好きなあの娘を幼馴染の親友に取られたけど俺は元気です
黄色と赤に染まったもみじで敷き詰められた通学路にあいつがいた。
長い髪が涼しい自然の扇風機で滑らかで艶がある黒い髪を揺らしていた。後ろ姿からでもわかるように様に楽しげにクシャクシャと乾燥した葉っぱを足で押しつぶす音を出してその隣に歩いているあいつの方を見ていた。隣のあいつ――俺の友人である小林だ。二人は往来にも関係ないようにお互いを素手でつないでいる。
昨日あいつは彼女に告白した。彼女は二つ返事で返した。
浮ついた話と言うのはすぐに伝播して、俺の耳に届いたのは放課後だった。そしてすぐに用済みになった手紙を握りつぶした。
小林と俺は小学生からデコボココンビとしてつるんでいた。ひょろっとして背ばかりがでかい小林が弟で、ちびの俺が兄役。
いっこうに伸びない背は俺のコンプレックスで生来の気短も相まって、小林を除いた背も態度もでかい奴を見ると殴り掛かる悪童だった。その喧嘩っぱやい俺を止めるのが小林だった。
しかし小林は品行方正というではない。あいつはサルが物を拾って遊ぶように唐突に何も考えず行動を起こすタイプだ。
小学生の時に、学校の近道を探そうとして狭い細道を通ろうとした。その道は明らかにランドセルを背負ったままでは抜けれそうにない道だった。無理だと何度も言い聞かせたが、やってみなければわからないと制止を振り切り進んでいった。
案の定、途中でランドセルが壁につっかえて出れなくなってしまった。昼だったのが、あいつを救出するのに夜までかかったのは今でも覚えている。
いつしか俺たちはトラブルブラザーと呼ばれた。喧嘩が俺で、何かするたびに失敗するのが小林。だが悪くはなかった。こいつと一緒にいるのが面白おかしくて退屈しないからだ。
そんな毎日が中学に入るまで続いた。
中学になってから妹が増えた。もちろん血のつながっていないひとまとめのグループとしての愛称で。
きっかけは俺が他の教室の奴と喧嘩を始めかけた時だった。俺の悪童ぶりは小学校の時からうわさが流れ、入学早々隣のクラスの奴が俺とのけんかを所望してわざわざ俺のクラスに乗り込んできた。今までは一方的に売ってきたが、売られた喧嘩というのに応えてやろうと意気揚々と上着を脱いで腕まくりをした。
だが、半分握った俺の拳を柔らかいものにつかまれた。つかんだ相手は、俺よりも十センチも高い黒髪で長髪が特徴の有明と言う女子だった。
有明は、喧嘩は止めなさいと母親気取りで止めに来たのだ。だが相手がわざわざ吹っ掛けてきたのに、引き下がるのは男の恥だとその手を引きはがそうとしたが、意外と女の力は強く引きはがせない。
「チビが喧嘩しても負けるでしょ」
その言葉に頭の線が切れた。生意気だったからか、母親面したからか、チビだって言われたからか、今でもどれが原因でキレたのか思い出せないが、俺は有明に拳の矛先を変えた。が、あっという間に教室のフローリングに押し倒されて、腕も掴まれて身動きが取れなかった。
初めてだった。何度男と喧嘩で負けたことはあっても、女に、それも初めて何もできずに負けたのは。
「ほ~ら、女のあたしとやっても勝てないんじゃ喧嘩はやめときなって」
クソったれ! と吼えるが足をばたつかせるだけでそれ以上何もできなかった。おかげで相手もこんな奴だったのかと呆れながら逃げてしまった。
それから役割が変わった。俺を止めるのが有明で、有明と俺が喧嘩をおっぱじめるのを小林が有明を引き留めてる。そして下り坂にブレーキをかけずに下る自転車のように暴走する小林を止めるのが俺ら二人とちょうどバランスが取れていた。
有明はクラスの女子から、問題児筆頭の俺を押さえつけているからかその母親気質的お節介さからか姐御のような存在でクラスの女子をまとめていた。おまけに容姿も申し分なしの美女の類で学年が上がるたびに容姿も相まって存在感が大きくなった。
おかげでバレンタインの時なんか、男からはゼロで女子からチョコを十個も手渡されたときには、大笑いした。そして組み伏せられた。
「うるさい! チョコをもらったこともあげたことない原が言えんのかよ!」
そしてその後ろで有明を慕う女子が「そーよそーよ」と口から援護射撃をかけて、そのまま自分の席に座り、机の中に隠していた綺麗に赤のリボンで包装されたチョコを捨てるのを決めた。
小林らには黙っていたが、いつからか俺は有明に片思いを抱いていた。
休み時間に有明が女子たちと教室の入り口の端で話しているときに、大口を開けず手で口を覆って笑っている姿を見ている時はいつも頭の中がボーっとしていた。いつも俺を組み伏して「どうだ参ったか」と得意げな顔で俺を負かしている顔ではない、古風な言い回しではあるが凛と咲く百合の花と言うぐらいの言葉しかないほどの美しさがあった。
俺は布団の中で何度も夢想した。彼女と手をつないで通学路を歩く光景を何度も夢見た。だが、その時に彼女の顔にあの眩しい笑顔が俺の頭の中に浮かんでこなかった。
俺はどうしても彼女を笑ってこの道を歩く姿を浮かべることができなかった。故に告白するのが怖かった。俺の隣にいても彼女が笑みを浮かべなかったら無意味ではないかと。
そして高校に入り夏が終わった時に俺は決心した。告白しようと。
もう我慢できなかった。心のもやを晴らすために俺は決心した。
LINEで告白するにはちょっと気が引けてた。こんな簡単に告白してよいものかと『好きだ』との文面を打った手を止めて消去した。次に、手紙を書いた。ずっと好きだったとか愛しているとか歯が浮つくような言葉を書いては消して書いては消してを繰り返し、消しカスの山を築き上げていた。
そして一週間たって、手紙が完成し後はあいつに渡すだけであった。
だがその日に小林が先に告白した。必死にしたためた手紙はただの紙切れと化してしまった。
「よう小林、有明」
二人はおはようと俺の声に気付いて振り向いた。俺たち三人はいつものように授業がかったるいとか、早く卒業したいとかたわいもない話をして歩いていた。ただ、いつもと異なるのは、小林と有明が両手をずっとつないでいることだ。
俺への当てつけか。
美男美女カップルとそのつれという構図をつくり、お前ら二人の仲を周りの奴らにアピールするつもりか。
言っておくが小林、お前の容姿は美形とはいいがたい、少し猿顔と言えるぐらいか。なにせ額が広いことで猿に似ていると小学生のころよくからかわれていたじゃねぇか。
手振りを大きくして面白おかしく話をしている男のしているが、それは手振りを大きくして時間を稼いでいる間に次に話すことの内容をまとまらせているにすぎない。それは俺が小坊の時からよく知っている。
話も面白くない、顔もよくないじゃああいつとの差は何だろうか? 嫉妬の炎がめらめらと昨日の夜から燃え上がっていた。
授業が終わった後の休憩。いつもと変わらない学校生活が来るはずだった。
いつものように窓際の席で太陽の心地よい陽射しを浴びて寝ていた俺を有明が机を蹴って起こし、小林が「おはよう原」と呼ぶ。
「飽きずによく寝るわね。もう先生も起こさなくなったし」
有明が呆れた声を上げる。
「先公の授業がつまらねえから寝てんだよ。頭に入らない授業聞くよりその方が有意義だ」
「確かにそれは言えてるな」
「正も同意しないの。こいつ留年するかもしれないんだから」
小林の下の名前を、有明がさも当然のように呼んだことに、寝ぼけたままの目が一気にさえた。どれほど主張すれば気がすむんだ?
そしていつの間にか、二人だけでどの先生が一番眠くなるとかの話をしていた。二人の目の前いる俺がまるで置物のように思えてならなかった。
二人を無視して、机にうつ伏して寝るふりを決め込む。片耳を腕に、もう片方を手で周りの声を遮ろうとするが、なぜか小林と有明の話だけが耳に入ってくる。
昼休みになると、廊下の方が騒がしくなり野次馬が教室からのぞいた。俺もその中に混ざり、足の間をくぐって最前列へと這っていった。こういうときだけ俺のチビが役に立った。
脚の支柱を潜り抜けると、騒動の渦中にいたのは小林と有明だった。すると、有明が小林の腹に拳を入れると、涙をこぼしながら廊下を走り去っていった。手には青のチェックの布でくるまれた箱を携えて。そしてうずくまって動けない小林の下に同じクラスの男どもが取り囲み尋問を始めた。
何をしたんだや、さっそく振られたのかとか二人の仲をことごとく突っ込んできた。
「どけどけ、購買に行けねえだろうが。どかねえと一発入れるぞ」
道を塞いでいるという名目のもとちょっと脅しをかけて囲みを解いて小林の手を握り連れていく。
階段を下りながら小林と共に購買へ行くと、ヘラヘラと小林が腹を抑えながら話しかけてきた。
「いや~参った参った。沙也の弁当をいらないって言ったら突然切れて、腹にみぞおち決められてさあ」
今度は弁当か。つくづく恋人の定番を見せてくるじゃねえか。おまけに小林まで有明を下で呼ぶ。ムカつく。
だが、どうしてそれを断ったのか。
「なんで断ったんだよ。あのお節介焼き魔のことだから手作りなんだろ」
「それが……さっきの時間に早弁してさ。お腹の虫が鳴るほどヤバくて、で今腹いっぱい」
「あいつにはなんていったんだ?」
「え~っと今いらないって」
そうかと表面では平静を装ったが心の中でガッツポーズをとった。小林のアホが、大事なところでしくじりやがった。ざまあみろ。すると、頭の中でピンっと閃いた。
もしかしたら、うまくすればこいつから有明を取れるんじゃねえか? そうだ、今しかない。今俺たちは見えない喧嘩をしているんだ。好きな奴に先に告白したからってなんだ。俺だってまだあいつのことを好いているんだ。しかも好都合に、隙を見せた。ここで一発入れてやれる。
「悪い原、俺トイレ行くわ。さっきのパンチで腹下したかも。イタタタッ」
腹を抑えながらトイレに入っていくのを見届けると。有明を探しに回った。
有明は、校舎裏の樹木の木陰で一人泣きぐずっていた。手にはしっかりと小林に渡すはずであった弁当箱が握り締められていたが、弁当箱の上に乗っている葉っぱを払わないほど泣き伏していた。
乾燥した葉っぱを踏む音が鳴って、ようやく有明は気付き顔を上げた。その時パッと目じりに涙を溜めながら口元を上げて明るい顔が浮かぶ、だが俺だとわかると不機嫌な表情に変化させる。
「なによ。笑いに来たの?」
「心配しに来てやったんだ。小林のやつお前の腹パンで、腹下したとよ」
「いいもの。あたしが朝から作ったの弁当を食べなかったばつよ」
ツンと口先を尖らせていわし雲が垣間見える澄み渡った秋空の方を向いた。その拍子に頭に乗っていた落ち葉が四枚も落ちた。それだけ何もわからないほど泣いたという証拠か。肩の方にも落ち葉が乗っていて、それを一枚ずつつまんで丁寧に取り払った。
「お前、落ち葉乗ってんぞ」
「あんがと、原にしては気が利くじゃない」
今一番いい雰囲気だ。有明の顔もほころんでいるように見える。今なら有明を取れる。告白すべきか。いや、もっと男らしいことでアピールしよう。
そして有明が未だに手に持っていた弁当をひったくると、一気に弁当の中身をかきこんだ。
量自体は少なくご飯や卵焼きがなだれ込み色々な味がまぜこぜになるが、それでも美味いとわかるほどの味だった。
「ほらよ。お前の弁当けっこううまかったぞ。小林の奴ひどいよな。だからさあいつ――」
言い終える前に有明が飛び掛かって、俺を押し倒す。押し倒された勢いで持っていた弁当箱が空中に舞い、コンクリートの溝蓋に落ちてコンッと音が鳴った。パチンッと音が鳴り響いた後、頬がヒリヒリと膨れ上がる感覚があった。有明の顔を見るとさっきと同じように涙を溜めていたが、怒気を含んだものが両存していた。
幾度となく組み伏せられてきたが、手を出してきたのは初めてのことだった。それが有明の怒りの度合いを表していた。
「この馬鹿! なんで正にあげる弁当を食べたのよ!」
「何だよ、いらないんじゃなかったのかよ!」
「あんたに食べられるぐらいなら、あたし一人で食べるはずだったのよ!」
あの量を? いや無理だろ、お前はいつもパン一つで済ませるはずだ。おかずやご飯も男としては少ないが、いつものお前ではあの量を食べられるはずはない。
「どうせ食べられねえだろが」
「そうよ。けど正以外の男に食べられるのが嫌なの!」
嫌な予感がした。俺の期待していたシナリオが今音を立てて崩れていく感じだった。
だが俺はここで変な勇気を出して、どうして小林の告白を受けたのか聞きたかったという意思が芽生えた。
「なあ、あいつのどこがいいんだよ。話もそんな面白くないし、顔もイケメンじゃない。」
「……好きだから。あたしも正のことが好きだから。それじゃ悪い? これで満足?」
力の限り有明を押しのけて、襟元をつかんでいた手を引き離す。そしてコンクリートの溝蓋の上に落ちた弁当箱を拾い上げる。
「悪かったよ。弁当洗って返すから」
そのまま弁当箱を持って帰ろうとするが、すぐに有明がひったくった。
「いらないわよ」
箱を青のナプキンで丁寧に包むのを見届けると、居心地が悪くなりその場を後にする。
俺は今まで小林が告白できたのは、いつもの向う見ずさによる性格によるもので、俺にだって告白さえできれば有明と付き合えると思っていた。
だが、有明は最初から待っていたんだ。
小林が告白してくるのを。
待ち望んでいたんだ。
俺には勇気がなかった。あいつに自分が今でも好きだぞというアピールする勇気さえないのだ。そうでありたい。
でなければ、俺は奥底で予感していたんだ。きっと告白しても断られるんだと。なぜなら、俺があの布団の中で夢想してもあいつの明るい笑顔なんて見ることなんてないのだと。
さくざくと校舎の方から小林が落ち葉を蹴り上げてやってきた。すると小林は、俺の腫れあがった頬を見て声を上げて驚いた。
「原、どうした。喧嘩か? それとも珍しく沙也にボコボコにされたのか? 頬が腫れてるぞ」
「……別にやられてねえよ。ちょっと早引けするわ」
「本当に大丈夫か? なんなら俺も一緒にふけるし、顔色もなんか悪いぞ」
小林が俺の腕をつかみ、心配してくれている。原因がお前であることを露知らず。まったくとんだトラブルメーカーだ。
「大丈夫だ。俺は元気だ」
それがそう言うと、小林は良かったと邪気のない笑顔を返してくる。
だが、俺は笑顔を返さなかった。こんな浅ましい自分がいつものようになどできるはずがないのだ。
ポケットに手を入れると、小さな紙片がいくつも入っていた。昨日俺が破り捨てた手紙だ。それを木が落葉するようにポケットから落とした。
そういえば聞いたことがある。冬場になると落葉するのは、冬場の厳しい環境を耐えるために葉っぱは不要である。だから落葉するのだと。
ならば、俺の行動も正しいというわけだ。もう不要なのだから。
校門を出ると薄い水たまりに沈んで黒く変色した葉っぱを踏んだ。不要であるから切り捨てられた枯葉はほかの赤や黄色に染まった落ち葉とは異なり美しくなく、まるで惨めな自分のように思えて仕方がなく、むかっ腹が立ち思いっきり蹴り上げた。
「せめて、赤や黄色の落ち葉のように美しい失恋だったらどんなに良かったか」