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言えなかった、言いたかった 4




「オルフェウスはただ大好きな女性(ひと)と一緒にいたかっただけなんだよね。空の上で一緒に過ごせていたら、いいんだけど」


 切なそうに笑うハルに俺は何も言えず、ただ彼女を見つめていた。辺りはいつの間にか暗くなっていた。


「この話を聞いた時にね、何故だか分からないけど、お父さんとお母さんのこと思い出したの。二人とも私達が六歳の時に死んじゃったんだけど、二人は空の上でちゃんと一緒に過ごせてるのかなって」


「ハル……」


「――ハッ、なんかごめんね。しんみりしちゃったね」


 俺に気を遣ったのか、(わざ)とらしく明るい声を出すハル。


 確かに笑ったハルを見たくて星の話を振ったんだけど、そういうのじゃなくて――。


 だけど、予想外にハルの弱い部分を見られたことも嬉しくないわけじゃなくて――。


「そろそろ、帰ろっか! ユキにも遅いって怒られちゃう」


 彼女はぴょこんっと跳ねながら勢いよく立ち上がって俺を振り向く。


 帰ろ帰ろー、と歩き出した背中に向かってこれだけは今、伝えないといけない気がして、俺はハルに声をかけた。


「きっと、ハルのお父さんもお母さんも空の上あっちで仲良くやってると思うよ」


 上を指差して慣れないながらも笑顔を作る。


「何かどこかで聞いた話なんだけど、輪廻転生っていうのがあって、亡くなった人達は次の生命(いのち)に生まれ変わるまで順番待ちをしていて、その順番が回って来るまでは悠々自適に暮らしてる? ……らしい。順番が来てもまだ自分には待ち人がいるから先に他の奴を生まれ変わらせてやってくれって交渉する人とかもいるらしくて。もしかしたら、ハルのお父さんやお母さんも、ハルとユキがお爺ちゃんお婆ちゃんになって、生命(いのち)を全うして自分達のところに来るのをのんびりしながら待ってるのかも?」


 どこかで聞いたなんて、嘘。俺が今、何となくそれっぽく作ったデタラメな話。


 でも、ハルには無理して笑わないでほしい。


「はじめ君……」


 ちょっとうるうるしている彼女にやり過ぎたか、と焦る――。


「あっ、えっと、ほら! こと座、のオルフェなんとかっていうのも、きっと奥さんと仲良くやってるっていうかさっ……」


 もう自分でも何が言いたいのか分からなくなって訳の分からない言葉を並べていると、そんな俺の姿が滑稽だったのか、彼女は腹を抱えて笑い始めた。


「ふふっ、ふふふふふ、あははははは――――」


「っ……!」


 さっきまでセンチメンタルな雰囲気を醸し出していた彼女が突然笑い出すもんだから、驚いて言葉を失う俺。


 というか、笑い過ぎじゃないかな?


「ごめっ、はじめ君、ふふっ、もう……っ」


 うん、もう笑い過ぎて何を言ってるのか分からないよ……ハル。


「笑い過ぎだから」


 少しムッとして伝えると漸く落ち着いてきたのか、ごめんごめんと謝られた。それでもまだ笑ってたけどな。何か俺、ハルのツボに()まるようなこと言ったか?


「ごめんってば。だって、はじめ君私のこと励まそうとして必死で――。なんだか、それが嬉しくて」


 にっこりと俺に笑いかけた彼女を見て、俺の口角も自然と上がる。


 ――今度はホンモノだ。


 まぁ、結局のところ俺は彼女が笑ってくれるなら何でもいいわけで。訳の分からないところでツボに()まってくれたっていいのだ。


 あ、“星が綺麗ですね”の意味、聞きそびれた……。


 歩き出してから気付いたが、今更感が半端なくて結局ハルにその意味を聞くことはなかった。





 ハルとの会話を思い出しながら、日記をめくる手が止まっていることに気が付いて再び読み進めるためにページをめくる。




○月○日


 夜にはじめ君と会うことを伝えたら、ユキには一々言わなくていいって呆れられた。私がどうしたいのか全部分かってるみたい。さすが、双子のお兄ちゃん。ユキもはじめ君もお互いのことを相変わらず気に食わないって言うけど、何だかんだで気が合うと思うんだけどな。素直じゃないからなぁ、二人とも。




 俺もユキも面倒くさい性格で、そんな俺達を結び付けていたのはハルだった。


 ――ハルが嬉しそうにしているから。


 ――ハルが楽しそうにしているから。


 だから、俺達は三人でいた。


 だけど、あの日だけはどうしても二人で星を見ながら話がしたくて――。


 俺はあの場所にハルを呼び出した。


 “修学旅行の夜にさ、二人で話がしたいんだ。ハルが見たいって言ってた満天の星が見られる場所を見つけたから、そこで――”


 ハル……、


 俺が君をあの夜呼び出さなければ、君を失うこともなかったよな。


 いつもみたいに三人でって言ってたら何か変わってたかな。


 俺はただ一緒にいられたら、それでよかったのに。


 オルフェウスが死者の国に行ってまで、エウリディケを生き返らせてほしいってお願いした気持ちも今なら分かるよ。


 俺は死者の国には行けないけど。


 その代わりに、この夢の中でずっと君を求め続けた。


 君と夢の中に閉じ籠った。


 君と出会ったあの時から、弱い自分となかなか向き合えない俺を救ってくれていたのは、いつだってハルだったんだよ。


 “星が綺麗ですね”


 君が教えてくれたこの言葉。あの後やっぱり気になって自分で意味を調べたんだ。


 君は伝えたい人がいるのって言っていた。それが俺だったらいいのに、とも思っていた。


 だけど、この言葉は君の台詞じゃないよ。


 もし、君に伝えられるなら俺に言わせて。


「ハル、星が綺麗ですね」


 その意味は……、


 “私はあなたに憧れています”


 “あなたは私の気持ちに気付いてはいないよね”


 ページをめくっていくと、彼女が最後に書いた言葉を見つけた。


 “愛してる”はニュアンス的に私には大人過ぎるの。だから、“大好き”の方が伝わる気がして……。


 そう言っていた彼女が最後に残してくれた言葉。


 “ねぇ、はじめ君。好きだけじゃ足りない、大好きだよ。”




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