言えなかった、言いたかった 2
彼女は俺にたくさんの話を聞かせてくれた。
「ねぇ、はじめ君は夏の大三角形って知ってる?」
「ん? あー、あれだよな。七夕伝説の織姫と彦星がいるっていう……」
「そうそう! はくちょう座のデネブとわし座のアルタイル、そしてこと座のベガを結んだ時に出来るアステリズムだよ」
「ア、アステ……?」
ハルが言ったカタカナの意味が分からなくて首を傾げると、ふふと笑いながら教えてくれる。
「アステリズム。星が形作るパターンのことだよ。有名なので言えば、オリオンの三ツ星とか北斗七星とか。星と星を線で繋ぐと色んな形が出来るでしょ」
「うん……、プラネタリウムとかで見るやつね」
「それそれ! はじめ君、七夕伝説は知ってるんだよね?」
「まぁ、プラネタリウムで見たな、ぐらいの知識だけどな」
「へぇ、はじめ君もプラネタリウムとか行くんだ?」
「いや、プライベートでは行かない。ほら、小学校の時に社会見学で行っただろ」
「あ、そっか。でも、その時に聞いたことちゃんと覚えてるなんてやっぱり頭良いんだね。フツウ、興味ない子は聞いてないし、覚えてないよ」
「そういえば、社会見学行った時ハルだけ物凄くはしゃいでた気がする」
「“だけ”は言い過ぎでしょ。私よりテンション高い子なんて、いっぱいいたもん」
頬を膨らませて怒るハル。でも、怖いよりも可愛いが勝ってしまっている。
「ごめんごめん。そんな怒んなよ」
笑いながら謝ると「もう、仕方ないなー」なんて言ってくしゃっと笑顔に変わる。
「でもハル、いつもよりテンション高かっただろ。だから、何となく覚えてたんだよ。それに七夕伝説の話してくれたのハルだからな」
「あれ? そだっけ?」
「そうだよ。社会見学の日、学校帰りにユキと三人で公園に寄っただろ。その時にプラネタリウムよりも詳しい話してくれたの覚えてないか? “今日プラネタリウムで見た夏の大三角形にはね、織姫と彦星がいてね――。ベガが織姫でアルタイルが彦星なんだよ――。七夕伝説でも有名なってサラッとしか紹介してなかったけど、その背景にはもっと深い物語があってね――”って、俺達が止めるまで延々と話続けてたぞ」
ハルのその時の様子を俺が伝えると、「あ、そうだったかもねー」とぺろりと舌を出してお茶目顔をする。
「今はその熱が更に高まっちゃってるみたいだけどな」
「えへへ、だって面白いんだよ。七夕伝説の他にもギリシャ神話とか――、悲しいけどロマンチックなお話とかもあってね」
ハルが楽しそうにしているのを見るだけで俺は満たされていた。
「あっ、そうだ。今度さ、休みの日に三人でプラネタリウム行こうよ」
「……三人で?」
「うん!」
そんな満面の笑みで言われたら「そうだな」と直ぐに了承してあげたくなる。
でも……、彼奴も一緒なのか……。
ユキ……。俺のことを気に食わないと言って、俺と殆ど話そうとしないハルの兄貴。いや、まぁ、それはいつものことだから別に構わないんだけど、どうせ行くなら三人じゃなくて二人の方が俺は……。
ちらりとハルを見るとキラキラした目で此方を見ている。そんな目を向けられたら断ることなんて……。
――と思っていたが、ふと良いことを思いついた。
「ごめん、ハル。それは、遠慮しとくわ」
俺が断ると分かりやすく落ち込むハル。
「えー、どうして……」
俯き加減で目線だけを俺に向けるから、自然と上目遣いになっていて。その上、甘えたように「はじめくーん……」なんて呼ぶから焦る。
「あ、いや、あのっ――」
分かってる。ハルのコレは計算ではない。無意識にやってる分、余計にタチが悪いのだ。
ハルは気付いていないだろうけど、彼女を狙っている男達は多いんだ。
俺やユキに「二人はモテる」なんて話をよく言ってくるけど、自分がモテているということには一切気付いていない。
俺とユキはお互いに良い印象を持っているわけじゃないけど、“ハルを守る”ことに関してだけは暗黙の内に同盟を組んでいた。俺達がどれだけ周りの男達を牽制しているかなんて、きっとハルは知らない。
そのままずっと、知らないままでいればいい。周りの奴等になんて気付かずに、俺とずっと一緒にいてくれたらそれでいい。――なんて、独占欲に似た感情を抱いていた。
「ねぇ、だめ?」
俺が吃どもってあわあわしている内に彼女は俺の前に回り込み、俺の手に自分の両手を重ねてじーっと見つめてくる。
「だ、めっていうか……」
「っていうか……?」
俺の言葉の最後を切り取って繰り返し、コテンと首を傾げる。一度気持ちを落ち着けようと、深呼吸をしてから彼女の目を真っ直ぐに見た。
「何だかよく分からないカタカナばっかり出てくるし、聞いてても難しいっていうか。だから俺は、プラネタリウムのどこの誰だかも分からないオッサンの話聞くより、ハルから話聞きたいな。そっちの方が面白いし。プラネタリウムよりハルの話の方が詳しいだろ?」
本音を言えば――、
星の話を聞きたいと言うよりは、好きなことを話しているハルを俺が出来るだけ長く見ていたいってことなんだけど。
そこは、馬鹿正直には言いません。
「うぅー。悔しいけど、そんな風に言われたら私……喜んじゃう」
悔しいって、何が悔しいんだろ?
ちょっとズレてる気がするけど、そんなところも可愛く思えて笑ってしまう。
「ハルの話なら、いくらでも聞くよ?」
「はじめ君、やさしー。ユキなんてこれっぽっちも興味持ってくれないんだよ。まぁ、話は聞いてくれるんだけどね。“ハルが楽しそうに話してるところはずっと見てられるけど、話の内容自体にはあんまり興味ないんだよね”なんて言うんだよー」
……ごめん、俺もそっち派だったわ。
なんてハルに言えるはずもない。
その時は酷い奴だなーと話を合わせて、ユキだけを悪者にしたような気がする。




