第83話 急転直下
「冬華さん、いや、冬華。お前は俺のところに来い、俺のものになれ」
「あ、あっ」
「お前が例え醜かろうが、まともに伽が出来なかろうが、俺にはお前が必要なんだよ」
そこには、言葉にならない言葉を口にしようと、懸命に口を動かす年頃の少女がいた。もう一押しかな、というところで、俺は言った。
「俺が、お前を幸せにしてやるよ、冬華」
次の瞬間、冬華さんから信じられない程の圧を感じた。いや、違った。圧を出しているのは、俺自身だった。初めて天断さんを抜いた時を、遥かに上回る痛みと熱が、俺の前頭葉を襲った。
「あぐ、ぐうぅっ!!」
俺は、頭を抱えて倒れ込んだ。どうしたんだ、一体何だというんだ、いきなりじゃないか。今は、天断さんを鞘から抜くどころか、持ってもいない。どうして、こんな。
俺の意識は、そこで途切れた。
◇◇◇
散々暴言を吐いたかと思えば、いきなり凄まじい念を放ち、頭を抱えて倒れ込んだ、目の前の男の奇行に、冬華は驚きのあまり、また動けなくなっていた。
「…凄い波動ですね」
桜とは違う声が聞こえて、冬華は気を持ち直すと、声の方を向いた。そこには、褐色の肌をした銀髪の美女、サマンサが立っていた。
いつの間に、と冬華は戦慄した。襲われることが多くなってからというもの、彼女は常に周囲に法力を放っていた。法力に乱れがあれば、何かが近付いてきたと、すぐに分かるのである。深く祈るとき以外は常に放っているその法力は、勿論今も放っていたのだが、何も反応が無かった。この人も尋常ではない、と冬華はすぐに悟った。
「そうですね、強欲と傲慢の相乗効果、シナジー、と言いましたか、凄まじいですね」
桜は、この事態を見越していたかのように落ち着いていた。冬華は、この得体のしれない自称奴隷が、一番恐ろしかった。
冬華から見たアロイスという男は、物凄く不安定な存在だった。法力の扱いに長けた彼女にとって、視覚的な外見もともかく、彼の発する波動が非常に不安定なのが、ずっと気にかかっていた。先ほどの暴言の最後には、その波動の圧が急激に膨れ上がり、彼の肉体を弾けさせるのではないかと錯覚したほどだった。
彼が気を失って、波動は少し落ち着いたが、それでもまるで嵐のように吹き荒んでいた。
「さて、冬華様」
桜は冬華の方を向くと、微笑んだ。冬華の背筋を、氷の刃が貫いた。
「ふふっ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ、私は何もしませんから」
あ、もちろんサマンサも何もしませんよ、と桜は付け加えた。当のサマンサは冬華には興味が無いようで、アロイスのことをずっと見ている。
「このままですと、程なくアロイス様は、この荒れ狂う力の奔流に飲まれ、消し飛んでしまうでしょう」
「そ、そうなの、ですか」
冬華は、桜の言葉を、どう捉えていいのか分からなかった。この力の波は、少なくとも自身の手に負えるような程度のものではないことくらいは、冬華にも分かっていた。アロイスの体から溢れるように迸る念力の波動は、既に冬華の知る限りを超えていた。
「もちろん、そんなことになったら、私はこの里など消し飛ばしますが」
話が読めない、と冬華は思った。桜なら、彼女ならあるいは、この状況を切り抜けるだけの、解決するだけの力を、方策を持っているのではないかと思っていたが、出てきた言葉は予想の範囲を遥かに超えていた。
「…この里を、消し飛ばすのですか?」
「ええ、そうです。私には何の思い入れもありませんから」
…やはり意味が分からない、彼女は何を言いたいのか、自分に何をさせたいのか、冬華は考えていた。
「…私が、この里に思い入れがあるとでも?」
「違うのですか?自分を殺してまで、巫女の役割を果たそうとしたのでは、この里に尽くそうとしたのではないのですか?」
冬華は、桜の言葉を理解しようとした。私は、この里に尽くそうとしている?何故?一体何の為に、この里に自分を捧げているのか。自分を弄び、実の親ですら自分を受け入れないこの里に、これからも私は。
「あなたは、彼の言葉を聞いて、何も思わなかったのですか?」
「わ、私は…」
目の前の女の一言一言が、冬華の心を揺さぶる。ああ、これはきっと言霊の類だ、と彼女は悟った。自分では到底敵わない程の高みに居る、術者、いや、もっと違う何か。法力の使い手である彼女には、痛いほど分かった。
それを抜きにしても、冬華には思うところがあった。
…そうか、言葉は無茶苦茶だったが、彼は、私を求めていた。あれは、情欲ではない、もっと何か違うものによるものだった。それが何か、私には分からない。しかし、この外見を見てもそうだったし、先ほどの冬華の話を聞いてもなお、アロイスは変わらなかった。
特に気味悪がることもなく、世話になったことを感謝していたではないか。
自らも不具であるにも関わらず、私の体の心配をしていたではないか。
それは同情や憐れみ、若しくは歪んだ優越感ではないのか、と冬華は疑っていたが、それは自分の勘違いだったろうことは、先程のやり取りで分かった。歪んでいたのは、自分だったと、そう突き付けられたのだ。
冬華は、ずっと辛かった。自分のこの鬱屈した想いを拾ってくれる人など、終に現れないと諦めていた。しかし、アロイスは拾うどころか、ぶん投げてしまった。随分と傲慢な態度ではあったが、彼女の心を、確かに解き放ったのだ。
「私は、自分の足で、再び立って、歩きたい。その願いを叶えてくれると言うならば、身請けでも何でも、喜んで応じましょう」
冬華の、心から発せられたその言葉を聞いた桜は、微笑みを浮かべて告げた。
「自らの足で立つ、文字通りの意味では無いでしょう。それは、自らの生き方を自ら決めたい、ということですか?」
「ええ、その通りです」
「その道が、アロイス様と共に歩むものだとしても?」
冬華は、覚悟を決めた。
「ええ、私は、アロイス様と共にありましょう」
「良いお答えです、では、あなたに、アロイス様の隣に立つに相応しい輝きを」
そう言うと桜は、冬華に手をかざした。次の瞬間、膨大な法力の奔流が彼女の中をかき乱した。
「ああっ、ああああああああ!」
「あなたの覚悟を見せていただきますよ、冬華様」
悶える冬華を前に、桜は変わらず、優しく微笑んでいた。
今回のあらすじ
行くって言ったでしょ!!(え)




