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総務おじさん探訪記  作者: 中澤 悟司
総務おじさん、覇(歯)道を往く
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第84話 安寧の終わり

 目覚めると、そこは修羅場だった。


 いや、比喩でも何でもなく、紛うことなき修羅場である。


「うああああああああ!!」


 目の前で、全身いたるところに痛々しい火傷の痕がある女性が、叫びながら全裸で転げ回っていた。ケロイド状の皮膚が剥がれ、血が出ているところもあった。こ、これ、ひょっとしなくても冬華さんか?


「ど、どうしたんだ?何があったんだ?」


 まだ少し残る頭痛に顔をしかめながら、俺は直ぐ傍にいた桜さんに聞いた。


「お目覚めですか、アロイス様」


 この異様な状況下でも、落ち着き払っている桜さんに、俺は強烈な違和感を抱いたが、その疑問は今は後回しでも良い話だ。俺の促しに、桜さんは困惑気味に答えた。


「それが、私にも何とも。アロイス様が突然お倒れになった後、程なく冬華様もこのような状態になられまして」

「…それは、俺が倒れたことと関係があるのか?」


 桜さんは、悲し気に言った。


「恐らく、冬華様はアロイス様の念の肩代わりをされたのだと思うのですが」

「念の、肩代わり?」

「ええ、アロイス様は、気を失われる前のことを覚えておられますか?」


 俺は、桜さんの言葉を受けて、途切れた記憶を手繰り寄せた。


「ああ、確か、いきなり激しい頭痛に襲われて、頭が燃えるように熱くなって、すぐに意識が途切れたんだが」

「アロイス様は、強欲と傲慢、2つの穢れの力に呑まれそうになられたのですよ」


 …え、あの燃え盛る火箸で頭の中かき混ぜられるような感覚が、穢れの力の反動なのか?


「アロイス様、巫女の役割を覚えておいでですか?」

「ああ、穢れを纏うときの補助、だったか」

「はい。巫女は穢れを求める求道者の素質を増幅させるとともに、穢れそのものからの負荷を下げ、求道者を守る役割も果たす、触媒のようなものです」

「…そうか、そんな話だったな」

「アロイス様の巫女は実質春香様おひとりでした。ですが、穢れはふたつ、強欲と傲慢を纏われました。これが何を意味するか、お分かりになりますか?」


 それが、何を意味するのか。目の前で悶え続けている冬華さんを見ていれば、嫌な結論しか出てこない。


「ええ、その通りです、アロイス様」


 そう、俺の巫女になることを受け入れたのであろう冬華さんに、穢れの波動が影響を与えている、という推測だ。彼女が、俺の負荷を肩代わりしている、ということなのだろう。


「アロイス様、冬華様は法力の扱いに長けておられます。だから、何とか耐えておられますが、長くはもちません」

「…どうすればいい、桜」


 冬華さんを一方的に巻き込んで、一方的に苦しめている、この状況を良しと出来るほど、俺は人間を捨ててはいない。


「どうすれば、冬華さんを助けられる、教えろ、桜」


 桜さんは、俺の、普段とは違う偉そうな言葉に、一瞬驚いた顔をした。その後、何を思ったのか、恍惚とした表情を浮かべた。


「あ、アロイス様、素晴らしいです」

「あ、あれだけの波動にまだ抵抗するとは、凄まじい…」


 いつの間にか俺の傍に立っていたサマンサ嬢も、何だか感動しているようだが、いやいや、今はそんな状況ではないだろう。


「アロイス様、あなた様は、やはり素晴らしいです」


 桜さんは、感動冷めやらぬ雰囲気で、俺を見つめていた。その目は、本当にヤバいからやめようか。


「お伝えいたしましょう、冬華様をお救いする方法ですね」

「ああ、頼む」

「ただ、恐らくアロイス様もお察しかと思いますよ」


 俺は、手短に桜さんから話を聞くと、苦悶を続ける冬華さんをサマンサさんに任せ、彼女と共に場所を移した。


◇◇◇


「来たか」


 俺がその部屋に入ると、敷きっぱなしの布団の上に座っていた部屋の主は、まるで俺が来ることが分かっていたように答えた。


「…ああ、来たよ、夏織さん」

「細かい事情は私は知らんし、知りたくもない」


 夏織さんは、俺の目を見据えて、毅然とした態度で言った。


「だが、私の返事如何で、冬華殿の命運が決する、そのようだな」


 俺は、桜さんを見た。彼女は首を横に振った。どうやら、彼女は何も言っていない?らしい。


「桜殿からは、巫女とはどういうものかだけを聞いている。その他のことは聞いていないし、今は聞きたくもないな」


 そう言うと夏織さんは立ち上がり、着ていた白襦袢を脱ぎ捨てた。一糸纏わぬ均整の取れた美しき体が、俺の目の前に現れた。あれだけ暴れているにも関わらず、傷一つない美しい肌に、一瞬目を奪われた。彼女は自らを隠すことなく、手を広げて言った。


「私を抱け、アロイス」


 その毅然とした、気高くも悲壮な夏織さんの美しき様に、俺は怖気づくのを感じた。行動とは裏腹に、声は震えているし、広げた手の先は細かく揺れている。俺が言葉を発せないまま、立ちすくんでいると、なおも彼女は続けた。


「私は、私のせいで、冬華殿が苦しむのは、辛いんだ」

「…それで、自分の気持ちを諦めることになってもか?」


 夏織さんの目が揺れた。みるみる涙が溜まって滲んでいくその瞳を、俺はじっと見ていた。


「こ、酷なことを言うんだな、アロイス殿は」

「本当のことだからな。ここまで来て、誤魔化すことも出来んだろ」


 夏織さんは、一度目を閉じた。彼女の頬に、一条の筋が出来た。そして、目を開いた。


「心までは、まだやれん、かな」


 歪んだ笑みを、必死で浮かべた彼女は、まるで俺の嗜虐心を煽るかのようで。俺は、体の奥底から湧き上がるその衝動を、必死になって抑え込んだ。


「そうか」


 俺は、彼女に近付くと、そっと唇を重ねた。


「じゃあ、今は体だけ貰っておくよ」

「…こんな時まで茶化しやがって、このうつけものめ」

「ははっ、うつけか、そのとおりだな」


 その後程なくして、冬華さんの様子が少し落ち着いた。

今回のあらすじ

かおりん、堕つ…

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