“はじまり”って何処からが“はじまり”なんだろうね 3
◇
「来てくれると思ってたよ」
チャイムを鳴らし、訪問を告げた俺を満面の笑みで迎えたユキ。全部分かってた感をバンバン出してこられるのはものすっごく腹が立つが、こいつの物言いを一々気にしていては切りがない。
「今日はあの格好じゃないんだな」
先日会った人物だと一目で分かる奴がいたとしたらすごいと思う。今日のユキはTシャツにパンツスタイル。その上から白衣を羽織ったシンプルな研究者スタイルだった。顔が整っているから何を着ても様になっているのか、それとも白衣で何割か増しに見えているのか。恐らくどっちもだろうな。
「ほら、白衣って研究者っぽいでしょ。別に危険な薬品を扱ったり、危険な実験をするわけじゃないから着ても着なくてもどっちでもいいんだけどね」
「はいはい、そうですかー」
どうでもいい話は要らないから、早く案内してくれよ。適当に返事をしても然程気にしていないようで、そのまま中へと招き入れられた。
「研究所とか言うから、もっとこう何か……」
「うんうん。まぁ、研究所っぽくはないよね」
言葉を見つけられない俺にクスリと笑うユキ。
「映画やドラマに出てくるような感じとは違うよ」
ユキが扉の前で立ち止まった為、それに倣う。
「さ、中へどうぞ」
促されて入るとソファーやテーブル、テレビ等がお行儀よく並んでいる。
一般家庭でいうところの……
「リビング?」
「ああ、ここ俺の部屋ね」
「住んでんのか?」
「うん。一々帰るの面倒だし」
こいつは見た目によらず意外と面倒くさがりだ。
「一に見てもらいたいのはこっち」
部屋の奥には、たった今入ってきた扉とはまた別の扉がある。見れば分かると言われたので入ってみた。
「パソコンとモニター、それにイスが三台。……研究室か。この情報だけで俺に何を分かれと?」
「それだけ分かれば充分だよ」
「俺、馬鹿にされてる?」
「そんな事ないよ。パソコンとモニターとイス。この研究に不可欠な三つだよ。因みに、このイスの背もたれは可動式で座った人がリラックス出来るように設計されてるんだ」
「まるでマッサージチェアーだな」
「そう、まさにそうなんだよ。俺もオーダーする時にその例えを使った。全く嬉しくない偶然だね」
ユキ君は俺を怒らせたいのかな。そっちから呼んどいてさ。
「ていうか、お前そんな喋る奴だったっけ?」
「ん? どちらかと言えばこっちが素だけど。昔はさ、気に食わない奴となんか喋りたくないって思ってたんだ。ハルが間に入ってくれていたし、直接お前と喋らなくても会話が成り立ってたから。でもね、気付いちゃったんだよね」
これは、気付かなくてもいい事に気付いちゃった感じだな。
「一には、こういう扱いの方がいいんだって。まぁ、気に食わないことに変わりはないんだけど、こっちの方が楽しいし」
ソレ、楽しいのお前だけな。
先程からのユキの言動に俺の頬はピクピクと引き攣っている。
「だからさ、俺がお前で遊ぶのは仕方のない事だと思って諦めて」
「どういう理屈だよ」
嗚呼、最後の最後で我慢できずにツッコんでしまった。遊ばれてる感じは犇々と感じてはいたけどさ。いざ面と向かって言われると苛っとするぞ。
「話が脱線したね」
させたのは、お前だけどな。
もう一々反応していたら切りがない。こいつの思う壺なのも癪だから、口に出してツッコむことはしない。その代わりに目で、早く続きを話せと促した。




