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ひとつ、貴重な情報というのを開示しよう。
ブレーメル・イス第一帝国の他にも、隣接する国があるがこれは、帝国に従属した衛星国だ。
現状、この帝国には様々な事変が起ころうとしているが、対外的には揺るぎない絶対的な帝政を敷く大樹だ。周辺国にとっては今、倒られては困る存在でもある。たとえ敵対関係のある国が仮にあったとしても、パワーバランスが平和という二文字を支えているのであれば、各国は協力して帝国を支えるだろう。
と、いう状況なのだ。
では、その帝国の周辺国家で敵対しつつも、戦争したくない国は北方の高地にある公国だ。
錬金術と彫金で富を稼ぐ魔法の国だが、支配する領地の大半を永久凍土に閉ざされた寒い国でもある。それ故に、地下へ潜って建設された都市はある意味、荘厳で窮屈な佇まいと言える。
ま、俺様は未だ、行ったことは無いが。
次に気を配っておく必要があるのは、セーライム正教という法国の存在だろうか。
帝国皇帝の戴冠式や葬列の一切を執り行う宗教はこの国の他にない。
精神的な支柱として世界に君臨するという意味では、帝国の裏の実力者ともいえる。
内戦中という状況さえ無ければ、俺様の存在を排除するのはこいつらしか居ない筈だ。
いや、存外、こいつらはこの戦時下でも動いてくるかもしれないな。
気を付けておこう。
さて、最後に気に掛ける勢力は内面だろう。
帝国は決して、一枚岩の上に国家がある訳ではない。
カリスマの皇帝が崩御した後、何故、皇太子たちは大小さまざまな貴族に唆されたとしても、帝国中枢
、とりわけ宰相とその他大臣に牙を剥いたのか――それは、実に簡単な話だ。皇帝が後継者を指名しなかった。いや、出来なかったという方が早いだろう。
皇帝は、身内に殺されたと大貴族たちは噂した。
皇帝の寵愛は、最後の皇子――当時、生後3か月しか経っていなかった赤子とその妃に向けられていた。正室を置かず、ほぼすべてが側室という異例さもあって第一とか第三などという皇位順は、生まれた順番以外の効力しかなかったし、権利は対等だった。
そこで生まれる考えは、より力のある者が皇帝を宣言するという考えだ。
当然、すべての皇子が支持者を得るため動く。
力のある者、所謂、実力者だが。
貴族の方にも条件がある。
祖国の復活を目論む者や、帝国の権力そのものを掌握する者などがそれだ。
さて、俺様の契約者は宰相。
主君として仰がざる得ないのは1歳になったばかりの末っ子の皇子。
帝国中枢と莫大な財力がこの小さな皇子にある。
少なくとも、俺様にはデメリットはない。
だが、気分は晴れない。
目下、憂鬱だ。
ブレーメル・イス第一帝国。
朱の大海と呼ばれる、この世界で一番大きな湖のちょうど真ん中に位置する島に都を築き、世界の半分を支配下に置く国家だ。敵対する国家群は、圧倒的な魔法力、魔法使いらによって滅ぼされたり、呑み込まれたりして今日に至る。
これが、帝国のざっとな歴史。
まあ、俺様には関係のない話なんだが。
俺様とともにこの世界に来た、青い髪の少女が随分と真剣に俺にその話を説くものだから、すっかり頭の片隅に焼きつけられたようだ。
馴染みのないこの世界やこの帝国に随分と長くいたような気がする。
ま、この朝焼けでちょうど1年か。
なげぇーな。
◆
「ラインベルク騎士爵殿」
天幕の端から声を掛ける人影。
俺の従者だとは思うが、
「奴らか?」
「斥候から、数は20余りとのことです」
召喚ゲートを出た後、俺の目に飛び込んできた人々の間抜けた表情は今でも忘れない。
最初の反応は『誰だ、コイツ』って顔しやがって、歓迎ムードはふわふわの小ぃせぇー奴だけだったな。
で、この国の俺様の評価だ...
どこだ?! この田舎は!!
まあ、正直。
ブレーメル・イス第一帝国なんて御大層な国名があるし、魔法学で世界の半分を支配するっつうから、さぞかし立派な連中がゲートの前でふんぞり返ってると思ってた。そうさ、ちょっとは期待したさ。
だが、聞いてねえぞ。
こんな貧しい連中、本当に帝国なのかよ?
ゲート前にいたのは、一応、絹らしい羽織り物に首穴と腕を通しただけの布を纏う大貴族と、王族の面々。もはや、密林の奥に住んでそうな原住民に少しだけ、列強文化を押し付けたような雰囲気だ。
これが帝国?
何かの冗談だろ
って、それから1年だ。
帝国内の事情を理解して、俺様の快適なスローライフを得るために仕方なく働いて。
実情はこうだ――支配力もないまま、無謀にも有り余る力に振り回されて、近隣を飲み込んだ帝国は、内部分裂の真っただ中にある。面倒な話だが、カリスマの皇帝が崩御した後でこれが発覚。
結局、対外的な体裁は第一帝国として見えるが、現実は各王位継承権者が取り込まれた貴族たちの傀儡となって、帝国本中枢に刃を向けたっつうお家騒動だ。
規模が、大きいだけの兄弟喧嘩。
そういうのは他所でやれって話だ。
だが、俺様の未来設計は呼び出した、本中枢の奴らが握ってるし。
仕方なく手伝ってやることにした。
ってのが今、ここらへんだ。
「如何なさいますか?」
従者が返答を待っている。
俺は、上体を起こして辺りをまさぐる。
なにかむにっと柔らかいものを掴んだような気がしないでもないが、剣の柄を握って天幕の外へ出た。
「将帥を捕らえた後は、兵卒すべてをちり芥に帰せ...という命令だったが」
大貴族の命令だが、第一王位継承権のとこの兵士ではもう殆ど要は無いはずなんだがな。
と、いうのも俺のこれまでの道のりとして、最初に潰したのが第一皇子の暗殺だった。
この皇子と言うのが、とっびきりの盆暗で見事に空気のように軽い神輿だったわけだが、担いでる貴族たちも金がない、領地が少ない、人心が無いという気の毒な勢力だ。だから、こっちに来たばかりの俺様の訓練として十分に役立ってくれたという訳だ。
「伝令の話では、将帥と思しき指揮官は見受けられず、武官の出と思われる弓兵が隊を率いてるとのことです」
従者は、俺の前で片膝ついて告げる。
ま、騎士爵ってことで王族が俺様に宛がえた純朴な奴隷って奴だ。
俺様は、その奴隷身分というのが性に合わなくて、この従者を騎士見習いに昇格させた。
今は俺の従者だが、俺様が後見人となった事でラインベルク騎士団を立ち上げる際には、分隊長になる見込みの兵士の一人と言う訳だ。そして、卑しい身分からの昇格ということもあって、彼は俺に絶対の忠誠を誓ってくれた。
まずはひとり信奉者を得たことになる。
天幕から出た俺の後を追うようにして、青い髪の少女が這い出てくる。
裸の上から羽織っただけのような薄絹のシャツに、皮をなめして誂えたズボンを着崩した状態で膝を立てて馬のように這っていた。
「...朝?」
何を呑気な。
と、いうかいつの間に俺様の寝床に潜り込んでた? この痴女が。
従者の視線は、明後日の方を向いている。
彼女を直視することを憚っているだけでなく、彼女の出自が恐れ多いからだ――皇室、継承権の剥奪というのはあるものの、皇族のひとりであり崩御した皇帝の末娘である。彼女の前に確か、12人の皇女がいて内、4人は近隣の王家に嫁ぎなかなかの妙齢と言う話。また、3人も国内の大貴族に嫁いだが、出戻って次の婿探しに奔走しているというし。
こいつと、5人は未婚ながら男も顔負けの豪胆、剛力な性格をしているという。
人間兵器みたいなごっつい騎士になった姫もいるとか。
そういう怪物に比べれば、変態して熊娘になるくらいのこいつの方がまだ可愛げがある。
そして、こいつはリフルというかわいい名がある。
ただ、この国では“リフル”は男に付ける名だというのだが。
まあ、これはいいか。
「じゃあ、ひとまず狩をはじめようか?」
従者は俺に一礼を残すと、天幕の周りで軽装備の戦士たちに合図を送った。
俺様の兵士は、皆、元は奴隷の出自だ。
戦い方は教えれば、そこらの招集された農夫兵よりは強くなるし、主人への忠誠も高い。
農兵の場合は、領主が支配する村の労働役という義務から発している。帰る場所と土地があり、労働義務の期限が終われば、いつ村に帰っても咎められることは無い。そういう習慣だから、帰国を前提に考えれば、死ぬような事や怪我なんてしたくない――と、思うことは実に当然な話だ。
だが、俺様の兵士は違う。
根本的に『生き残るために戦え』と教え込ませた。
そして彼らには小剣と、ナイフの使い方を徹底的に叩き込んだ。
軽装備の姿はまさに動きやすさではなく、気付かれ難さにある。
たとえ、それが寝込みを襲う早朝だとしても。
白く煙る朝霧の中を音を殺して、駐屯する敵潰走兵の一群であろうとも。
彼らは静かに忍び寄って、兵士を暗殺していく。
目当ての弓兵が見張り台から天幕に戻るころには、俺様が朝餉のスープにひと摘まみの塩を足しているところに立ち会えるだろう。
「貴様も喰うか?」
武官の弓兵が獲物を落としかけた。
彼の判断は正しい。
焚火の前にどっかり座った俺様のその状態こそ、すでに制圧済みという証だからだ。
「皆は...いや、愚問ですな」
「理解が早くて助かる。その機転は、もっと早く示すべきではなかったかな」
武官のわりには手のひらが奇麗だったし、弓は馬上用の複合弓だ。
ほう、これは良い狩だ。
「大貴族が恐れたのは貴方でしたか?」
「メリド・ゴットラン子爵閣下」
第一皇子の側近という話以外は聞いていなかったが、熊娘のリフルからは『一番注意しなくてはならない貴族』だと聞かされていた。しかし、皇子暗殺直後から子爵の動向は知れなかった。よもや陣中放棄という甚だ不名誉を負って逃げたものと思っていた。
「私を知っているということは、君が」
俺様を知っているという表情に変わって、彼は少し安堵したように見えた。
この表情こそ、大貴族とこの子爵の関係を垣間見た気がする。
「なるほど、これは...回収ですか?」
短剣の刃を拭う兵士たちが、焚火の周りに集まってきた。
数は30人余りだ。
「この1年間、俺の――いや、俺様の付き合い方をまるで理解していない」
「こういう回りくどいことも、だまし討ちも嫌いだということを理解していない」
俺は利き腕を頭上に挙げた。
焚火の30人が一斉に天幕側へ向き直り、朝霧の中から歩み出てきた農民兵を刺殺し始める。
俺様の合図は単純明快だ。
ひとりも生きて帰すな――だ。
野営の手勢は確かに第一皇子の下に参集した貴族たちの兵士だった。
子爵は皇子の側近ではなく、大貴族らの誰かの密偵だった。
そして、事は成ったから次の皇子を屠られる前に、俺様を暗殺しようという算段なのだろう。
部下もろとも暗殺しようとする頭のいい貴族は、どこのどいつだ。
霧が晴れて、朝日が辺りを照らす頃は死肉を漁る鳥たちで台地は黒く染まっていた。
肉食獣がこの血生臭い匂いに釣られるのも時間の問題だろう。
「さて、示し合わせた貴族というのは、どの皇子に仕えている?」
子爵は既に3本の足の指を失っている。
俺様の隊を襲った連中の将帥は、腕を肩からごっそり無くなって止血が面倒だった。
「腕はやり過ぎたなぁ、子爵閣下、あなたも思いませんか?」
なんて呑気に聞いてみた。
何かを必死に喋りたいが、喋らせないというのは拷問中の拷問だ。
「いやいや、もっと楽しんで頂きたい。ここでゲームを降りる必要は無いんですから」
とか、都合のいいことを言って聞かせて子爵の猿轡を解く。
彼は嗚咽交じりに堰を切ったように、知っている情報を吐き出した。
もう、最後は何を言ってるのかさえ聞き取れない言葉だったが、要するに姫の数も多いが継承権をもった皇子の数もそれなりに多いという話だ。そして、ここで最も強い権力を掌握しているのが、第六皇子という。それよりも下位の年端も行かぬ弟たちは、既にこの皇子の行為によって他界しているか、行方不明になっている。
帝都に残る生まれたばかりの皇子、これを帝国は皇帝に迎えたい。
詰まるところは、担ぎやすい神輿の問題だ。
第六皇子は相当な野心家であり、政治家で策謀家でもある。
こいつが危険なのは理解できるが、今はこちらも手出しが出来ない。
先ずは、地に足のついた堅実な勢力固めが必要ということだろう。
そしていつか、この落とし前をつけさせる。
不定期に投稿していきますが、どこで完結するかまでは考えてません。
そもそも、思い付きで話を書き始めたもので。
ま、主人公のサクセスストーリーなので、気軽にまた、気長に書いていきますので。
ひとつ、よろしくお願いします。