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総務おじさん探訪記  作者: 中澤 悟司
総務おじさん、降り立つ
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第8話 隷属の証

 女神様の名前はサクラに決まった。さて、取引と言うからには、ここから何か手続きでもあるのだろう。


「では、名前は『サクラサン』ですね」


メニカムさんは確認するように言いながら、俺の方を見た。なんか、この名前を出したとき、死ぬほど驚いていたように見えたんだが、何かマズいんだろうか、この名前。


「ええ、サクラさんでお願いしたいのですが、何かマズいこ……」

「よろしいですか?」


 俺が確認をしようとしたその時、部屋に入ってきてから一言も発しなかった女神様、もとい、サクラさんが声を上げた。その影響は、劇的だった。

 なんというのだろう、鈴が鳴るような声、というのはこういう声のことなのだろうか。耳に解けるように心地良い、それでいて凛とした、芯のある美しい響きであった。たった一言で、サクラさんは場の空気を完全に変えてしまった。

 俺は、そのたった一言の声に酔いしれつつ、一方で戦慄していた。これは、やはり格が違い過ぎやしないか?


「な、何でしょうか、サクラ様」


 見ろ、メニカムさんなんて、慌て過ぎて奴隷相手に様付けになってるし。いや、気持ちは分からなくも無いが。というか、これって名字じゃなくて名前だよな。こんな超絶オーラ放ってる美人を名前で呼ぶのか、ハードル高過ぎだろ。


「サクラ、ですよ、メニカム様」

「は?」

「サクラサン、ではなくて、サクラ、ですよ。ね、アロイス様」


 サクラさんは、若干放心状態のメニカムさんから、俺に目線を移し、同意を求めるように微笑んだ。

うわー、無理無理無理無理。絶対無理。自分の全身が緊張で硬直していくのを感じる。俺は、声を発することも出来ずに、引きつった笑いを浮かべるのが精一杯だった。


「旦那様、サクラさんは、後ろの『さん』は要らないと、言われているんですよ」


 女性同士だからなのか、あんまり気後れしていない感じのレアさんが助け船を出した。うん、そりゃレアさんも系統は違うが、相当な美人なのだ。美人に対抗できるのは美人しか居ないのだろう。うむ、道理である。


「あ、ああ、そういうことですね。あ、はい、分かりました」


 若干言葉遣いが怪しくなっているが、メニカムさんは気を取り直して、手続きの話を続けた。


「さて、通常でしたら隷属の証として、奴隷は主人より装着品を譲り受け、片時も離さず身に付けることとなるのですが」


 メニカムさんは俺の方を向いた。が、何だか若干切り出しにくそうだな。俺は、彼に向かって手を差し出す。『どうぞ』という意味のつもりだったのだが、伝わったのだろうか。ついついやってしまったが、ジェスチャーは気を付けないと、とんでもない誤解を生んだりするからなあ。


「実は、その、サクラさんの場合は、出来ればそれを自分の手持ちの品にして欲しいと言っておりまして」


 ん?ということは、話が合わなくないか?


「私から渡さないと意味が無いのではないのですか?」

「あー、その、サクラさんが希望の物を一旦アロイス様にお渡しますので、その上で改めてアロイス様からサクラさんに渡していただければ、形式的には何も問題はありません」


 他に何か、装飾品でもお持ちでしたら、そちらでも全然構わないとは思いますが、とメニカムさんは続けた。

 ふーむ、装着品というか、装飾品か。忘年会帰りの俺が、気の利いたアクセサリーなんぞ持っている訳も無し。


「それは今、すぐに渡すべき物なんですか?」

「隷属の証は奴隷取引の要とも言えるものですので、取引成就の大前提のひとつとなっているのです」


 メニカムさんに言えば、商売柄、きっと装着品のひとつやふたつ、すぐに用意はしてくれるのだろうけど、サクラさんが思い入れのある何かがあるのであれば、それで良いように思った。


「じゃあ、その、サクラさん?」

「はい、アロイス様」


 サクラさんは、満面の笑みで俺に、小さな箱を差し出してきた。なんかアクセサリーボックスみたいだな。俺は箱を受け取り、開けて中を確認し、思わずまた固まりかけた。いかんいかん、薄ら予想はしていたのだが、こうもストレートに来られると、何とも困る。


「こ、これは指輪ですか?」

「はい、そうです、アロイス様」


 サクラさんは、何の邪念もない、純真無垢そのものの美しい笑顔でこちらを見ている。あ、あかん、この状況は非常に心臓に悪い。っていうか、なんでこんな子が奴隷やねん、その時点でおかしいやろ。頭悪いわ、俺の夢。


「アロイス様?」


 サクラさんが不思議そうに俺の顔を伺っている。そして、その声で俺は重大なことに気が付いた。そして、確認のため、俺は声に出して言った。


「アロイス、そう、私はアロイス。そうだ、アロイスだ」


 メニカムさんとレアさんの視線が若干痛いが、これは必要な儀式なので仕方ないのだ。俺は今から、アロイスになるのだ。


「そう、私はアロイスである、名前はまだ……」

「あの、アロイス様、そろそろよろしいですか?」


 痺れを切らしたのか、メニカムさんが催促してきた。おお、そうだ、俺はアロイスとして、この指輪をサクラさんに渡さなくてはいけないのだ。


「指に、はめてもいいですか?」

「アロイス様が自ら?嬉しいです、お願いします」


 サクラさんはちょっと驚いたようだが、俺は彼女の了承を得ると、迷うことなく、彼女の艶やかな左手を取り、薬指に指輪をはめた。おお、すっげえスベスベ。頬擦りしたいな。


「あ、あの、この指は」


 左手の薬指に指輪をはめられたサクラさんは、とても困惑しているように見えた。ひょっとして文化圏が違うから、とも思ったが、彼女の表情や態度を見る限り、その意味は同じなのだろう。


「それくらい大切にするつもりです、ということで、どうでしょうか?」

「まあ!」


 声のした方を見ると、レアさんが思わず口に左手を当てていた。レアさんの左手の薬指にも、指輪があった。そして、メニカムさんの同じ指にも、同じ指輪が。つまりは、そういうことなのだ。


「訳あって、私は指輪をすることが出来ませんけどね」


 ふと、言い訳の様に言葉が出た。例えこれが夢で、アロイスという別の名前であったとしても、俺という人間には変わりない訳で、それは嫁さんに対する裏切り行為のような気がしてならなかったのだ。でも、サクラさんは全然気にしていなかったようだ。


「そうですね、そこは奥方様のものですから」


 サクラさんの発言に『え?俺既婚者って言ったっけ?』と一瞬考えたが、一般的な話としてだろう、と言うことで納得した。うん、彼女は奴隷だから、分かっていると言いたかったんだろう、きっと。健気な子じゃないか、サクラさん。本当に良いんだろうか、俺のちっぽけな良心が痛いような気もする。


 そんなこんなで、隷属の証の授与は終わった。

うーん、長くなるなぁ。


まったり進みます。

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