第76話 奥平へ
というわけで、やんごとなき事情から、絶対に直さなくてはいけなくなってしまった差し歯のために、俺は北へ向かうことになった。
「今回は素材を頂きに向かうわけですが、また戻ってくるだけですので、春香様と山脇様はこちらでお待ちいただいてもよろしいかと思いますよ、アロイス様」
桜さんが珍しく、メンバーを指定してきた。今回の参加者は俺、桜さん、サマンサ嬢、そして夏織さんである。
「で、その心は?」
「最近春香様は、少しお疲れのようですので」
そうか、お疲れなのか。それはそれは。
「じゃあ仕方ないから私が相手してやろうか?」
だから、照れながら下ネタ振るのはやめなされ、かおりん。
「そうかそうか、夏織さんが相手してくれるのね」
俺がわざと手をワキワキさせながら近付くと、当然だがこの生娘は免疫が無いわけで。
「ひっ!何だその手は!」
「おじさんに任せてみろよ、気持ち良くしてやるぞ~」
若干焦ってる夏織さんも面白いんだが。
「いい加減にやめんかアロイス殿」
ちっ、仕掛けてきたのは向こうだぞハル爺。まあ、お嬢のマブダチとおっさんなら、どっちの味方するかなんて決まってるか。
「確かに、お嬢は最近少し疲れが溜まっているようでな」
「控えてるんだけどなぁ」
「そういうことではないわ!」
そういうことってどういうこと?ん?と追撃する勇気は俺には無い。
「気怠いのが続いているようでな、どうにもしゃっきりしないらしいのだ」
あれで?あのキレっぷりでそうなの?
「ひょっとして、ご懐妊されたとかですかね?」
何気ない桜さんの一言で、場が固まったのは言うまでもない。暫し沈黙が続いた。えっと、現実味が無さ過ぎておじさんは付いていけないのだが、だがまあ、うん、アレだな。
「…まあ、そうかもしれないぞ、やることはやってるんだし?」
だから照れながら言うなや、かおりん。押し倒したくなるからヤメレ。
◇◇◇
そんなこんなで、一応大事を取ろう、ということで春香さんとハル爺は留守番となった。秋音さんにも世話を頼み、俺達は北へ向かって旅立った。
歩くこと数日、そこそこ険しい峠道を、俺はヒイヒイ言いながら登っていた。季節的には初夏から夏に移りつつある、といったところだろうか。暑い、単純に暑い。何故俺はこんな峠道を歩いているんだろうか、それは、そこに道があるからだよ。道が無ければ登らなくてもいいんじゃないのか、ひょっとして。
「桜さん」
「桜です」
「…桜、暑いんだけど」
「確かに暑いですねぇ、アロイス様。でも湿気が無い分、故郷よりは幾分過ごしやすいのでは?」
ああ、確かそんなことも言ったな、俺。よく覚えてるな。
「でも暑いんだよ、どうにかならないかな、これ」
無茶振りも良いところだが、もうまともに頭が回らない。
「では、少し休憩いたしましょうか。木陰もありますし」
そう言うと、桜さんは同行している行商人に声をかけた。木陰に倒れるように座り込むと、桜さんが湧水を汲んできてくれた。俺は水筒を受け取ると、少し飲んで、残りは頭から浴びた。はー、生き返った。
「いやー、ありがとう桜。倒れるかと思ったよ」
「いえいえ、私も気付かなくて申し訳ないです」
「なんだアロイス殿、ヘバってるのか?相変わらず体力が無いなぁ」
「いやはや、面目無い。もうおっさんだからな」
かおりんに揶揄われたが、実際そうなので言い返せない。でも言いたいのだ、俺は巫女さんや穢れの影響で多少底上げされてるとは言え、ベースは大して運動もしていないモヤシおじさんなのである。登山なんてやりたくない。俺が登りたいのはガールの上だけだ。
「俺は根っからのホワイトカラーなんだよ」
「何だそりゃ」
適当な会話を繰り広げていると、同行している行商人が声をかけてきた。
「この峠を越えると、涼しくなりますよ、旦那」
何度か奥平の集落に行ったことがあるということで、案内を頼んだ行商人は、そう言うと峠の向こうを見やった。
「というか、寒くなるかもしれません」
「寒い?雪でも降るんですか?」
確かにそこそこ歩いてはきたが、流石に気候が変わるほど移動はしていないと思うのだが。
「この峠境じゃあ、冬でもあんまり降らないんですがね」
「ということは、もっと北に行くと降ってるんですか」
「そうですね、奥平までにもうひとつ山越えがありますけど、その向こうは年中降ってますね」
…は?流石に北海道でも春が来るけど、どういうことよ。
今回のお話
引きこもりデスクワーカーは体力なんぞないです




