第85話 逃避行
冬華さんが少し落ち着いたのを確認し、俺は彼女を『攫った』。
冬華さんの庵で世話になっていた数日間、勿論俺は食っちゃ寝をしていただけではなく、情報収集に動いていた。しかし、奥平の里は本当に閉塞的で余所者に厳しく、全くと言っていいほど話が出来なかった。まあ、ただの田舎で観光資源があるわけでなく、商人でもない余所者と親しく話す方がおかしいと言えばそうなんだが。特に、話しかけてくるのが若い女子や子供ならまだしも、中年不具オヤジが相手では、まず若い女連中には逃げられ、男連中には小馬鹿にした態度を取られるのが常である。
今回はハル爺も居ないから、下男役も出来ないしな、正直そういう意味では全く役に立たなかった自覚はある。
だが、桜さんとサマンサさん、そして最後に冬華さん自身から聞いた話によれば、冬華さんはこの地の地母神を祀る巫女として、言わば生贄のような扱いになっていた。彼女自身の法力の強さや諸々の事情も相まって、奥平の集落から出るのは禁忌扱いになってしまっていたのだ。
正直なところ、冬華さんにとって良い場所とは言えないこの地から、わざわざ了解を取って連れ出すという選択肢は、俺の中には芽生えなかった。『強欲で傲慢な』俺には、欲しいものは手に入れて当然で、歯向かうヤツは潰しても特に心は痛まないだろうことは予想がついた。
桜さんが言うには、半端な状態とはいえ、巫女3人を得たことで、俺の状態は随分と安定したらしい。ただ、油断は禁物だろう。というのも、負荷の大半を冬華さんが受けている状態らしいのだ。何がきっかけで崩れるか分からない均衡だった。
夏織さんとの交わりを経て身体能力が更に向上した俺は、その日のうちに荷を整えると、歩けない冬華さんを背負い、夜陰に紛れて奥平を発った。流石に車椅子で山越えは無理だろう。
「そう言えば、サマンサさんはどこに行ったんだ?桜」
出立までは一緒に居たはずのサマンサさんの行方を、俺は桜さんに尋ねた。
「サマンサは、先に戻しました」
戻したとは、どこに戻したんだろう。しかし、その疑問を聞く前に、桜さんが続けた。
「サマンサには、帰った時の準備をお願いしています」
そう言うと、桜さんは微笑んだ。これ、この威圧感のある微笑みの時は、これ以上何を聞いてもはぐらかされるんだよな。俺は、まあサマンサ嬢だし、大丈夫だろ、と気にしないことにした。
そして、改めて背中に意識を向けた。
「大丈夫ですか冬華さん、背負われての移動はしんどいでしょう」
「い、いえ、大丈夫です。その、アロイス様の方こそ、大丈夫ですか?」
俺の言葉に、冬華さんは、俺のことを気遣うような言葉を返してきた。しかし、声の感じからして体力的な話では無さそうな気がしたので、俺はとぼけて聞き返した。
「え、何がですか?」
「こんな血だらけ火傷だらけの女を背負われるのは、さぞかし不快ではないかと思いまして」
また、そんなことを言う。俺は、背負っていた冬華さんを一度前にし、横抱きにすると、驚いていた彼女の口を塞いだ。焼け爛れた唇の硬い感触が、俺の唇にも伝わってきた。しっかり感触を堪能してから、俺は彼女からゆっくりと顔を離した。
「…ふぁ、な、な」
突然のことに声を出せず固まっている冬華さんに、笑顔で俺は告げた。
「不快な女に俺が笑顔で接吻すると思うか?冬華」
「アロイス様、男前過ぎます。私も言われてみたいです」
すかさず桜さんが突っ込んできた。なんか、遠慮が無くなってきたなぁ、この娘。当の冬華さんは、頬にわずかに残る白い肌を真っ赤にして震えていた。その様子を見ながら、春香さんといい、夏織さんといい、しっかりしてるようで実は初心な子ばっかりだなぁ、とぼんやり思った。
いや、桜さんが実は腹黒とか、そんなことは思ってないよ、うん。だからそんな目で見ないでください、桜様。ちゃんと俺色に染まってくれてるから、ありがたいとは思ってるのよ、本当に。そうそう、可愛い可愛い。これ絶対に心読まれてるな。
気を取り直すと、俺は冬華さんに改めて言った。
「分かったら、もうそんなこと言うんじゃないぞ」
言葉が出ないのか、コクコク、と首を縦に振る冬華さん。見た目はアレかもしれんが、この仕草とか、もう男の心鷲掴みだと思うんだけどなぁ。きつく閉じた心を揉みほぐして開いていく、あれだ、貞淑にきっちり合わされた美味しそうな太ももを開かせた、その奥を想像するときのような甘美な(以下検閲)
「耽美に耽っておられるところ恐縮ですが、そろそろ行きましょう、アロイス様」
はっ、思わずトリップしてしまったのか。なんか目の前の冬華さんの顔が若干引きつっているような気もするが、きっと火傷で表情筋が引きつれているのだろう。うん、そういうことにしておこう。
「…諫言、ご不快でしたか?」
冬華さんを背負いなおしたところで、桜さんが上目遣いで声を掛けてきた。こ、これは、そういう意味なんだろうな。
「不快なわけな…」
「いや、もう乳繰り合うのは後にしないか?」
ちょっとイラつき気味の、別の声がした。
「…何だ、言ってくれれば接吻くらいするのに、夏織さんや」
「そんなこと求めてねぇわ!」
真っ赤になって、可愛いこと。大人の階段を登っても、相変わらず初心?なかおりんであった。
◇◇◇
俺たちは、行商人達と別れた、山の麓の集落を回避し、休むことなく山越えを敢行した。
冬華さんを連れているからなのか、吹雪に見舞われることもなく、一度の野営を挟むだけで山を抜けた俺たちは、来る時とは違う街道を通り、と行きたかったが、そもそも奥平へ通じる道は限られていて、街道と呼べそうな道は一本しかなかった。冬華さん自体の容姿もさることながら、彼女を背負っている俺も目立つ上に、彼女を落ち着いて休ませられるまでは、まだ見つかる訳にはいかないと思っていたので、道中は夜間行軍となった。かなりの強行軍になっていたことは否めない。それでも、冬華さんは文句ひとつ言わずに、俺の背で揺られていた。
「改めて、おかしい気がするなぁ」
何日か目の野営時、桜さんが準備してくれた昼飯を食っていると、夏織さんが呟いた。
「ん、何が?夏織さん」
「ああ、前までだったら、ここまで強行軍だと、どこかしら体に無理が出てきて痛めてたと思うんだけど」
そう言いながら、彼女は自分の太ももをさすった。ちなみに今は道なき道を進んでいることもあり、肌の露出など無い、しっかりとした旅装束である。
「全然平気なんだよなぁ、気味が悪いくらいに」
「それはあれだ、夏織さんが俺と契ったからだろ」
「…そうか、そうだったな」
「何だ、元気無いな。俺に抱いてもらえないから寂しいか?」
いつもなら俺の軽口に、『いい加減にしろお前!』と怒るか、『そ、そんなに私を抱きたいか?』と真っ赤になりながら自爆するか、何にせよ元気な反応が帰ってくるのだが、その時の反応は、全然違うものだった。
「…そうだな、そうかもしれん」
「…は?」
「は?って何だよ、お前が聞いたんだろ、アロイス殿」
「お、おう、そうだったな。じゃあ、落ち着いたら、な?」
「そうじゃないんだが、まあいいけどよ」
彼女が心まで開いたとは、流石の俺も思っていなかった。が、この時感じた違和感を、俺は消化できなかった。
今回のあらすじ
面倒だから連れて行く(おい)




