アキラの彼女 3
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パチリと瞬きをしたら、そこは学校ではなくなっていた。夢から出たのかとも思ったがホテルに戻ってはいないし、もちろんハルとユキもいない。
きょろきょろしていると、向こうの方からスーツを着た男性二人が何やら話しながら此方に近づいて来る。
見たところ、部下が上司に叱られているといったところか。ここにいたらただの不審者になってしまう。慌てて隠れようとしたが、ここは通路のど真ん中で周りに隠れられそうな所はない。しかし、幸いにもスーツの男性達は俺になんて目もくれずに営業部と書かれた部屋へと入っていった。
他に人が通らないことを確認してから部屋の入り口にじりじりと近づいて中の様子を覗いてみる。
まだ上司のお説教は続いていた。聞いている限り、お説教というよりはネチネチと嫌味を言っている感じだ。部下はというと、「はい、すみません」と繰り返し何度も頭を下げている。
まぁ、見ていて気分の良いものではない。他の社員達も居心地悪そうにしながらも、見て見ぬふりをしているという感じだった。すると突然、部下の態度の何かが勘に触ったのか、更に上司の声のボリュームが上がる。
「おい、木崎! 本当に分かってるのか! お前は――」
木崎って、彼奴アキラなのか。
何やら長々と続いていたが、部下の男が木崎亮だと分かった俺はその後の話なんて全く聞いていなかった。
ここはアキラの働いている会社ってことか。ということは、俺はまだアキラの夢の中だ。
夢なら何の繋がりもなくいきなり場面が飛んだとしても不思議じゃない。ここが夢の中なんだったら、アキラにこれは夢だと気付かせなければならないということだ。
でも、どうやって……? そういえば、ユキが夢の中の矛盾を探せばいいんじゃないかとか言ってた気がする。俺はアキラの夢の矛盾を探すため一旦その場を離れることにした。
◆
ここは幾つもの会社が入っているオフィスビル。歩き回りながら社員達の話を盗み聞く。先程の上司は社内でも有名なパワハラ上司らしい。気に入った部下にはとことん面倒見良く優しく接するが、一度気に入らないと判断さすると、これでもかと言うほどにいびり倒すらしい。アキラはそのターゲットにされてしまったのだ。
昼休憩になったのか、社員達が続々とビルを出ていく。アキラもその一人で隣にはロングヘアーの割りと派手目なメイクをした女性がいた。バレないように距離を取りながら付いて行くと、二人はカフェに入っていった。なので、俺もその後に続く。先に会計を済ませてから好きな席に座れるタイプのカフェのようだ。これは都合がいい。ホットコーヒーを注文し、二人の姿を探す。店内はまだそんなに混んでいなかった為、木崎達の会話が聞こえるように、しかし顔は見られないようにと二人が座った席と背中合わせに座ることにした。
「ねぇ、アキラ。午前中は大変だったね。部長もあそこまで言わなくてもいいのに」
「もう、慣れたよ。俺は美月がいてくれれば別に……」
――あれ、デジャブだ。
先程の中学時代と全く同じ台詞じゃないか。それに、美月ってまさか……。
「アキラがいいなら、まぁ良いけど。でも、アキラって変わらないよねー」
「何だよ、急に」
「うーん、だってまさか、中学校の時に同級生だったアキラと同じ会社に入ってさ、また仲良くお付き合いするなんて思ってなかったもん」
うわっ、あの美月じゃん。あの時の見たまんま女子生徒じゃん。
背中越しに聞いていた俺は大きくリアクションする訳にもいかず、何とか目を見開くだけに留めた。そんな俺を見ていて可笑しかったのか、ショートボブの女性店員にクスリと笑われる。
あれ、あの店員もどっかで見たような……。
記憶の片隅にある引き出しをあっちこっち引っ張り出す。
そして、数分後……。
あっ! と今度こそ声を上げそうになった俺は、バッと両手で口を抑えた。
彼女はアキラのスマホの待ち受けにいた女性だ。ということは、ショートボブの今カノと派手な元カノ――と言っていいのかは分からないが、まぁ敢えて元カノと呼ぼう――が同じ空間にいることになる。振り返りたいけど、それは出来ないので女性店員ばかりをチラチラ見てしまい、何故だか俺の方がドキドキしてしまう。
それに見たところ、アキラが今カノを気にしている様子はない。状況的に今のアキラの彼女は美月ってこと? これがアキラの過去だとして、社会人になってからアキラと美月は付き合うようになったってことか?
――いや、ちょっと待てよ。
このパターンはもしかして中学の時と同じようにカレカノだと思ってたら、実は違いましたパターンなんじゃないか? 美月の言う仲良くお付き合いが必ずしもカレカノの関係を言っているとは限らない。
気付かないまま弄ばれているのか、それとも気付いているけど引くに引けなくなっているのか。呆れていいのか、憐れんでいいのか。




