の身体は重力に引っ張られ眼下に広がる海へと急速に落下していく。
どうしてこんな目にばかり遭わなくてはならないのか。
この世界に来てから数日、本当に死亡フラグが絶えない。
そんな悲痛な自分の運命を呪う考えさえ掻き消して悲鳴を上げながら暗い海へと真っ逆様に落ちていく。
ああ、たぶん、確実に死んだ。
絶望に打ちひしがれ、思考が止まってしまいそうになる。
その時、何かが突然がっしりと腰の辺り捕まえた。
「ちょっと高さ的にきついけど、我慢してねっ」
落下する私を捕まえたのはラックだった。
ラックは降下していく中でも冷静に体勢を整え、クロート号へと向かって何かを放った。その放たれた何か。それは細いワイヤーのような物に見えた。ラックの腕の辺りから伸ばされたワイヤーのような物がクロート号のマストを捉える。
巻き取り機能でも付いているのだろうか。
真下に向かって落下していた身体は急に不自然に向きを変え、クロート号へと吸い寄せられるかのように真逆の放物線を描いていく。
ジェットコースターなど目ではない。
まさしく死と隣り合わせのダイブに私はラックにしがみ付かずにはいられなかった。
***
「うぅ……っ」
「大丈夫かい、ハル?」
半泣きの状態の私を甲板へと下したラックは心配そうに声を掛けた。
急速に海へと落下していく最中、放たれたワイヤーは見事にクロート号のマストを捉え、アクション映画さながらの行程を経て、私とラックはなんとかクロート号へと文字通り“飛び乗った”。
ゆっくりと甲板へと下された私。甲板に足が着いた時には完全に腰が抜けてしまっていた。
「うぅ……う……ん……」
心配そうな顔をするラックに全然大丈夫ではなかったが、とにかく必死に頷いてみせる。
ああ、地面が、いや地面ではないが地に足がついているって素晴らしい。甲板に頬ずりしたい気分に襲われた。
「そういえば船長達は?」
こんなダイブの後にも拘わらずまるで何事もなかったかのようにラックは平然として辺りを見回す。それにはっとして慌てて私も辺りを見回した。
ラックの秘密道具によって、なんとか私とラックはクロート号に飛び乗る事が出来たがアレン達は一体どうなってしまったのか。辺りを見回してその姿を探すが、甲板にアレン達の姿はない。まさか海に落ちてしまったんじゃ……。
さーっと血の気が引いていく。
あの高さ、いくらアレン達と言えど水面に叩きつけられ確実に死は免れない。
最悪の事態が頭を過る。
しかし、そんな恐ろしい想像を遮るかのように頭上から聞き慣れた能天気極まりない声が降って来た。
「……な、大丈夫だっただろ?」
その声にはっとして頭上を見上げる。
「どこが大丈夫なんだよ……この大馬鹿野郎が……」
そこにはマストに張り巡らされた網に引っ掛かるようになんとかクロート号に飛び乗ったアレンとレイズ。そしてロープにしっかりと捕まって相変わらず全く表情を変えないフォクセルの姿がそこにはあった。
そんな彼らの姿にほっと胸を撫で下ろす。
全身の力が抜けるのを感じた。無事な姿に安堵し、またオリンピック選手ばりの飛距離叩き出した彼らに拍手喝釆したい気分に駆られずにはいられなかった。
水平線に太陽が沈んで行く。
夕暮れ時、赤く染まる海に視線を馳せる。
「綺麗な夕日……」
真っ赤に染まる夕日に向かい脱力した私は切に願う。
どうか、もう2度とこんな事は起きませんようにと。
無事に元の世界に帰れる日が来ますようにと。
沈みゆく夕日に向かいただただ心の底から願うのであった。




