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命懸けの大疾走

 高速でレートの町並みが流れていく。

 道行く人は何事かと振り返り、その視線が注がれる。

 背後からは依然として異常な殺気が追い掛けて来ている。


「ぜぇぜぇ……はぁはぁっ」


 レートの街中を全身全霊、全力で駆け抜けて行く。


 一体何で。一体どうして。

 なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだぁあああぁぁああぁぁっっ



 ***



「ちょっと付き合ってくれないか?」


 翌る日の朝、私は突然アレン船長にそう誘われた。


「どこに行くつもりなの?船長」

「なに、ちょっと野暮用があるんだよ」


 怪訝そうに尋ねたラックにアレンはそうにこやかに返す。

 連日の物資調達、もとい酒の調達失敗からようやく脱し、ようやく念願の酒を手に入れる事が叶った事から昨日は船での酒盛りとなった。そして、本日レートの港で朝を迎えた訳なのだが……。

 なんで私?

 土地勘がある訳でもなく、寧ろ右も左も分からないような私を何故アレンは昨日に引き続き同行させようとしているのか。


「なんでハルも一緒な訳?」

「まあ色々と事情があってな」


 ラックが何度問いただしてもアレンは私が同行しなければならない理由をはぐらかすばかり。


「お前達も昨日はよくやってくれた。今日は暇をやるから陸地を満喫してくるといい」


 アレンはその場にいた乗組員達に聞こえるように声を掛け、再び私に向き直る。


「一緒に来てくれるか?」

「あ、はい……分かりました」


 事情はよく分からなかったが船長にそう言われたとあっては仕方がない。ラックも不審そうではあったが、どうやらアレンを止める事は出来ないようなので。

 物資の調達、もとい念願だった酒の調達が無事に終わり、これでようやく元の世界に帰る方法探しが再開出来ると思ったのにな……と内心残念な気分になりつつも、私はアレンの誘いに応じた。


 空は今日も快晴。

 昨日は酷い目に遭ったけれども、今日はそんな事になりませんように。

 本日の安全祈願を祈りながら私は上陸の準備に取り掛かった。



 ***



「あの、アレン船長」

「何かな?」


 昨日に引き続き、再びレートの町中をアレンと並んで歩いていく。

 レートの町は夜とはまた違って、大通りは大勢の人で賑わい活気に溢れていた。人の流れに乗りながら私は再度アレンに尋ねてみる。


「一体どこに行くんですか?」

「ちょっと野暮用を済ませに行くんだよ」


 しかし、何度尋ねても帰って来る答えは同じ。『野暮用を済ませに行く』

 野暮用って一体何なんだ?

 そう問いただしたい気持ちに堪え、兎にも角にも私はひたすらアレンの後について行った。


 しばらくして大通りから細い通りへと入った。

 開けた大通りとは一変し、一足逸れた通りは暗い。あちこちに細い道が存在し、立ち並ぶ建物で複雑に入り組んでいる。

 軽い気持ちでアレンについて来てしまったが、足を進める度に徐々に不安が募っていく。どうやらアレンは、細い路地のその先、奥へ奥へと向かっているようだった。

 本当にどこに連れて行こうとしてるんだろうか……。

 私は船から降りる際、ラックに言われた言葉を思い出していた。

 それは今から数十分前――


「ハル、本当に大丈夫?」

「大丈夫、……だと思う」


 港に降りる準備をしていると、ラックに心配そうに声を掛けられた。

 正直なところ、昨日の今日でとても大丈夫だとは言えなかったが、ラックに心配をかけまいととりあえずはそう返してみる。しかし、よほどアレンに同行するのが心配なのか、ラックの表情は依然として険しいまま。


「いいかいハル、もしも身の危険を感じたらすぐに逃げるんだよ」

「う、うん?まあ、大丈夫だよ」


 よく意味は分からなかったがラックの言葉にとにかく頷く。明るく返したつもりだったが、「分からないよ」とラックは更にこう続けた。


「もしもの時は船長の事は置いて来ちゃって構わないからね」


 ラックは真剣な顔でそう述べたのだった。

 そんなラックに「分かった」と軽く頷いて船を降りた私だったが、今更になって妙にラックの言葉が引っ掛かって来る。本当に大丈夫なんだろうか……。


「ついたぞ」


 しばらく入り組んだ道を進んで行き、そしてその突き当たり、つまりは最奥のようなところでアレンは足を止めた。


「ここは……?」


 アレンが立ち止まったのは廃虚のような建物の前だった。

 目の前に聳える建物は今にも崩れそうなレンガ造りの廃墟のよう。手入れが全くされていないのか、至る所から雑草が伸び、その影が更に建物を不気味に暗くしている。何かが出そうな雰囲気があった。


 ここが目的地なのだろうか?

 アレンは一体こんな所に何をしに来たというのだろう?

 疑問に思っていると、予想に違わず何かが出て来た。廃虚の中から如何にも柄の悪そうな男達がぞろぞろと姿を現したのである。

 男達は明らかにガンを飛ばしながら、のそのそとアレンと私の前へとやって来る。そしていつの間にやら、気付けば廃虚から出て来た男達によって完全に周囲を取り囲まれていた。


 なになになに!?何なんですかこの状況は!?


 全く状況が掴めない私は堪らずアレンに問いかける。


「あの、アレン船長ちょ……」


 だが、その問いはアレンによって制止された。口元に指を立ててにこやかに。

 口にこそ出しはしなかったが、意味は恐らく「静かにしてなさい」だろう。なんだか物凄く嫌な予感がした。


 柄の悪そうな男達によって完全に包囲された私とアレン。

 現状にうろたえる私に対し、アレンは余裕があるようだったが、一体何がどうなっているのか。私には全く状況が理解出来ない。

 これって一体どういう状況なんですか!?


 しばらくことの成り行きを見守っていると、廃虚の中から頭にターバンのような物を巻いた一際柄の悪そうな男が現れた。


「キッカー、久しぶりだな」


 アレンにキッカーと呼ばれたその人物。

 肌は日に焼けて黒く、筋骨隆々なその男。頭にはターバンのような物を巻いていて、派手な刺繍の入った黒いコートのようなものを素肌の上から纏っている。左頬には大きな傷があり、まるでどこかのヤクザのボスのよう。年季の入った凄みと風格がある。正直言ってめちゃくちゃ怖いんですけど。


「アレン……ヴァンドール。てめえ、こんなところに一体何しに来やがった?」


 キッカーは吊り上がった目を更に吊り上げ、微塵も隠す事なくアレンに対して不快感を露わにした。


「いやなに、たまたま近くを通りかかったものだから元気にやっているかと思ってな」

「元気にやっているかだとォ?ぶざけてんのかてめえ!!」


 キッカーは声を荒げた。そんなキッカーの様子など微塵も意に介さないかのごとく、アレンは至って平然と話を続ける。


「元気そうで何よりだ。ところで、ジョン・クライングコールという男を知っているか?」

「あぁ?クライングコールだぁ?そりゃあ、どこぞのイカれた金持ち爺さんの名前だろうが。それがどうした?」

「その金持ち爺さんがどこに居るのかと思ってね」

「そんな事、俺が知る訳がねぇだろうがっ」


 何の脈絡の無いアレンの話にキッカーの苛立ちは徐々に怒りへとヒートアップして行く。

 端から見ても一目で分かる。あのキッカーって人、めちゃくちゃ怒ってる。マジでめちゃくちゃ怖いんですけど。

 未だに状況が理解出来ずはらはらしながらも、ただただ事の成り行きを見守るしかない私にさえ、その苛立ちは手に取るように伝わって来る。

 ところが、当のアレンは火を見るよりも明らかなキッカーの怒りなんて何処吹く風。

 この人は一体何がしたいんだ!?

 本当にアレンの目的が全く持って理解出来ない。


「そうか、分かった。邪魔したな」


 それだけ言うとアレンは唐突に踵を返した。そしてまるで何事もなかったかのように元来た方へと向かって歩き始める。


 え?なに?これで終わり?

 何やら不穏な空気が流れ始めたと思った途端、アレンは一方的に話を打ち切った。そんなアレンの行動に私を含め、その場にいた誰もが唖然とする。


「オイオイオイオイ……」


 けれども、そんなアレンをすんなり帰してくれる訳がなく。キッカーのドスの効いた声がアレンを制止した。


「オイオイ、まさかそんな事をわざわざ聞く為にのこのこやって来た訳じゃあねぇだろうな?」

「そんな事の為にのこのこやって来た訳なんだが」


 アレンのその微塵も悪びれる事を知らない態度にキッカーの怒りはついに頂点に達した。


「てめえ、俺を舐めてんのか!?」


 一際声を荒げるキッカー。

 その額には青筋が浮かび、物凄い剣幕でアレンを睨み付ける。


(ヤバいヤバいヤバいヤバい……っ)


「今日という今日こそは年貢の納め時だ。きっちりと落とし前付けて貰うぜ、アレン・ヴァンドールさんよ」


 嫌な汗が背中を伝った。次の瞬間。


「野郎共やっちまえーッッ!!!!」


 キッカーの怒号と共に周囲を取り囲んでいた部下達が一斉に襲い掛かって来た。

 けれども、アレンはそんなことには全く動じず、襲い掛かって来た男を3人程するりするりと躱す。そのままアレンは涼しい顔で棒立ち状態+放心状態の私の目の前まで来た。

 そして、このアレン・ヴァンドールという男はとびきりの笑顔でかましてくれた。


「さ、逃げるぞ」

「………はい?」


 そして、話は冒頭に戻る。



 ***



「ぜぇぜぇ……はぁはぁっ」


 息を切らし、細く入り組んだ道をとにかく全力で駆けていく。


『さ、逃げるぞ』


 とびきりの笑顔で言われたその言葉に開いた口が塞がらなかった。

 勿論この場合、逃げる事は勿論正しい。

 だがしかし、何でそんなに嬉しそうなのか私には全く理解出来なかった。

 アレンのその理解不能な態度に完全に思考が停止する私。そんな私をよそにレディファーストだと言わんばかりに、お先にどうぞとアレンは嬉々として促して来る。


 いやいやいやいやっ。


「帰る道なんて分からないですって!!」

「大丈夫だ。とにかく走ればいい」


 いや、全然大丈夫じゃねぇよ。


 思い切りツッコミを入れてやりたかったが、何せ今は状況が状況。

「ほら、来たぞ」と言われアレンの視線を辿れば、まるで津波のように恐ろしい剣幕で柄の悪い男達が押し寄せて来る。


「ひぃいいっ」


 もはやその場から逃げ出さずにはいられなかった。


 ――あれから一体どれ位走っただろうか。


 土地勘どころか、目的地さえも知らされずにただアレンに着いて来た私にとっては、ここまでどうやって来たのかなんてあまりよく覚えてはいない。というか、寧ろ全然分からない。私はただただ目の前に続く道を全身全霊で逃げるしかなかった。


 路地を抜け、大通りを抜け、更にその先へ先へと必死に足を進めて逃げる。

 もはやどこを走っているのかさえ自分でも分からない。

 後ろを走っているであろうアレンがついて来ているのか、確認する余裕もなかった。というか、恐ろし過ぎて振り返れなかった。振り返りたくなかった。


「待ちやがれコラァアッ!!」


 依然として後ろからは複数の男達が殺気を振りまいて追い掛けてくる。


(もう嫌だぁああぁああっ)


 恐怖で竦みそうになる足を励まして、半ば半泣きになりながらもとにかく前へ前へと足を運ぶ。

 肺がはち切れんばかりに苦しい。

 あとどれだけ走ればいいんだ。

 ペースが徐々に落ちて来るのが分かる。

 しかし、ここで立ち止まったら間違いなく一貫の終わりだ。

 異世界でこんな訳の分からない事に巻き込まれて死ぬのは何が何でも絶対に嫌だった。全身全霊を賭て私は文字通り命懸けで走り続ける。


「も、もう、ダメ……げ、限界……」


 だが、ついに私の足は限界を迎えようとしていた。

 その時、光が見えた。

 立ち止まりそうになる足に鞭打ってその光に向かい、地面を蹴る。


 目の前が急に開け光が飛び込んで来た。

 そこで私の足はとうとう限界を迎えた。


 立っていられず力尽きてその場に座り込む。

 荒い呼吸を整えるように滴る汗を拭う事も忘れて、めいっぱい酸素を取り込んだ。

 幸いな事にどうやら追い掛けて来ていたキッカーの手下達はもう追って来てはいないようだった。その事に、そして無事に生還出来た幸運に心から安堵する。

 嗚呼……生きてるってほんとに素晴らしい。


「素晴らしい……」


 すると、すぐ背後から感極まったような声が聞こえた。

 その声の方に視線を向ければ、そこには何故か歓喜に打ちひしがれたようなアレンの姿が。


 アレン船長、ついて来ていたのか。

 てか、何で全然呼吸乱れてないんだ。

 見ればアレンは私とは打って変わり、全く汗もかいておらず呼吸も全く乱れていない。それどころか、その姿には余裕さえ感じた。そして、何故か一人感極まっている。


「ハル……君は本当に素晴らしい!!」


 この人は本当に訳が分からない。

 一体何がそんなに素晴らしいのかと、ゆっくりとアレンの視線を辿ってみる。


「…………」


 私が走りついた場所。そこは大通りに立ち並ぶ絶賛営業中の酒場の前だった。


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