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祐真くん 6




 この夢の中の矛盾。それは、あの子。祐真くんだ。


 あんなにも穏やかに愛しそうに祐真くんを見て笑っている真理さんに事実を告げることがどれだけ酷なことか。先生だって、我が子はいないんだと口に出すのは辛いだろう。祐真くんは無邪気にきゃっきゃ、きゃっきゃと楽しそうに遊んでいる。それがまた、余計に悲しかった。


「でも、君に会って気付いたよ。このままこの世界に居座り続けるなんて駄目なんだって。祐真がいて、真理が嬉しそうに楽しそうにしてるって思っていたけど、きっと僕がそう思いたかっただけだ。僕は彼女に何かしてあげなきゃってそればっかりだったけど、そうじゃないよね……。僕だって彼女に沢山貰っていたのに、その事をいつの間にか忘れていたよ。僕は彼女の何を見ていたんだろうね。ここにいても彼女は悲しみの渦から抜け出してなんかいないのにね。寧ろ、もっと悲しそうだよ……」


 先生の頬に涙がつぅーっと流れた。


「昔、彼女が言っていたんだ。子どもを連れて帰ろうとしちゃった時に私のことを止めてくれた中学生がいるのって。その子は私を警察につき出すことも、責めることもしなかった。特別何かをされたとか、してくれたとかではなかったけれど、何処かで誰かに止めてほしいって思っていたから、何だか救われた気がしたのって……。今の真理もそうなのかもしれない。このままじゃ駄目だって分かってるけど、自分だけじゃどうにもならないから、誰かが止めてくれるのを待っているのかもしれない」


 先生は相変わらず真理さんと祐真くんから目を離さず、ずっと二人を追いかけている。辛そうに、愛しそうにしながら――。


「その誰か、は先生しかいない。俺はそう思います。さっき、彼女に何もしてやれないって先生言ってましたけど、ずーっと隣に誰かがいてくれることって、そうそうないですよ。凄いことなんです。離れていっても仕方のないことをしているはずなのに、ずっと側にいてくれて、味方でいてくれて。きっと、それだけで真理さんは救われていたんだと思いますよ」


 先生の胸ポケットに入っている物に気付いた俺は、自分の胸を指でとんとんと示し、続いて先生のポケットを指差す。


「先生、ポケット――」


 何が入っているのかは、何となく予想がついていた。先生は胸ポケットからソレを取り出す。


「辛くても、苦しくても、どうしようもない事なんて沢山あります。お二人が感じてきた悲しみも苦しみも無かったことになんて出来ない。それでも進まなきゃいけないから……。ほら、真理さんにとってもソレが全てなんじゃないんですかね」


 “あなたと二人でこれからも”


「ああ……、そうだね。ああ……、これ、真理が書いたんだよ。お腹の子を亡くしてしまって、心身共にボロボロになって……、それでも何とか二人で立ち直ろうって話し合って撮った写真なんだ。今は強がってないと駄目になっちゃうけど、この子のためにも私頑張って生きるからって彼女から提案してくれた。ここからまた始めようねって――。彼女は必死で受け入れようとしていた。進もうとしていた。彼女の答えはずっとここにあったんだよな……」


 真理さんと二人で写った写真を眺めながら、御守りを握りしめる先生。


「先生が連れて帰ってあげなよ。真理さん、きっと待ってるよ」


「自分が手を差し伸べているつもりなのに、僕はいつも助けられてばかりだね」


 先生は立ち上がって真理さんと祐真くんに近づいていく。そして、真理さんに御守りを見せながら静かに語りかけていた。そして、彼女は一瞬目を見開くと、泣き崩れるように先生に抱きつく。俺はただ、その光景を見ていた。



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