第77話 何とかの巣
さて、更に数日が過ぎ、俺は筋肉痛と戦いつつ、次の山を登っていた。前の峠を越えたら、本当に気候が変わってしまった。確かに暑さは無くなり、過ごしやすいどころか、肌寒くなっていたが、幾ら何でも、これはおかしくないか?
「この山越えると、雪が降ってるぞ」
詳しい者が居ないと危ないとかで、山の麓から一行に加わった道先案内人が教えてくれた。そうか、まあ、俺の地元でも、トンネルとまでは行かずとも、高速の高架下抜けたら雪国とか、マジであったからなぁ。
「しかしあんたらも物好きだなぁ、モノが欲しいだけなら俺や商人に任せてくれても良かったのに」
「いやー、奥平の鬼女でしたっけ?興味がありましてねぇ」
俺の可愛い奴隷さんが激推しなのですよ、その方。
「怖いもの見たさってやつか。ただなぁ、こんな器量良し連れて長旅なんざするもんじゃねえぜ」
「良く言われますよ、ええ」
行く先行く先でひたすら絡まれて面倒です、ハイ。問題児も連れてるので、余計に倍率ドン、なわけですよ奥さん。
「ははっ、まあ精々気を付けるこったな。世の中良い奴も多いが、悪い奴も多いからよ」
「ええ、ご忠告痛み入ります」
こういうことを言われると『すわ人攫いのフラグか?おい』とか思ってしまうのだが、この人の場合、単にお人良しかつ喋り好きなだけのようだ。実はこのやり取りも初めてではないのだが、ずっと喋ってるので、何言ったかなんか、いちいち覚えてないのだろう。
山を越えると、行商人や道先案内人が言っていたとおり、雪が降るどころか、積もっていた。しかも、空がかなり暗い。
「雲が厚いな、こりゃあ、鬼女の嘆きが来るかもしれんな」
「そうですか、では早めにしっかりと野営の準備をしましょう」
道先案内人の言葉に、行商人が答えていた。
「何ですか、それ」
道先案内人の話によれば、山を越えて北、奥平の集落の周囲は、時折猛烈に吹雪くことがあるらしく、誰が言い始めたのか、それを鬼女の嘆き、と呼んでいるらしい。なんかもう、えらい言われようだな、おい。
俺たちは道先案内人の指示で、山肌のちょっとした窪みを利用して野営の準備をした。たまに利用しているらしいその窪みは、すっかり野営用に整備されているような感じだ。こんな窪みで大丈夫なのか、とは思ったが、何度も遭遇しているという案内人が言うのだから大丈夫なのだろう。
そして、本当にやってきたそれは、想像以上にヤバかった。ホワイトアウトっていうの?ブリザードだ、ブリザード。雪除けにがっしりした布を張っているのだが、その外は何も見えないし、音も凄くて落ち着かない。これ本当に大丈夫なのか?
「実際に遭遇すると凄いでしょう?」
行商人が声を掛けてきた。どうやら、彼は初めてではないらしい。
「想像以上に凄いですね」
「ええ、奥平の里を中心に、こうやって吹雪というか、雪嵐になるんですよ。だから、彼のような案内人が居ないと、かなりの割合で遭難しますね」
まあ、そりゃそうだろうな。こんな都合良く避難場所とか、分からんし作れん。
「不思議なことに、こんな状況でも奥平の里では雲ひとつ無いらしいですよ」
ナニソレ、場所固定の台風かよ、どんな気象兵器だ。はっ!竜の(以下検閲)
「理不尽極まりないですね、それ」
異世界来てる時点で理不尽もクソも無い気がするが、それでも、である。
「昔はここまで凄くなかったんだけどなぁ。奥平の巫女が代替わりしてから、凄まじくなったんだよ」
話に入りたそうにしていた案内人が、ここぞとばかりに話し始めた。
「私は代替わりしてからしか知らないんですけど、昔はマシだったんですか?」
マシとか言ってるよ、行商人さん。
「ええ、マシでしたねぇ。もっとも、代替わりした直後は幾分強いくらいで済んでたんですけどね」
その言い方だと、絶対に碌なことが起きてないな、これ。
「何かあったんですね」
桜さんが微妙な聞き方をした。まあ、何かあったことは確定だろうけど。
「…巫女が襲われたらしいですよ、里の男達に」
「げっ」
これ、そんな反応しないの、かおりん。
それから、吹雪が落ち着くのを待ちつつ聞いたその話は、正直良く聞くようなものだった。
どうやらかなりの美人だったという奥平の鬼女は、里の巫女一族の娘としても優秀な存在であったという。先代の巫女の力が衰えたか何だかで後を継いだ鬼女は、巫女として祈りを捧げ、時には天候を左右するほどの奇蹟を見せていたという。そんな折、彼女に懸想した里の男達が、何を考えたのか、祈りを捧げている最中の無防備な彼女に襲い掛かったらしい。
らしい、というのは、襲った云々というのが、毎日巫女独りでやると決まっていた祈祷の時間に、以前から巫女への想いを公言して憚らなかった男達が巫女の庵に入っていくのを見た者が複数居たこと、その後、絶叫と共に庵から男達がはじき出されたこと、そして、同じく出てきた巫女が、変わり果てた姿であったこと、から皆が想像したものであって、実際に何が起こったのかは誰も知らなかったのだ。というのも、はじき出された男達は全員事切れていたので、事情を聞くことはかなわず、当の巫女に聞くような猛者は、里には居なかった。
その一件の後、元々里を取り巻いていた風の勢いは増し、時折猛烈に吹雪くようになった。巫女は、その醜い外見と凄まじい神力から『奥平の鬼女』と呼ばれるようになり、里の者からは畏怖と憐憫、そして僻みの感情を向けられているという。
「元々は里一番とも言われた美人で、しかも里では並ぶ者も居ない程の力を持った巫女だったから、色んな思いを持たれていたんだろうなぁ」
しみじみと語る案内人の話を聞きながらも、俺は全然違うことを考えていた。いや、流石に俺も何となく察するよ。春香さんから始まって、南に夏織さん、西に秋音さん、は暫定だが、と来れば、北は冬何とかさん、ってなるのが流れってやつでしょうよ。
春香さんは武芸者だし、夏織さんも何だかんだ言ってフィジカル的には荒くれた海の男どもと渡り合えるほど強い。秋音さんとは大して話もしていないが、聞く限りでは狩人として一級品だろう。だから、最後も一般人の枠に収まらないのが出てくるんだろうな、とは思っておりましたよ、ええ。でも、流石にこれは規模感が違い過ぎやしないか?いや、別に仮称冬さんがこの状況を巻き起こしていると決まったわけではないけど、関係はありそうな気がする。
何故かって?そりゃ~、あなた、この可愛い奴隷さんの、俺を見てからの物凄い迫力な笑顔を見てると、嫌な予感しかしないわけですよ。
「…何か楽しそうだね、桜。良いことでもあったのかい?」
「そうですね、アロイス様」
聞いて欲しそうな感じだったから聞いてみたのだが、はぐらかされてしまった。相変わらず女心、桜心は良く分からん。
今回のあらすじ
四人目は何だかヤバそうである




