泣いてないよ、泣いてない 4
待ち合わせ場所はこの道の先にある。辺りは真っ暗であの夜を彷彿とさせる。
嫌な記憶……。
あの時の手の平にべっとりと付いた感触や匂いまでもが蘇ってきそうで……。
この暗い道が異様に長く感じた。だけど、もう直ぐそこだ。
そう思って足に力を入れ、尚一層スピードを出そうとした時、道の先――、暗い中にぽつんと浮かび上がる白い塊を見つけた。目に飛び込んできたそれに、速めようとしていたスピードを落とす。徐々に近付いていくとその正体がはっきりとしてきて、白い塊に見えていたソレは、赤黒く血に塗れて倒れているハル――――いや、“ユキ”だった。
「どうして……。この夢の中に脱走犯は出てこないはずでしょ……?」
暫くそのまま動けなくて、赤く染まった妹の肢体を凝視する。
「ぁ……ぅ……」
妹の名前を口にしたはずのその言葉も声にはならず、喉からはひゅーひゅーと息が出ていくばかりで。
どうして……? どうして……?
そればかりが占めていて、上手く頭が回らない。
「ハ、ル……」
やっと、まともに声が出たところで俺は彼女の側に膝をつき、その身体を抱き起こしてゆっくりと頬に手を滑らせた。
グニャリと視界が歪む。
俺は妹が自分の腕の中から消えてしまう前にと、ぎゅうっとその身体を抱き締めたのだった。
◇
意識が浮上し、目を開ける。呆然としながらも起き上がった俺は自分で自分の身体を抱き締めているような状態だった。俺の腕は重力に従ってだらんと膝の上に落ちる。さっきまで赤く染まっていた両手を見つめる。勿論、もうここにハルはいないし、俺の手だって赤くは染まっていないのだけれど、あの何とも言えない感触だけは残っている気がした。
身体は俺の意思とは関係なく動き、自然と椅子から離れる。数歩、歩き……そして、脇に置いてあったペットボトルの水を掴んだところで、力が抜けたようにその場で膝をついてしまった。
瞬きをするのも怠く感じてしまうくらい、疲労感が身体中に纏わり付いている。
今までで一番疲れた。自分の精神がすり減るようなそんな感覚……。
「……っ」
自分の目から溢れ出たものに気付き、片手で顔を覆った。
何とか気持ちを落ち着かせようとゆっくりと呼吸を繰り返す。それでもこの苛立ちは消えてくれなくて、握っていたペットボトルを感情のままに横に投げていた。
「く…………、っそ――!」
ペットボトルはキャップがちゃんと閉まっていなかったのか、バシャッと音を立てて転がる。
感情のまま、苛立ちのままに投げたはずのソレ。しかし、不思議なことに俺はちゃんと打ぶつかっても、中身が飛び散っても大丈夫な方向に――、装置やパソコンが置いてある方向とは逆の出入り口の扉に向かって投げつけていた。
そんな自分の行動に気が付いて思わずふっ、と口から息が漏れる。天井を仰いだ俺の口角は、自然と上に向いていた。
こんなんでも俺は研究者、なんだよね……。
どんなに感情がコントロール出来なくなっても、苦労して開発した装置を自分でダメにするような行動は取らないらしい。
頭の中がスーっと冴えていく。深く息を吸い込み、大量の酸素を頭に行き渡らせた。
今まで整理してきた頭の中にあるデータをもう一度引っ張り出して考える。
一の記憶の中にあの場面はないはずだ。一は妹のあの姿を、血塗れのあの姿を実際に見てはいない。彼奴が見たのは霊安室で綺麗に眠っている姿だけ。だけど、さっきは……あまりにも俺が遭遇したあの場面そのままだった。
――俺の記憶が一の夢に影響を与えているのかな。
俺が一はじめの夢に何度も入っているから。一の記憶と俺の記憶がシンクロして、それが夢に体現されている?
導き出した一に事実を告げるタイミングは間違っていないはずなんだ。
そこに行く為に、俺はあと何をすればいいんだろう?
――考えろ、考えろ。
――――考えるんだ、俺。




