第70話 結局そんなオチ
「ふーむ、その歯、やっぱり気になるねぇ」
診察のようなものを終えると、女医さんが唐突に話始めた。
「ああ、差し歯のことですか?」
そう、夏織さんの御美脚ハイキック事件で盛大に欠けたというか、飛んだというか、無くなってしまった差し歯の表面コーティングのことである。ああ、しかしあの光景を思い出すたびにヴァルハラの門を開けそうになるのは何故だろうか。まあ、ヴァはヴァでも、ヴァ(以下自主規制)はっ、女医さんの後ろに控える大天使様からの殺気が。
「…難儀な性格だな、あなたも」
「いえいえ、先生ほどでは」
ふふふ、ははは、とついつい和んでしまったが、そんな場合ではない。
「まあ、出来れば治したいんですが、歯医者って…」
「そうかそうか治したいか、そうだろうそうだろう」
あ、あからさまに怪しいな、この反応。
「あ、いや、出来ればなんですけど」
「いやいや、お歯黒とかずっと言われるのも、なかなか嫌ではないかね、ん?」
なんでそれをあんたが知ってるのかね、ん?と問い詰めたい、とっても問い詰めたい。
「まあ、説明が面倒なのは確かですねぇ」
男がお歯黒ってなんでやねんと、必ず突っ込まれるからなぁ。と思っていたら、女医さんが本題に入ったようだ。
「ここから西に行くと、工芸が得意な民が住んでいる森があるのだが」
おお、なんかいきなり説明口調になってるな、これってやっぱり。
「そうなんですか、工芸って言いますと、焼き窯とかあったりするんですかね」
「おお、そうそう、察しが良いな、ルーデルさん。あそこの茶碗はなかなか出回らないんだが、実に手に馴染む品でね。私もたまたま運よく手に入れて愛用しているんだが。で、そこであれば、義歯の加工もしてくれると思うんだが」
だが、ということは、何かあるということだな。
「遠いんですか?」
「いや、遠くはないんだが、その民というのが、なかなかに気難しい森の民、エロフ、いや、森霊族達なんだよ」
おい、今エロフって言ったよなこの人。
「土着の民であったが、かの地を治める守護より森を預かる形で、森の守り人を続けている者たちでな」
エロフって言ったよな。
「と言うより、あの森自体は不可侵の聖域として、治外法権が認められているのだ」
エロフで治外法権と言えば、酒池肉林!
「凄いところなんですねぇ、西の森」
治外法権にエロフがたっぷり、まさに西方浄土、極楽浄土に桃源郷じゃねえか。楽しみだなぁグヘヘ。あ、桃源郷って、桃みたいなプリケツがいっぱ(以下自主規制)
「…なあ、アロイス殿ってなんか違うこと考えてないか、同志春香よ」
「あの顔は、多分ゲスなことを考えてる時の顔ね」
「おっ、流石は情婦春香、アロイス殿の表情を読むのは任せろって感じだな」
「誰が情婦よ!誰が!」
そこ!俺の妄想を邪魔するんじゃねぇ!
「おい、まだ話の途中なんだが」
ニヤニヤしながら言われても先生、全く怖くありません。でも、後ろの大天使様の黒い笑顔が怖いので止めます、ハイ。
「ああ、私としたことが、ちょっと考え事を。これは失礼」
「いやいや、まあ起きたばかりだし、まだお疲れだろう。話はこれくらいにして、今日のところはそろそろ『休憩』されてはいかがかな?」
その瞬間、白衣の大天使様からブリザードが吹き荒れた。ひいぃぃぃっ!怖い怖い怖い!まさしく神託の執行人である。
「さあ、キミも行こうか」
先生は、笑みが深い看護師様を伴って出て行った。部屋を出る間際、こっちをちらっと見た先生の顔は、もう楽しくて仕方なくてワクワクドキドキ、といった表情だった。うん、間違いない、あれ絶対に佐久夜さんだ。
ドアが閉まると、俺は大きく息をついた。
◇◇◇
さて、診察の後、桜さんに唆されて春香さんとしっかり『休憩』してしまった俺は、頭を抱えていた。
「ど、どうしよう、もう駄目だ」
そんな俺を、暫くどこかに行って、ついさっき戻ってきた夏織さんが訝しげに見ていた。
「なあ、なんか起きてから不安定すぎないか、アロイス殿」
「そうですねぇ、やはり奥様が気にかかっておられるのでしょうか」
あ、桜さんや、今それを言うと。
「はああぁぁぁ??お、奥様って、ど、どういうことよアロイス!!!」
「いや、ち、違うんだ春香さん。これは、その」
「何がどう違うのか、説明しなさいよ!この私に!委細詳細に!」
「ひいぃぃぃ」
で、そこに一番参戦して欲しくない方が。
「ルーデルさん、お加減はいかがで…」
もう嫌だ、私は貝になりたい。




