ユキと“ハル”は、ハルと“ユキ”で 2
◇
――ホテルのフロント。相変わらず薄暗い。レストランの入り口まで行き、中の様子を窺うと一はまだ目を覚ましてはいない。一の側には木崎亮がテーブルに伏せており、そのテーブルの近くに麻井祐一とその妻、真理が倒れている。治験者として参加していた中で一が夢の中に入り込み、尚且つ一と過去に繋がりのある人達だった。
――――と、そうこうしている内に一が目を覚ましたようだ。どう行動すればいいかなんて分からないけど、とりあえず真正面から行ってみようかな。
「はじめ君? 目が覚めたんだね、大丈夫?」
声をかけると驚いていた。これは…。さては俺が誰だか(“ユキ”――妹だという事を)分かっていないな。念の為、聞いてみよう。
「私のこと……、分かる?」
「えっ、と……」
うん、やっぱり分かってないね。
「私は、鳴瀬……ゅ」
あ……、ここで“ハル”って言ったらどうなるんだろう。妹の名前はハルだしな。今、俺ハルの格好してるし。んー。でも、一は夢の中でもずっと妹のことを“ユキ”って呼んでるし……。
「なるせ……、さん?」
ここは、“ユキ”って言っておこう。
「うん、鳴瀬結希……。分かる?」
「……ユキ、ちゃん?」
あー、どうしよ。一に“ユキちゃん”って呼ばれる日が来るとは。コレはキツいな。……何かムズムズする。ゾワゾワする。
ふざけて言われるなら未だしも、マジなトーンでこいつに“ちゃん”付けで名前呼ばれるとか、気持ち悪いじゃん……。
口許がピクリと引き攣りそうになるのを何とか我慢して表情に出ないように笑みを深める。
「うん、思い出してくれた? あ、でも“ちゃん”は要らないよ。ユキって呼んで」
「ユキ……」
よし、これで自然に“ちゃん”呼びは回避出来たはず。
「ああ。そういえば俺、ユキと一緒にレストランに食事に来てたんだっけ?」
一の中ではそういう事になってるのかな? ここは、話を合わせておこう。
「うん、そうそう。ちょっとずつ思い出してきたみたいだね」
「でも、この状況はいったい……」
一との会話をどうするか。そればかりに気を取られていた俺は、今度は夢の中の“ユキ”のことを忘れていた。
あ、ヤバい。そう言えば、一が目を覚まして直ぐに“ユキ”と合流するんじゃなかったっけ?
「あれ? はじめ君……、誰と話して……、えっ……、わ、たし?」
「なっ!? ユキ、が……ふた、り……?」
……おわった。
俺は潔く目を閉じる。そして、再び目を開け、隣を見るとやっぱりそこには眠ったままの一がいた。
◆
その後も何度も夢の中に入っては追い出され、入っては追い出されを繰り返す。
そして、それを繰り返す内に分かったこと。
一の前じゃなくても、夢の中の自分と会ってしまったらアウト。例えば、俺の姿のままで夢の中の“俺”に会う。若しくは、妹の姿で夢の中の妹、つまり“ユキ”に会ってしまうと強制送還される。
夢の中の人間に協力を頼むのもアウト。自分のままだと“俺”に接触できないことが分かったから、妹の姿で“俺”に接触して、ここは一の夢の中で――と説明し、協力してもらおうと思ったけど、それも無理だった。“ユキ”にも木崎にも麻井夫妻にも試してみたけど、誰だから大丈夫というのは無いらしい。
一に名前の間違いを伝えるタイミングは考えないとダメ。妹の名前はハルで俺の名前はユキだと伝えるのもタイミングがあるらしい。間違ったタイミングで伝えてしまうと一が混乱して送り返される。
夢の中に登場する人物としてカウントされていない俺の存在に気付かれてしまうと――俺だとは気付かれていないけど誰か他にいると気付かれてしまうと――不審者として警戒され、退治されてしまう。一と“ユキ”がホテル内を探索している時に二人の行動を後ろから追っていたら、曲がり角のところで待ち伏せされて頭からガツン、とやられた。
そういえば、フロントのところにあった新聞に刑務所から殺人で捕まっていた奴が脱走したと載っていた。こいつだと思って警戒されていたってことなのかな。これを利用するのも有りかもしれない。
あと、もう一つ。あ、二つかな? ――気付いたことがある。俺が一の夢に何度も入っているからか、少しずつ夢の内容が変化している気がする。脱走犯の記事が載った新聞なんて最初に入った時にはなかったし、“ユキ”が一と会うタイミングとか“俺”を見つけるタイミングが毎回微妙に違う。
しかし、登場人物達の言動や行動が多少変わっても流れは変わらない。一と“ユキ”が出会ってから“俺”を探して見つける。その後に一が“俺”や木崎、麻井夫妻のそれぞれの夢――研究で俺が一に入らせた夢――の中に入る。眠っていた“俺”達が目を覚ます。といった流れだ。ということは、この流れを守りながら行動すれば、夢の中の“俺”や“ユキ”と入れ替わりながら、一が闇を受け入れられるタイミングまで上手く導けるんじゃないだろうか。
俺は夢の中での自分の行動を変えてみたり、現実世界で記録している夢を見返したりしながら、何が正解なのかを探した。何処でどうすればいいのか、試行に試行を重ねながら、何とか事実を告げるタイミングを導き出せた気がする。
そこに辿り着くまでに何度諦めようと思ったことか。それでも諦めなかったのは、ハルが絡んでいるからで。面倒くさいし、本当に気に食わない奴だけど、ハルの大切なひとだから。
――ねぇハル。俺、すごく頑張ってるでしょ。
こいつが目を覚ました時には思いっきり嫌味を言ってやろうと心に決めてもう何度目かも分からない一の夢に入ったのだった。




