言えなかった、言いたかった 3
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「ねぇ、いつか満天の星を見られるような場所に一緒に行けたらいいね」
学校帰り、公園で暗くなり始めた空を見上げながらハルが言った。ユキは用事か何かでいなくて、その日は珍しくハルと二人だった。
「星が綺麗ですね」
なんて言われて、俺は突然何のことだろうと彼女の方を見た。けれど、彼女は空を見上げたままで俺と視線が合うことはなく、遠くの方を見ているだけだった。
「ハル?」
名前を呼んでみると、にっこり笑って俺を見つめる。
「――ってね、いつか伝えたい人がいるの。私が手を伸ばしても、届くかどうか分からないけど……」
「どういう意味? “月が綺麗ですね”は聞いたことあるけど」
「ふふ。じゃあ、その意味は?」
「俺に言わせるの?」
「言ってくだーさい」
悪戯っ子のように目を細めて、見つめられる。ちらっとそれを横目で見てから、人差し指で頬を掻き、ハルから視線を逸らした。
「愛してる……」
中学生の俺にはハードルが高かった。ハルに促されて言ってみたものの、やっぱり気恥ずかしくて。“愛してる”なんて、思っていても口に出来るほど俺はまだ人間出来てないというか、そこまでの包容力というものが備わっていないというか……。“好き”すら言葉に出来ない俺に“愛してる”は荷が重すぎる。
平静を装って口に出したつもりだったのに、ハルには俺の照れが伝わったのか、ふふふと肩を揺らして笑われた。
「……笑うなよ」
「ふふふ、ごめんごめん。……“月が綺麗ですね”はニュアンス的に何だか大人な感じがしてさ。だから、私には“星が綺麗ですね”がいいのかなって思ったの」
こんなにも光の多い町で空を見上げても、見える星は知れている。それでも、彼女は微笑みながら遠くを見つめて星を探していた。だけど、それがどこか寂しそうに見えて……。
「なぁ、ハル。星の話聞かせてよ」
笑ってほしくて、そう言うと彼女はいつも、うーん、そうだなぁと言いながら笑って星の話をしてくれるから。
「じゃあ……、夏の大三角形の中にあるベガ――こと座のお話にしようかな。こと座にはね、悲しいお話があるんだよ――」
――オルフェウスっていう人がいてね、と言ってハルは話し始めた。
オルフェウスは音楽の神アポロンから竪琴――ハープみたいな楽器のことね――をもらって、音楽の女神達に演奏を教えてもらうの。そして、彼には美しい妖精のエウリディケっていう奥さんがいた。でも、ある日エウリディケは命を落としてしまった……。
オルフェウスは嘆き悲しんで、どうしてもエウリディケのことを諦めることができなくて、死者の国へと旅立つの。その死者の国へは、竪琴の演奏が導いてくれた。
冥界の入り口には、恐ろしい地獄の番犬ケルベロスがいたんだけど、彼の竪琴の演奏を聴くと大人しくなった。三途の川の渡し守カロンも同じく彼の演奏を聴いて、オルフェウスを哀れに思って、三途の川を渡してくれた。
いよいよ冥界の王ハデスに会うことが出来たオルフェウスは、妻のエウリディケを生き返らせて欲しいって必死にお願いしたの。生きている人間が死者の国に来ることも、死んだ者を生き返らせることも出来ない。ハデスは頑なに断っていたんだけど、オルフェウスの竪琴を聴いて彼の気持ちに打たれて、涙を流した。
そして。条件付きでエウリディケを生き返らせることを約束するの。彼女を生き返らせる条件は、死者の国から出るまで決して後ろを振り返らないこと。オルフェウスはその条件をのんで、地上へと向かった。
だけど、歩いても歩いても、後ろから付いて行くと言われていた彼女の足音が聞こえない。オルフェウスは地上の光が見えた時、不安と喜びから後ろを振り向いてしまった。すると忽ちそこにいたエウリディケは光と共に消えてしまって……、彼が最後に見たのは彼が大好きだった彼女の優しい微笑みだった。
約束を守ることが出来なかったオルフェウスは、二度と死者の国に近づくことを許してはもらえなくて、後悔と悲しみに沈んで、命を落としてしまった。音楽の神アポロンはそんな彼を哀れに思って、こと座として天空へ送ったんだって。




