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忍び寄る影


「今回は留守番か~…」


 翌る日の夕暮れ、船はまた別の港へと来ていた。

 用件は勿論、アレン船長にとってはもはや命と言っても過言ではない。念願の酒を調達する為。


 停泊した船着き場をいかにも海の男といった感じのたくましい身体付きの船乗りや道行く人に声を掛けて回る商人らしき人々が行き交っている。そんな光景を私は船の甲板からただただぼんやりと眺めていた。

 理由は簡単。昨晩、海軍に捕まり掛けたことを受けて、アレン船長は今回、大人数では目立つということでレイズや他数名の乗組員だけを引き連れて港へと降り、その他は船で待機ということになったのだ。その為、私はラックや他の乗組員達と共に船で待機しアレン船長達の帰りを現在こうして待っているのである。


「早く元の世界に帰る為の方法を探さないといけないのにな~…」


 ため息と共にそう吐き出す。

 いまだに具体的に何処をどうやって探すのか、手段なり方法が見つかった訳ではなかったが陸地を前に降りられないのはなんともかんとももどかしい。まあ船に乗せて貰っている以上、船長であるアレンの命令は絶対であるし、乗せて貰っているというだけでも有り難い事なのだから文句をいうつもりなんてないのだけれども……。


「まあまあ、仕方ないよ。

 最近は何かとおかしな事が続いてるからね」


 しょぼくれた私の様子を見て、隣で同じように手摺りに持たれた状態のラックがまあまあと言って宥めてくれる。


「けど、今回もお酒が手に入らないなんてさすがにありえないよね?」

「……どうだろうね」


 ラックにそう尋ねてみれば、またしても返って来たのは微妙な応え。

 また嫌な予感がしているのか、ラックは硬い表情を浮かべたままアレン達が降りて行った港の町を見詰めていた。


「大丈夫だよ。いくら“ついてない事”が連続しているとはいえ、さすがにそれがずっと続くなんてありないよ」


 いつものお礼の念も込め、今回は私がラックを励ますように至って明るくそう言ってみる。

 しかし、残念な事にラックからの返答はない。彼の表情は変わらなかった。不安げなラックの様子。彼同様に私の中にもにわかに不安が募り始める。


 さすがに今回もまた、……なんてないよね?


 目の前には日暮れ間近の港町・スリー。

 今回こそはと期待と不安が入り交じる中、私はラック達乗組員らと共にアレン船長達の帰りを待った。



 ***



 しかし、またしてもアレン達はすぐに船へと戻って来た。

 けれども、今回は前回とは少し様子が違っていた。

 昨晩と同じようにドタバタと騒がしい足音が船へと駆け上がって来た、かと思うと。


「早く船を出せぇえ!!出航だ出航ォオ!!!」


 アレンの悲鳴にも似た号令が甲板中に響き渡った。

 いの一番に戻って来たアレンの様子を前にして、待機していた乗組員達は皆その場に固まり止まる。

 見ればアレンは顔面蒼白。肩で激しく息をしている。

 私を含めた全員がアレンの様子に呆気に取られた。そんな固まる彼らに向かいアレンは尚一層喚き散らす。


「何やってんだ!?出港だったら出港だ!!早く船を出せぇえ!!」


 再び大声で発せられた号令。

 ようやく乗組員達は我に返る。

 あまりのアレンの変貌ぶりにただ事ではないと感じた彼らは直ちに甲板を走り出した。そんな彼らに一拍遅れて、私もはっとして我に返る。


(しゅっ出港だあぁあ!!!!!)


 気付けば何が出来る訳でもないのに乗組員達と共にあたふたと甲板を駆けていた。

 それから間もなく船は出航。夜の闇に紛れるようにしてスリーの港を後にしたのだった。



 ***



「お疲れ様~」

「…………」


 今、私の目の前には金髪に碧眼の乗組員、レイズ・ローゼルが手摺りに背を預けぐったりとしている。


 まるで逃げるかのようにスリーの港から出港したクロート号だったが、沖に出てしばらく、甲板はいつもの静けさを取り戻していた。

 そして私は前回同様、ラックと共に今度は一体何があったのか話を聞こうとレイズのもとへとやってきたのだった。

 俯いたままぐったりと座り込んでいるレイズ。心なしか今朝よりも少し窶れるているように見えた。


「今回はまた何があったの?」


 これまた前回と同様、ラックがレイズにそう尋ねる。

 ラックのその問いに彼は盛大な溜め息を一つ。どうしたもこうしたもないと、まるで愚痴を零すかのように、うなだれていた顔を上げ事の成り行きを語り始めた。


「今回もあいつのせいで町中あちこち酒場を探し回った挙げ句、ようやくやっている酒場を見つけたまでは良かったんだが……」


 そこでレイズは言葉を濁す。

 僅かに言い澱むような素振りを見せて。


「……酒場に“あいつ”が、“お騒がせ娘”がいたんだよ」


 そのワードを聞いた途端、にこやかなラックの表情が一瞬固まる。


「 “お騒がせ娘”って……まさか“修理屋さん”?」

「そうだよ!その“修理屋”がどういう訳か酒場にいたんだよ!」


 レイズは信じられないといっ顔で喚いた。


「誰なんですか?その“修理屋さん”って?」


 私は訳が分からずに二人の話に割って入る。それにはラックが答えてくれた。


「前にこの船が壊れ掛けた時があってね、かなり酷い状態だったからもう修復は不可能って言われた事があったんだ。

 だけど、そんな状態でも船長は船を諦められなくて。それをなんとか直してくれたのがその修理屋の娘とその一団だったんだよ」

「なるほど」

「で、そいつは毎回俺達を殺そうとする」

「えっ!??こ……殺す!!?」


 レイズからさらっと発せられた衝撃の一言。

 思わず耳を疑った。なんでいきなりそんな物騒なワードが出て来るんだ。


「修理して無事に直ったまでは良かったんだけど、その時は生憎お金が無くてね。

 借金って形でどうにか船を渡して貰ったんだけど、その後船長はその修理代を払っていないみたいなんだ」

「だ、だからってなんで殺そうとなんかするの!?殺したりなんかしたら修理代を払う人がいなくなるんじゃ……」

「俺達の首には“懸賞金”が掛かってるんだよ」

「“懸賞金”?」


 懸賞金というとあれだろうか。

 指名手配の犯人とかを捕まえたりしたら貰える賞金の事……であってるよね?


「つまりね、いつまで経っても修理代を滞納してる船長の支払いを待つよりも、その首に掛かってる懸賞金で修理代を完済した方が確実と言えば確実って事だよ」


 そうラックはいつもの調子でにこやかに言ったが。なんて物騒な事をさらっと言うんだ。


「というか、あいつに払う気なんかさらさらないだろ」

「だろうね」


 吐き捨てるレイズにラックもまた「同感だよ」と苦笑する。


(……ん?というか、あれ?ちょっと待てよ)


 そこまで二人の話を聞いて私はふとある事を思う。

 懸賞金が掛かる位なのだから海賊とはやはり、いわゆる“お尋ね者”という事になる。ならばその“お尋ね者”である海賊と一緒居る私って……まさかこの世界だとお尋ね者って事!!??犯罪者的な扱いになったりするのだろうか。

 いやいやいや。確かに海賊船には乗ってはいるが、私は別に海賊ではない。

 いやしかし、同じ船に乗っているという事はやはり海賊という事になるのだろうか……。


「あそこにいるあいつも賞金首だぜ」

「え?」


 レイズの発言に中途半端で思考が止まる。

 その視線を辿った先、そこには全身真っ黒な人物がいた。


 髪は黒く腰程まである長髪。

 服装も黒を基調に統一され頭からつま先まで全身黒尽くめなその人物。

 俯き加減に壁に持たれ、眠っているのか瞼を閉じている。

 恐らく男性であるとは思われたが、その顔立ちは一見すると女性のようにも見える程に整っており、海風が吹く度、漆黒の長い髪がさらさらと揺れた。


(あんな人がこの船にいたんだ)


 私は内心驚いていた。

 乗船して数日、乗組員の顔や名前はだいたいは把握しているつもりでいた。しかし、その黒尽くめの人物に関しては全く見覚えがありはしなかった。

 一体船内のどこにいたのだろうか。気が付かなかった、というよりは寧ろ、全く気配を感じなかったと言っていい。

 

「全く、どうして行く先行く先でこんな目に遭わなきゃならねぇんだ」


 黒尽くめの彼に疑問を抱きつつも、私は再びレイズの方へと視線を戻す。


「ほんとにあいつが欲しがる物に関わるとろくな事がない」

「でもまあ、そうは言っても最近の出来事はちょっと異常だよね。いくら何でもこんなに不運が続くものなのかな?」

「あいつの日頃の行いが悪いせいだろ」


 レイズはそう言って吐き捨てたが、どうにも疑問を感じざるをえない。

 酒の調達がそんなに重要であるかは別としても、やはり何かがおかしくはないか。


 私は暗い色をした海のその先へと遠く視線を馳せてみる。

 仄暗い影が背後からじわじわと忍び寄って来るかのように。

 ラックが言っていた“嫌な予感”というものを薄っすらと、だが確かに感じ始めていた。

 


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