さとう まじめ 1
――ホテルのレストランルーム。
電気が消えていて薄暗い。周囲の状況を確認すると、自分の他にも複数の男女がいた。テーブルに伏せている男性が一人と床に倒れている男女が一組。眠っているのか、気を失っているのか。どうやら意識があるのは自分だけらしい。状況が把握できず、どうしたものかと考え込んでいると耳に心地のいいソプラノが聞こえてきた。
「あっ、目が覚めたんだね。よかった」
声がした方に視線を向けると自分と同年代の女性がいた。
「はじめ君、大丈夫?」
何故、この子は俺の名前を知っているのか。戸惑っている俺に彼女は続けて言った。
「あれ、まだ完全に目が覚めてないのかな? 私のこと分かる? 佐藤一君」
にっこりと笑う彼女の中に確かに当時の面影を見た。
学生の時以来、久しぶりに旅行にでも行こうと突然思いたった俺は一人でこのホテルに来た。そして、そこで偶然にも彼女と再会したのだ。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
何も言わない俺を心配したのか、彼女に顔を覗き込まれる。
「あっ、ああ。大丈夫だよ、鳴瀬」
鳴瀬結希――――。
小学校の時の同級生。俺はあの頃、彼女に思いを寄せていた。そういう気持ちを自分の中に見つけたのは、きっとこの鳴瀬結希が初めてだった。思い出の中の彼女と目の前にいる彼女。その両方にドキドキしながらも何とか冷静さを取り戻そうと深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。
「なぁ、この状況はいったい……」
「私もね、目が覚めたらこうなってて。びっくりしちゃった。周りで人が倒れてるんだもの。起こそうと思って、声をかけたり体を揺すったりしてみたんだけど、誰も目を覚まさなくて。とりあえずここ以外の場所がどうなってるのかと思って見てきたんだけど、ここにいる人たち以外は誰も――。ホテルの中全体的に暗かったし、何だか怖いよね」
彼女も何が何だか分からないと困惑している。
「そういえば、鳴瀬には連れがいるって言ってなかった?」
今日は私、一人なんだよねと彼女に誘われて俺達はホテル内のレストランに二人で食事に来ていた。
「ああ、うん。連絡取ってみたんだけど、繋がらなくて。それで部屋に戻ってるかもしれないと思って、見に行きたかったんだけど薄暗いし、怖いし、フロントの辺りまで行って戻ってきちゃった」
「そうだったのか」
「私の連れね、はじめ君も知ってる人だよ」
ふふっと笑う彼女は相変わらず綺麗だ。
「へぇ、そうなんだ。誰?」
「あのね、ハルって覚えてない? 鳴瀬葉瑠。私の双子のお兄ちゃん」
「あぁそっか、そういえば双子だったよな。鳴瀬とは同じクラスだったけど、兄貴の方とはクラスも違ったし。それに、俺はあんまり関わりなかったから」
当時、二人の容姿はよく似ていた。髪の長さや背の高さが若干違ったくらいか。しかし、性格は正反対。兄のハルは静かで大人しく妹のユキは明るく活発なイメージだった。
「連絡つかないのは心配だよな。鳴瀬、もう一回かけてみれば?」
ふぅーっと、どこか呆れたようなため息が聞こえ、不思議に思ってそちらを見ると彼女がじっとこちらを見つめている。何だかとっても不満そうだ。
「え……、何?」
「ねぇ、はじめ君。会った時から思ってたんだけどね」
戸惑い混じりの俺の問いは見事にスルーのようだ。
「私のことは名前で呼んでよ。昔みたいにさ。ほら、ハルも鳴瀬だし」
そう、あの頃も同じように言われて俺は彼女のことを“ユキちゃん”と呼んでいた。
やっぱり当時と同じように“ユキちゃん”と呼ぶべきだろうか。
「あ、“ちゃん”は付けなくていいからね。ユキって呼んで」
俺の頭の中が見えているのか、彼女は悪戯っ子のように笑う。
……ああ、ユキだ。鳴瀬結希だ。じわじわと俺の内側に何とも言えない感情が広がっていく。