第95話 何とかなったら、こんなことにはなっていない
あまりに理解を超えた出来事が続くと、人間は逃避しはじめるという。
俺はどちらかと言えば、割とリアリストだと思っていたが(笑うところじゃないですよ?)これはあまりにも、あまりにも過ぎた。
「…で、俺はいつまでこの状態なんだろうか」
ついつい声を出してしまった。相変わらず激しい頭痛は続いているが、何だろう、はじめに比べるとマシ、というか、うん、マシにはなってないな。でも、思考が出来ない程ではない、意識は保てる程度だ。でも、体を動かす気にはならない。
それって一番辛い状況では?
すっきり意識が飛んでくれた方が楽になれるんだけど、今回は寸止め生殺し状態だ。ああ、イキたいんだけどイキそうなんだけどイケないイカせてくれない切ないの辛いのー、的な。ちょっと癖になりそうなやつ。
あ、でもやっぱり痛いごめんなさい嘘です冗談ですお願い許して逝きたいの入れたいのー!
「おい変態黙れんぐううぅ!」
「黙るのは貴女です」
相変わらず冬華さんが猥褻エロフを締めている。あんまりやり過ぎるとダメ、死んじゃう。
「な、何でか分からんが、俺のことを庇ってくれてありがとう、冬華さん」
「いえ、お礼を言われるようなことではありませんわ、アロイス様」
そう言うと、冬華さんは目を細めた。刹那、俺の背に悪寒が走った。こ、怖い!良く分からない心当たりのない好意を向けられると、ひねくれたおっさんはまずハニトラか美人局を疑うのだが、こんなおっさん相手にそんなことしても何のメリットもないはず。ということは、純粋な好意で見ている?そ、そんなことがあるのか?そして俺の脳裏を、桜さんと、そして麗しき慈愛の大天使長様のご尊顔が過ったのだった。ひいいいいっ、この状況では断罪の天使にしか見えないですぅ、怖いですぅ。ひたすら浮気を疑われていた悪夢の日々が蘇る、ヤンデレ怖い。
「た、蓼食う虫も好き好きというが、ね、冬華さん」
「…どちらにしても、巫女として私のことがご入用では?」
微笑んでいるっぽいんだが、目が、目が笑ってない!笑ってない!
「そうですよアロイス様、でも、今はまだお預けです、冬華様」
「残念ですわ…」
いつの間にか戻ってきていた桜さんと、冬華さんが言葉を交わす。完全に、は、腹黒同士じゃねぇのか、これ。
「本当に、残念ですわ…」
そう言う冬華さんの青き輝きが増した。纏う炎がうねる、まるで彼女の感情とリンクするように。桜さんが、そろそろですね、と秋音さんに顔を向け、レジ奥の扉を手で示した。
「ささ、時間もありませんので、秋音様はこちらへ」
「き、決まったことのように告げないでくださいますか、桜様」
両膝をついたまま、秋音さんは桜さんに反論した。言葉遣いに違和感を感じるが、俺の思いとは関係なく、会話は続いた。
「ではこのまま冬華様の暴走を見過ごし、里を見殺しにされるのですか?どちらにしても秋音様は巫女となる方ですから、遅かれ早かれアロイス様と契ることになるのですよ?今、里を見殺しにしても意味が無いのです」
わざとだとは、分かっている。分かってはいるが、全く感情を乗せずに、さも理解できない、という風に首を傾げる桜さんと、同じように首を傾げる冬華さん。
…怖い、怖すぎる。
「で、ですがそれを、何故私が信じると思われるのですか、そのような荒唐無稽な話を」
「それを私の口から聞きたいのですか、森の巫女よ」
秋音さんの問いかけに、桜さんの纏う雰囲気が変わった。それは、まるで、まるで。
「さ、佐久夜さん?」
ばたん、何かが倒れる音がした。音のしたレジの方を見ると、師が倒れていた。桜さんは大丈夫でも、佐久夜さんは無理だったらしい。南無。
「は、はああぁっ!?」
驚きすぎたのか、開いた口が塞がらない秋音さんは、若干顔色の悪いサマンサさんに連れられて、レジ奥のスタッフルームへ消えていった。
「冬華様」
雰囲気の変わってしまった桜さんは、冬華さんに語りかけた。
「は、はい!」
「貴女の覚悟は、確かに受け取りました。もう少し待てば、貴女の望みは叶うでしょう」
その言葉を聞いた途端、冬華さんは泣き崩れた。
「あ、ありがとうございます、ありがとう、ございます」
「まだ気が早いですよ、それに、お礼を言うのは私の方です」
「さ、桜様」
「では、冬華様は後程。さあ、参りましょう、アロイス様」
そう言って、頭痛で蹲っていた俺を助け起こした桜さんは、いつもの桜さんだった。
◇◇◇
そんなこんなで、それから程なく、冬華さんを覆っていた青い炎は消え失せたのだった。顔や全身を覆っていたケロイド状の火傷痕と共に。
アニメショップ、ビデオコーナーの床に、寝転がる全裸の美少女、自分で言ってて頭悪いな、とは思う。幻覚見てるのか、現実逃避も大概にしろよ、と言いたくもなるが、悲しいかな、これって現実なのよね。ああ、現実って言っちゃうと断罪が確定するから、あくまでも俺の中では夢の国だ。まあ夢の国だろ、いやいやくっコロエロフさんと色々エロエロって、どこのイメクラだよ。
いやあ、もうね、大変だったよ、なんか異様に盛り上がって、どこのパクリAVだよ、ってなノリで。越後屋まで出てくる始末で、もう訳分かんない。
…はっ、目の前の、負けず劣らず現実離れした光景に、現実逃避が捗ってしまった。元気になってる場合じゃない、と部屋に戻り取ってきたシーツにくるんで、冬華さんを抱き上げた。




