4話
あー
やばい。
見られていたのか。
「お主からまるで魔力を感じないのじゃ。魔力を全く持たない者なぞ初めて見たわ」
逃げる準備を......え?
魔力を...感じない?
「それにじゃ。お主が森に入ってきた時は巨大な魔力を確かに感じた。一体全体なにがなにやら...」
ええと、魔物の姿のことはバレていなかったようだ。よかった。
...考えてみれば、バレていたら追求などされずに問答無用で襲われていただろう。多分。
というか、魔力を感じないってどういうことだ。
まさかとは思うが、人間形態だと全くの無力とかではないだろうな。
難しい顔をしてこちらを観察するように見ていた村長だったが、ついに諦めたように息をついた。
「まあともかく、今日はここに泊まっていきなさい」
「えーと...」
泊まっていける訳ないだろが。
こちとら朝になる前に村から出なきゃいけないんだぞ。
「...お主は記憶を失っているそうじゃな」
「はい」
細められた目を見ても、何を考えているのかさっぱり読み取ることができない。緊張で思わず力んでしまう。
何か告げられるのかとヒヤヒヤしていたが、やがて細められた目はそのままに、目尻が下がってにこやかな顔になった。
「確かに不安なのもわかる。しかし、記憶を取り戻すまではここで暮らすといいじゃろう」
「はい...」
事なきを、得たようだ。
冷や汗を拭いたがる手を抑えて会釈をすると、村長はにこやかな笑顔で返してくれた。
いい人だな。きっとみんなからも慕われているのだろう。
「では──」
なぜか、口から発されようとしていた別れの言葉が途切れる。
辺りが静寂に包まれ、パチパチと火の音だけが聞こえる。
なんだ、これは。
視界が狭まっていく。
少し後に影がちらついた。誰かが入ってきたのか?
「時間稼ぎご苦労。ではこちらで預からせてもらう」
「頼んだぞ。そいつは森に入ってきた時、確かに恐ろしい魔力を持った怪物だった」
全身から力が抜けていく。立っていられない。
「ああ。俄には信じ難いが、守り神様のお言葉とあればね」
「よせやい」
嘘...だったのか。
全てこちらを油断させて引き止めるための、嘘。
「しかしマテル程の実力があれば倒すのも簡単だろうに」
「未知の存在だったからね。それに敵意があるかも分からなかった。恐らく敵意はないから、あまり手荒くしてやるなよ」
「ああ...そうす...」
くそ、意識が。
......まんまとしてやられた。
*
「それにしても珍しいな。いつものマテルなら一瞬で塵に変えているだろうに」
「しつこいよ。お前は私をなんだと思っているんだい」
この偏屈な女の名はスクドナ。この森を創造した偉大な魔術師にして、私の友人だ。私の若い頃のやんちゃがきっかけで知り合い、それ以来友人として交流している。
不思議なことにスクドナの容姿はその頃から変化していないが、それに触れるのはタブーだ。それについて質問したことが一度あったが、返ってきたのは返答ではなく魔力の威圧だった。
「しっかしこいつの魔力は特殊だね。この世の理から完全に外れている」
「確かにおかしいとは思ったけど、それ程なのかい」
スクドナが深刻そうな顔をして床に倒れた男を見ている。いや、焦点はその更に奥にあるのか。
「でもまあ、悪いやつとは思えないんだよ」
「ここに来るまでアンタ越しにこいつを観察してたけど、確かに普通のひょろい男だ」
私の千里眼の魔法で見た時は、確かに狼をベースとした合成獣だった。内包する魔力は幻獣種レベル。体の構造も、今までに見たことがないほど機能的で合理的だった。
だが今では、黒髪で中背のどこにでも居そうな青年だ。
合成獣......俗に言うキメラというものは、異種同士の交配や人間によって魔術で生み出されたりなどイレギュラーなもので、基本的に体の構造は歪で寿命も短く、戦闘をするなんぞ以ての外だ。
キメラ魔術を研究することが禁じられているのは、成功例が全くのゼロなこと、失敗時のリスクの大きさなどが挙げられる。
「...一体どこで生まれたんだろうね」
「丁度私もそれを考えていた。賢者として長い時を生きてきたが、まだ未知の生命体がいたとはな」
どこか遠くを見ていた目はいつの間にか焦点を結び、松明の火を反射してキラキラと輝いている。
「知的好奇心というやつか?」
「というやつだ。何かわかったら知らせてやる」
私が返事をする前にスクドナの姿は男と共に掻き消えた。
「...さっさと処分した方が面倒臭くなかったか」
頭を抱えたい気分だ。
改稿日時とか出るんですねこれ
ちょくちょくいじってたのがバレてたのかもとか考えると、ちょっと恥ずかしい。いやん