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01.水の目覚め(別に水の精霊が覚醒するとかそういう方じゃなくて、こう…………読め!!)



 ひそひそ声が聞こえる。

 瞼の上から差し込む陽光に小鳥のさえずり。

 それに交じって聞こえる微かな声。

 小鳥か?

 最初はそう思ったが、どうやら違うようだ。

 目を開けて確認したいところだが、身体が寝足りないと言うように瞼がまるっきり上がらない。

 朝という事もあり、頭の回転も鈍く、判断力がいつもより欠けている気がする。

 『音』という森羅万象上に存在する概念に干渉し、それを媒介とすることで作り上げた特製の目覚ましがまだなっていないという事は、おそらくはまだ起床時間ではない。

 なら、もうちょっと寝ても大丈夫だろう。

 だが、依然としてひそひそ声は聞こえているわけで……。

 さすがに気になるので、意を決して瞼を開こうと――


 バシャアアン!


 したところで、ベッドに横になっている俺の身体全体を冷たい液体が襲った。

 急激な身体の冷えを理解した脳は瞬時に覚醒。全身の触覚が過剰に反応し、半ば転げ落ちるかという勢いで上半身を持ち上げる。

 完全に目が覚めた。それと同時に何事なのかを理解するために、ぼやけていた視界が一気にクリアとなり、目の前の光景を映し出す。

 そして視界がとらえたのは4、5人ほどのニヤニヤした表情の男子生徒。ブレザーの胸辺りには学園の紋章が施されている。

「よお、かなり早いお目覚めですね? 緋影纏也(ひかげてんや)く~ん」

 目の前にいる4、5人の男子生徒のうちの、リーダー格らしき少年が顔を近づけいやらしい笑みで話しかけてくる。

 ……誰や、こいつら。

 しかしこれに緋影纏也は無言で、光の無い虚ろな瞳で見つめ返す。

 この反応が意外だったのか、リーダーらしき少年は露骨に不機嫌な表情になる。

「……チッ、聞いてた通り、てめぇほんとに何の反応も示さねえのな」

 そう吐き捨てると、少年は面白くなさそうに他の連れを後ろに従えて纏也の寮室を後にする。

「……何だったんだ、あいつら……」

 纏也は困惑の色を含めた呟きを漏らす。

 当然、纏也に面識はない。制服のネクタイの色からして同じ2年であることに違いはなさそうだが、いくら何でも突拍子過ぎるだろう。

 同じクラスの生徒にこのようなことをされることは多々あるが、違うクラスの奴にやられたのは初めてだ。

「そもそもあいつら、鍵どうやって開けたんだ……」

 他人の寮室の鍵をこじ開けるのは校則違反なのだが……。

 気になって閉められた扉の鍵を注視してみる。

 内側から閉めるタイプの鍵の部分が吹っ飛んでいた。外から見れば、ちょうど鍵穴の部分だ。

 思いっきりこじ開けてるやん……。

 魔術師を目指しているのなら、もうちょっとスマートなやり方があったろうに。

 若干の呆れを覚えた纏也は深くため息を吐くと、腕を天井に上げ、自分の頭上に暖色系の紋章のようなものを中心とした円……魔術師的には万象陣、一般的には魔法陣と呼ばれる図式を展開。

 通常ならこの後、万象術を発動させるための〈呪文詠唱(スペルコード)〉が必要になるのだが、

「〈乾燥(ドライ)〉」

 中位万象術〈乾燥(ドライ)

 纏也はその術のスペルを唱えることなく、万象術につけられた名称だけを唱える。

 いわゆる、無詠唱というやつだ。

 すると頭上展開された万象陣は外側の円と内側のいくつもの円とで、それぞれ違う方向に回転し始める。

 するとどうだろう。頭上の万象陣から暖かい風が吹いてき始める。

 ……通常、この術は高位万象術として知られる〈泉なき大地(サハラ)〉という、水属性万象術に有効な難易度の高い術なのだが、纏也はあえてその術を発動させる際に必要な概念及び属性の干渉を怠ることによって術の階位を下げているのだ。

 そして〈泉無き大地(サハラ)〉に必要な概念と属性は主に『炎』『熱』『蒸発』『気象』である。

 対して纏也が干渉し、媒介としたのは『熱』『風』『蒸発』である。

 これにより、周辺の水を一滴も残さず蒸発させる灼熱の大地を作り出す高位の万象術を意図的に中位へと格下げしているのだ。

 とまあ、こんな感じで説明すれば聞こえはいいが、簡単にぶっちゃければ、意図的に万象術を失敗させているだけである。

 となれば、纏也が言った中位万象術〈乾燥(ドライ)〉は、〈泉なき大地(サハラ)〉の発動失敗例の一つであり、本当のところ名称も付いていない。

 名前は纏也が適当に付けただけである。

 そして中位と言っているが、ただの万象術発動の失敗なので階位もクソもない。ただ単に失敗してない万象術としてみれば中位に該当するので、中位と呼んでいるだけである。

 加えて、失敗させて発動させるのだから、もとより詠唱なんざ必要ないのである。

 要するに纏也は失敗した万象術を効率よく利用しているだけである。

 こういった異様な万象術の扱い方によって、纏也は周りから落ちこぼれ扱いされている。

 まあ、落ちこぼれ扱いされる理由はそれだけではないのだが。

 そうこうしているうちに頭から下半身にかけてずぶ濡れだった纏也は、ものの10数分程度で完全に乾いた。

 ベッドに関してはまだ完全には乾いてはいないが……まあ、後でいいや。

 最悪カビが生えるだろうが……その時はさっきの連中が人の寮室に不法侵入した挙句、カビ生やす万象術を放っていきやがったってことにして先生にチクって新しいのに交換してもらおう。

「にしても、朝っぱらからひどい目に遭ったな……」

 まさか全く知らない別クラスの不良どもにこんなことをされるとは……。まあ、いつかはやられる日が来るとは思っていたが。

「……にしては、突拍子過ぎる気がするからな……絶対誰かが焚き付けたな、これは」

 まあ、思い当たる奴と言えば、いつも教室内で絡んでくるあいつしかいない気がするが。

 そうこう考えるうちに、万象術で編んだ目覚ましがけたたましい音を響かせるのだった。

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