第75話 義歯は人伝
さて、お次に来たるは細工師の工房である。細工って言うと、貴金属とか、螺鈿とか、そんな感じだろうか。工房の中までは入っていないので良く分からんが。
打ち合わせ用みたいな感じの場所に案内された俺たちは、早速話をすることになった。
「歯、ですかい?」
不思議そうに聞いてくる工房の主に、俺はざっくりと説明した。
「ははあ、そういうことね」
工房主は、興味深そうに差し歯の破片を見ながら呟きはじめた。
「この感じだと、あれかなぁ、でもちょっと違うかなぁ」
暫く独りで呟いていた工房主は、ふと何かを思い付いたように、こちらを見た。
「この素材だけど、似たようなのは見たことあるな」
「そうなんですか?」
俺は工房主の言葉に驚いた。これと同じような素材があるって、石か何かか?いや、それならさっきの焼き物屋が知ってるだろうし。焼き物屋が知らなくて、細工屋が知っているものって、一体何だろうか。
「何かの獣の歯か牙だったかな?磨くとこんな感じになったな」
なるほど、それって象牙とか、そういう類のやつか?でもあれって、もっと色が付いてたような気がするんだけどな。こっちの象牙は白いのか、それとも若干黄色っぽく変色してる俺の差し歯なら、色が合うんだろうか。
「義歯だっけ?て言うくらいだから、似たような素材って言うなら、獣の歯とか、それこそ他人の歯じゃないかね。まあ、俺ならそんなもの口の中に入れるのは御免だが」
まあ確かに俺でも、他の人の歯を入れられるのはちょっと生理的にしんどい気がする。特に変色した歯なんて、御免である。イイ女の歯だと言われても、歯は、ちょっと無いなー。
「後は、術加工した石かねぇ」
「術加工?」
「そうそう、術者によって出来上がるもんは色々だからね、白色加工が得意なのは、北の果ての奥平ってとこにいる鬼女って話だが」
「鬼女?」
なんか、ミステリアスファンタジーかつデンジャラスなキーワードがパラレルゴーってフィーリングだな。
「噂じゃ気に入らねぇヤツは妖術で凍らされるとか、不幸になる呪いをかけられるとか聞くけどな。とんでもねぇ醜女だとか、村外れのボロ屋に幽閉されてるとか、どこまで本当なんだか、眉唾だねぇ。あの村は偏屈が多いしな」
パワーワードが続きますな、おやっさん。
「行ったことあるんですか?その、奥平に」
「いんや、俺は無いけど、仕入れの連中がたまになぁ。聞いた話じゃ、まあ閉じこもってる連中だわ」
ただの閉鎖的な田舎じゃないのか?それ。交通網が未発達な世界だと、むしろそっちの方がデフォだと思うんだが、余程酷い何かがあるのか。
その後も、俺は歯の話はそっちのけで工房主から奥平の話を聞いていた。何故かって、そりゃ、分かるでしょう奥さん。うちの可愛い奴隷さんが、これ以上ないって程に黒い笑顔を浮かべておいでなんですわ。このパターン、青だな(違)
「では、その術加工した白い石があれば、それを元に義歯の加工が出来そうですか?」
「まあ、出来ると思うよ、形は。後はその石を土台にどうやってくっつけるのか、ってとこだけど、その土台って外せるのかい?」
「あ」
「まさか、そのままで細工しろって言うのか?まあ、出来んことはないけど」
工房主は苦笑いした。この世界には歯医者など居はしないのだ。
◇◇◇
「どうやら、奥平ってところに行く必要がありそうだな」
細工師の工房を後にし、俺は独り言ちていた。
「そうですね、そこに行けば義歯の材料が手に入りそうですね、アロイス様」
「うーん、しかしその鬼女だっけ?と直接交渉しなけりゃいけないんだよなぁ」
「そうですね、その方しか作っていない上に、気に入った方にしか渡さないということでしたね、アロイス様」
ああ、独り言なのにいつの間にか普通に会話にしてしまう俺の奴隷ちゃんは今日も良い笑顔です。
「で、奥平って結構遠いんだよね、さっき聞いた感じだと」
「そうですね、ここからですと北東に20日ほど、といったところでしょうか、アロイス様」
20日かぁ、またあの『ハル爺と愉快な仲間たち』になるのかぁ。しかも歩き、だよねぇ。
「あのさ、桜さん」
「桜です」
「…桜」
「はい何でしょう、アロイス様」
「もうそこまで行かなくても良くない?」
そう、正直なところ、俺としては差し歯の表面が無くても、ぶっちゃけ大して困っていないのである。お歯黒と度々言われるのが若干面倒なのと、舌触りに若干違和感があるくらいで、どっちも慣れれば問題ないレベルの話なのだ。
どちらかと言えば現実逃避して引きこもりたい俺を前に、桜さんが珍しく何かを言い淀んでいる雰囲気であった。何だろう、もじもじしてるのもあざと可愛い桜さん、ああ、駄目だ。
「え?どうしたの?桜」
「そ、その、アロイス様、これは春香様もお感じとのことなのですが」
「うん、どうしたの?」
そう言うと桜さんは立ち止まった。ちなみに、いつの間にか秋音さん達他のメンバーとは少し離れていた。
俺も同じく立ち止まった。桜さんと春香さんが同じように感じていることとは、一体何だろうか。分かるような、分からないような、分かりたくないような。
少しの間、逡巡した彼女だったが、やがて頬を染めつつ口を開いた。
「最近、あの、(自主規制)を甘噛みされた時にですね、その、尖ってるせいかちょっと痛い時がありまして、出来ればその、優しく」
「あー分かった行きましょう行きましょう奥平でもどこでも行きましょう」
相手を傷付けないよう、お手入れは最低限のマナーですね、はい。爪切り歯磨きと一緒ですよ、奥さん。
女の子はデリケートな生き物なのです。
はー、5年目にしてやっとメイン?ヒロインの影が(え)




