ハルとユキと 5
二人が椅子に座るのを目で追いかけているとハルがぼんやりと上の方を見ながら話し始めた。
「俺ね、夢を見てた。すごくリアルな夢だった。父さんと母さんの葬式の日の夢」
それはさっき俺が見たあれのことだろうか……。一人戸惑っていたが、二人ともそれには気付かない。ハルはお構い無く話を続ける。
「そこには、何故か一もいてさ。最初は違和感なく受け入れてたんだけど、絶対、居るはずのない一がそこに居ることがおかしいことに気付いて。だって、父さんと母さんが死んだのは俺達が六歳の時だったから。何でここに一が居るんだろって思った瞬間に、ああ、これは夢なんだって気が付いたんだよね」
ハルはユキを見て目を細める。しかし、すぐに視線を反らすとそのまま話を続ける。
「夢なんだって思った瞬間に目が覚めた。それで気が付いたらこのホテルにいた」
やっぱりそうだ。さっき俺が見ていたのはハルと同じ夢だ。俺もさっきその夢を見たことを二人に伝えると案の定、驚いていた。
「――え、どういうこと? はじめ君」
「俺もここでその夢を見たんだよ。急に視界が歪んで気が付いたら誰かの葬式の会場にいて……。そこには幼い頃のハル達もいた。訳が分からなくて隠れて状況を伺ってたんだけど、二人にバレちゃって。仕方なく、俺は君達のお父さんとお母さんの友達だって言って嘘吐いてさ――」
「佐藤一だって名乗った?」
ハルが俺の言葉に続けて言った。
「ああ、そうだ。小さいハルがこれは夢かって言った次の瞬間に、このホテルに戻って来た」
「俺が見たのもそこまでだったよ。夢だって気が付いて直ぐに目が覚めた」
偶然なのか、それとも何か理由があるのか。三人で考えてみるが、さっぱり分からない。
「あのさ、もしかしてこの人達も何かしらの夢を見てるんじゃない? 俺が夢だって気付いて目が覚めたみたいに、この人達も夢だって気付けば――」
「目を覚ますかもしれない!」
ユキが前のめりになって言う。確かにそうだけど。じゃあ、どうやって気付かせればいいんだ?
「問題はその方法だよね」
考えることは皆同じ。ハルもユキもうーんと唸っている。そして、ユキが思いついたように手を挙げた。
「ねぇ、二人の話を聞いてて思ったんだけど、はじめ君はね、きっとハルの夢の中に入り込んだんだよ。ハルははじめ君の存在をきっかけに、現実とは違う矛盾を何か見つけた。それで、これは夢なんだって気付いた、とか? ほら、夢見てる時にあるじゃない? これ、夢だって思うこと。夢だって気付いた瞬間、目が覚めちゃうんだよね」
どう、名推理でしょ? というように俺とハルの顔を見るユキ。
うん、無邪気な笑顔が可愛い。今はそんなこと思ってる場合じゃないのは分かってるんだけど。可愛いものは可愛い。
「でも、ユキの言った通りだとして、一はどうやって俺の夢に入ってきたのかな? ユキの仮説だと、一が他の奴の夢に入り込める人間だってことだよね。だとして、その方法が分からないんじゃ、この人達の夢にも入り込めないじゃん」
「確かに……」
「うーん、はじめ君がハルの夢に入り込む前って何か変なことなかった? ちょっと気になったこととかでも何でもいいから、頑張って思い出してみて」
ユキに言われ、思い出してみる。
目が覚めたらユキがいて。エレベーターの中で倒れていたハルをここに連れてきて。その後は、お茶を飲んでユキと何か話してて……。
そうだ、話してたら急に視界がぼやけて、気付いたら彼処にいた。
行動を一つ一つ思い出しながら、それを二人にも伝える。
「ってことは、はじめ君が眠るか気を失うかした時に他人の夢の中に入り込めるんじゃない?」
「今のところは、その線が濃厚だな」
二人はうんうんと頷きながら勝手に納得している。この流れで言うと、俺は気を失わないといけない感じなのか? 眠れって言われて、すぐに眠れる訳ないし。
――え、嫌なんだけど。
二人の考えていることが、ものすごく伝わってきて嫌だ。ハルなんて気合いを入れるためか指をポキポキと鳴らしている。その姿、似合わないから止やめとけよ。
「これって俺がやらなきゃ駄目なのか?」
「うーん。他人の夢に入ったことあるの、はじめ君だけだし」
「俺が一発で送ってやるから安心しなよ。まさかユキのこと殴るわけにもいかないしね」
それは俺も選択肢にはないけどさ。
いや、でも俺?
俺なの、本当に?
いや、うん。俺、なんだよな……。
俺はユキの期待のこもった純粋な目に見つめられて諦めた。ユキと瓜二つの顔に傷が付くのも何だかな、と適当な理由を付けて自分を無理矢理にでも納得させるしかなかった。
「これで当てが外れたら、その時は一発殴らせろよな」
覚悟を決めて立ち上がってはみたが、文句の一つぐらい言ったっていいだろう。
「分かったから。ちゃんと歯食いしばっといてね」
口許がピクリとしてしまう。
くそっ、
その綺麗な笑顔に腹が立つ。せめてもの抵抗だと思い、殴られる直前までハルを睨み付けてやることにした。
「一、歯食いしばれ!」
その華奢な体のどこにこんな力があるんだよ。痛みと共に俺の意識は薄れていった。




