第82話 奥平の鬼女
ちょっと長いです
「…身請け、ですか?」
「はい、そのとおりです」
冬華さんは、固まった状態から復帰すると、何とか口を開いた。その様子が、何とも可愛く思えた。
「と言っても、あなたに選択肢は無いのですが」
「…え?」
彼女は、また固まった。理解の範疇を越えてしまったのだろう。うん、分かる。いきなり来た見ず知らずの男に、身請けする、異論は認めん、とか言われたら、俺でも理解できんわ。
「アロイス様、少し直接的過ぎて逆に伝わっていないのかと思いますよ」
ダイレクトアタックには定評のある桜さんからコメントいただきましたー。何だろう、この納得の行かなさは。
「私が『お話し』しますので、アロイス様は横になられてお休みください」
え、俺また意識失うの?気が付いたら春香さんとこに戻ってるとか、そういうオチじゃない、よね?
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
桜さんの極上の微笑みを見ながら、俺ひょっとして口に出してた?と思ったが、それを聞けるほど俺の肝は据わってはいなかった。
その後、穢れの伝承と巫女さんの話を、相変わらず端折りまくって説明した桜さんであった。要点も抜けてる気がするんだが、それを指摘する勇気は俺にはない。それは、蛮勇というんだよ、坊や。
桜さんから用件の要旨を聞いた後、少し目を閉じて黙考していた冬華さんは、徐に目を開け、抑揚を感じない声で言った。
「…事情は分かりました」
え、分かったの?あの説明で分かったの?
「しかし、私はアロイスさんのご希望にお応えすることは出来ないでしょう」
「いや、私はあなたの意向は気にしていないんですが」
彼女の言葉に、即座に返した俺の言葉に、冬華さんは少し驚いた様子であったが、やはり淡々と告げた。
「例えアロイスさんが私の意向を気に留めないとしても、ご希望にお応えすることは難しいかと思います」
うーん、どういうことだ?私には心に決めた人がいる、とか。でも、そんな理由じゃ無い気がするんだけどな。
「…一応、理由をお伺いしましょうか」
俺がそう言うと、冬華さんはしばらく苦悩の表情を浮かべたが、仕方ないと諦めたのか、俺に理由を告げた。
「私は、もう男を受け入れられる体では無いのです」
その後聞いた話は、およそ想像よりも悍ましいものだった。
◇◇◇
彼女の身の上話から始まったその話によると、彼女は元々この奥平の集落の巫女として、地母神に祈りを捧げる役目を負っていた。地母神の巫女の役割は、集落を守護する地母神に祈りを捧げることと、次代の巫女を産むこと。巫女の番は、代々集落の長が、巫女成人の儀の場において集落内の男から決めることになっていた。
だが、今代の巫女、冬華さんは、あまりにも容姿可憐だったらしく、人目を惹いた。折しも集落外部との交流も増えていたこともあり、その様は山を越えて伝わっていた。そして、集落の長に色んな話が持ち込まれた。
集落内で彼女に懸想していた者は多く、誰が番に選ばれるかは常に年頃の男どもの話題だったという。一方の彼女は、決まりに従って選ばれたものと番になることについて、然程疑問も無かったという。代々そういうものだったから、自分もそうなのだと、漠然と思っていたようだ。
しかし、集落の長は信心深くは無かったようで、金子と引き換えに番の座を集落外の者に渡そうとした。集落内で、それはそれは紛糾したらしいが、集落の長が押し切った。それこそが、悲劇の幕開けであった。
伝統、不文律とは言え、村の掟を軽んじるなら、我々が黙して従う必要は無い、と一部の男は考えたらしく、何を血迷ったのか彼らは冬華さんを襲った。彼女は何度か襲われたらしく、その都度親や周囲に助けを求めたらしいが、ある意味火種になっていた彼女を彼らは積極的に助けようとはしなかった。暴漢の撃退そのものは、彼女の法力で何とかなっていたが、気を病むことは防げなかった。そして、遂に決定的な事件が起きた。
輿入れも近くなったある日、彼女が日課の祈りを庵で捧げていると、突如数人の男に襲われた。幼いころから冒すべからずと教えられていたはずの、巫女の祈りの庵にまで乱入し自分をものにしようとする男たちの、あまりにもの浅ましさ、愚かさ、汚らわしさに、そしてその原因となった自分の女の部分に、彼女は吐き気がする程嫌気がさした。
彼女は、もう手加減なしの法力で男たちを吹き飛ばした。そして、頭から油を被り、燭台の火を付けた。更には、火箸を掴み、法衣の裾をたくし上げると、自らに突き入れた。気が狂いそうになるほどの痛みと熱さの中で、彼女は笑ったという。やっと解放される、と。
「そして、私は女ではなくなったのです」
そう言った彼女の声には、何の抑揚も無かった。
そこまでやって、彼女を巡る揉め事は終わるかに思えたが、もちろんそうはならなかった。番になる予定だった者との交渉の席で、彼女は焼け爛れた顔を晒され、相手の男からは叱責され、集落の長には手をあげられた。集落の長はその夜、悶え苦しんで死んだ。そして、彼女の悲しみ、怒り、絶望に呼応するように、奥平の集落の周囲が吹雪くようになった。
「私のことを、奥平の鬼女と呼び始めたのは、その番になるはずだった男らしいですよ」
その男も、程なく不慮の事故で死んだ。その事実が、彼女の二つ名を不動のものにしたらしい。
「私は、もう女ではなく、巫女としての役割を死ぬまで果たして朽ちようと思っております」
親からもそう言われておりますし、と彼女は話の最後に寂しそうに笑った。
で、ここまで大人しく冬華さんの話を聞いた俺の感想だったが、彼女に同情はした。同情はしたが、それ以上にイライラした。
「だからどうしたと言うんだ」
「え、ですから、私は既に男の欲を受け止められるような体ではないと申し上げて…」
「ちなみに冬華さん、あんた、食事や、特に『排泄』は普通に出来るのか?」
「は、はい、それは特に支障はありませんが」
突如口調まで変わってしまった俺の、あまりに不躾な質問内容に、冬華さんは若干戸惑いつつも、正直に答えた。
「じゃあ、問題はないな」
え、と全く分かって無さそうな冬華さん。分からんなら分からんでも良いんですよ、押してダメなら引いてみな、前がダメなら(以下検閲)
「あ、アロイス様、いきなりそちらは幾ら何でも冬華様が不憫です」
そんな照れながら言われても反応に困るんですが!桜さん!
「…し、しかし私は、以前とは違いこのような醜い容姿です」
理解することを諦めたらしい冬華さんは、別の話題に変えることにしたようだ。その切り替えの早さ、素晴らしい。
「このように醜い女を、手に入れたいと思うような者など、どこにも居ないと思いますが」
「居るだろう、目の前に」
「そ、それはその、伝承の巫女として必要だから、ということですよね」
「そうだ、それは確かに違いない」
「やはり、そうですよね」
俺の身も蓋もない回答に、沈んだ雰囲気を醸し出す冬華さんであったが、違う、そこじゃない。
「何を甘いこと言ってるんだ」
「え?」
俺は正直イラついていた。境遇は全然違うが、色々と他人のせいにして諦めてしまっている目の前の女は、まるで昔の俺を見ているようで、最高にイラついた。
「自ら醜くなって、人に求められる努力もしていないのに、勝手に失望して諦めるのは甘いと言ってるんだ。悲劇のお姫様かお前は」
冬華さんは、俺のあまりにもの言いように、言葉が出ないようだった。俺はなおも続けた。
「顔が焼けたら手のひら返して捨てられただと?相手の外見が多少変わったくらいで消え失せるような想いなら、それは本物じゃないだろうに、そんなことも分からないのか」
「か、格好良過ぎです、アロイス様」
桜さんが感動したのか合いの手を入れてくるが、ここは無視だ。
「自分が醜い容姿に変わったという認識があるのなら、それでも求めてくれる相手こそ、本当の番足り得るとは思わないのか?」
俺に好き勝手言われた冬華さんは、遂に声を荒げた。
「男どもの汚い欲望、女どもの醜い嫉妬をぶつけられて、誰も助けてくれなくて、終いには自分まで醜くなってしまった私の、私の苦悩など、あなたに分かるもんですか!」
が、俺は即座に返した。
「ああ、分からんね」
彼女は、きっ、と俺を睨みつけた。善意で寝床まで貸りているというのに、不作法にも程がある物言いだろう。無遠慮な俺に、今まで積もり積もったものを全部ぶつけるような、そんな力のこもった視線だ。しかし、俺は動じない。
「あんたは可憐で持て囃された時期があったんだろう?俺にはこの体で馬鹿にされた時期しか無いからな」
彼女は、はっ、としたようだった。そう、当事者にならないと分からないことなんて、幾らでもあるんだ。
「色々あったんだろうけど、もう良いじゃねえか。助けてやるってんだから、素直に俺の手を取れよ。そっちの方が可愛いぜ」
「な、なに、を…」
俺が差し出した、不随意運動で時折揺れる手を見つめ、逡巡した冬華さんの右目から、大きな雫が落ちた。
今回のあらすじ
前がダメなら、ナニですか(おい)




