取り憑かれた男
「本当にごめんね、ハル」
船に戻ってしばらくした頃、私はラックに頭を下げられていた。
「まさか船長がそんな危険な所に連れて行くなんて思わなくて……」
理由はそう、レートの町での大逃走劇を繰り広げた末、くたくたに疲れて帰って来た私を見てラックがアレンを問い詰めたのだ。そこからラックのお説教タイムが小一時間程あり、そして今に至る。
「やっぱりハルと船長を一緒に行かせるべきじゃなかったよ」
「まあもう終わった事だし、結果的には無事に帰って来れたんだからもういいよ」
そう言って私は苦笑した。
まるで自分のせいだと言わんばかりに項垂れるラックに何だか逆に申し訳ない気持ちになってしまう。ラックは何も悪くなんてないのだから。
「何考えてんだあいつは……」
あからさまなため息が聞こえた。ラックの隣で一連の話を聞いていたクロート号の乗組員の一人、レイズ・ローゼルが吐き出したのだ。レイズははほとほとアレンに呆れ返ってるようだった。
「とにかく、もう二度とこんな事が起きないように船長にはきつく言っておいたから」
ラックは再び「ごめんね」と重ねた。
ラックやレイズ、この船の乗組員達は皆、何かとアレン船長に振り回されている。この船の乗組員達は皆、結構な苦労人なのかもしれないとあらためて思った。
私は抱いていた疑問をラックに尋ねてみる。
「ところで、アレン船長とキッカーって人、一体どういう関係なの?」
「俺も詳しい事は知らないけど、船長が言うには昔の古い友人らしいよ」
古い友人って……とてもそんな風には見えなかったが。
親しげなアレンに対し、キッカーは逆にのっけから不快感丸出しだった。どう考えても嫌われているとしか思えない。
「それにしても船長はなんでまたわざわざキッカーなんかに会いに行ったりしたんだろう?」
「えっと確か『ジョン・クライングコール』って人がどこにいるのか知ってるかって聞いていたけど……」
「ジョン・クライングコール?」
その名前に黙って話を聞いていたレイズが反応を示す。
「知ってるの?」
ラックの問いにレイズは頷く。
「ジョン・クライングコールと言えば、そこそこ有名な金持ちの爺さんの名前だろ」
ジョン・クライングコール。
貿易商を営む商人で莫大な財力と権力を持つ、東海では有名な大富豪。無類の美術品コレクターとしての顔も持ち、その財力を活かして世界中のありとあらゆる美術品をあの手この手を用いて収集しているという。
いわゆる超リッチなのお爺さんか。なんだか物凄そうな人だな。レイズの話を聞いて、私は札束を扇代わりに使う高級スーツに身を包んだイケイケなお爺さんを想像してしまった。
「ただし、表向きは貿易商だか、裏じゃあその財力と権力を活かして海軍とも海賊とも、もっとヤバい奴らとも繋がってるって話だ」
レイズは言った。
そこまでレイズの話を聞いてラックはぽつりと言葉を零す。
「まさか船長、そんな爺さんから何か盗みに行こうっていうんじゃ……」
「はっ馬鹿言え。そんなの無理に決まってんだろ」
ラックの考えをレイズは鼻で笑った。
「その爺さんの住んでるっていう豪邸は邸とは名ばかりでどこもかしこも防犯用の罠だらけ。盗みに入った奴は生きて帰って来られねぇって話だ。そんなのいくらあいつが命知らずの阿呆だからって盗みに入るのなんて絶対無理に決まってんだろ」
「随分と防犯に徹底してる爺さんなんだね」
呆れているのか感心しているのか、ラックは素直な感想を述べる。勿論私も同意見だが。
「まあ、財力がある上にそこそこ名の知れたコレクターだからな。おおかた防犯にはそれなりに気を遣ってるんだろ」
けど、とここでレイズは眉根を寄せた。
「どういう訳かその爺さん、数年前からその豪邸に篭ってるって話だ」
「へー、なんでまた?」
「なんでも聞く話だと、“魔の宝石に取り憑かれた”だとか」
「魔の宝石に取り憑かれた?」
「その宝石に執着し過ぎて、妻も娘も殺しただとか、屋敷内の人間を全て追い払って今じゃたった一人でその要塞のような豪邸に住んでるだとか……」
「うわー怖ー」
言葉とは裏腹にさして怖がっている様子のないラックが言う。確かにその話が事実ならば何とも恐ろしい話だ。というか、寧ろかなり狂気的だ。
「とにかく、ジョン・クライングコールって奴はそんなろくな話を聞かねぇようなぶっ飛んだ爺さんなんだよ」
「そんな人をなんでアレン船長は探してるのかな?」
「うーん……やっぱりこれはその爺さんから何か盗みに行こうとしてるんじゃないかなと思うけど……」
「私もなんとなくそんな気がするけど……」
今までのレイズの話を聞いて、そしてアレン船長という人物の事を考えてみて。未だによく分からない所はあるものの、何を仕出かすのか分かったものではないという事だけは、何となくだが分かる。私もラックの読みがあながち間違いではないのではないかと思う。
「冗談きついぜ、そんなの絶対無理に決まってんだろ」
口ではそうは言うものの、レイズもまた内心では半ばラックの読みが間違ってはいないと思っているようだった。
その読みは時を待たずして奇しくも的中する事になる。