ハルとユキと 3
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目を開けると再びホテルのレストランにいた。隣の椅子に座っていたはずの双子の姿がない。きょろきょろしていると奥から二人が出てきた。
「はじめ君!」
ユキが嬉しそうに駆け寄ってくる。それと一緒に手を繋がれていたハルも必然的に引っ張られながら此方に来た。
「ハルも目を覚ましたんだな」
「ああ」
言葉数が少ないのは相変わらずなようだ。目を覚ましてくれて良かった、とにこにこ嬉しそうにするユキに目を細めながらハルは彼女の頭を優しく撫でている。
「そうだ、ハル。さっき言ってたこと、はじめ君も知ってるの?」
「ああ、そうだね。お前、フロントにあった新聞は見た?」
「え、新聞? 見てないけど何だよ?」
「数日前に刑務所から殺人で捕まってた奴が脱走したって」
そういえば、そんなニュースをテレビでもやっていた気がする。
「そいつの目撃情報がこの辺であったらしいんだ。もしかしたら、このホテルに紛れ込んでいるかもしれないって」
「まじかよ……」
訳の分からない状況で、この暗いホテルに閉じ込められた上に脱走した殺人犯と同じ空間にいるかもしれないなんて、運がないなんて言葉じゃ済まされないぞ。
「ハルが怪しい人影を見たって言うの。私もここにいる人達とは別に気配を感じるっていうか。誰か他にいる気がして……」
ユキは不安そうにぎゅっと両手を握りしめる。そんな彼女を心配してみていると突然、地鳴りと共に建物が揺れ何かが崩れる音が響いた。俺達はバランスを崩してその場に踞み込む。ハルはユキを守るように抱きしめ、床に手をつきながら揺れが収まるのを待っていた。暫くすると揺れは収まり、俺は無意識に止めていた息を吐き出す。
「ユキ、怪我はない?」
「うん、大丈夫……。ありがとう、ハル」
「何だったんだ?」
「すごい音がした……。建物が崩れちゃったんじゃ……」
「俺、見てくるよ」
ハルはそう言って立ち上がった。
「私も一緒に行く」
ユキも立ち上がるが、ハルは首を横に振ると俺を見た。
「ユキは一といて。何があるかも分からないし、今はここが一番安全だと思うから。一応上の方まで見てくるよ。一、ユキのことよろしく」
ひらひらと手を振りながら、ハルはレストランの外へと消えていった。
◇
10分、20分。体感で言うとそれくらいだろうか。実際はそんなに経っていないのかもしれない。ハルが行ってから、暫く沈黙が続いていた。
「はじめ君はさ、ハルのことどう思う?」
膝を抱えて座っていたユキがそのままの体勢で俺に問う。
「それは、どういう意味で?」
「んーとね、ハルってね、あんまり他人と関わりを持ちたがらないっていうか、壁があるように見られがちなんだよね。他人から見ると分かり辛いみたいで。でもね実際はそんな事なくて、寧ろ人のことが好きでよく観察してるし。ただ自分から話しかけないだけなの。私からすれば、すっごい分かり易いんだけどなぁ」
「それは、まぁ。双子だから分かるっていうのもあるんじゃない?」
「うーん、そうなのかな?」
彼女からすれば不思議で仕方がないらしい。
「私ね、ハルとはじめ君は絶対仲良くなれると思うの。同じ空気感っていうか、放っておけない感じが似てるんだよね」
「俺から放っておけない感じが出てるのかは分からないけど、絡み辛いっていうのはよく言われるな」
放っておけないなんて初めて言われた。彼女にかかると、俺の短所と言うべきところもそれほど短所にはならないらしい。
「……ハル、遅いね」
一瞬の沈黙の後、ユキがぽつりと呟く。
「ああ、確かに」
「はじめ君、ごめん。私心配だからやっぱりちょっと見てくる!」
「えっ、ちょっと待てよ。ユキ!」
俺の言葉も聞かずにユキは走って行ってしまった。
これは追いかけた方がいいやつか?
それともここに残ってる人達を見ておいた方がいいやつか?
ユキが出て行った方向と未だに目を覚まさない人達を交互に見ながら迷ってしまう。
あー、もう!
やっぱりユキのことが気になる。レストランから飛び出したものの時既に遅し。ユキの姿はそこにはなかった。