第64話 ぶち壊し
俺が勝手にゲンさん呼ばわりしている鍛治師の源造さんには断られたが、そのお弟子さんである橘吉正さんに、春香嬢の刀を打ってもらうことになった。
作刀の依頼先は決まったが、完成には時間がそれなりに掛かる、そりゃそうだ、ということで、一旦夏織さんの実家を辞することになった。昔見たテレビ番組か何かで、日本刀は仕上げの研ぎの工程だけで1ヶ月掛かるとか何とか言ってた記憶がある。まあ、現代の日本刀は、製造されるそのほとんどが美術刀剣とかいう話だったから、実用武具としての刀を作るのにそこまで時間を掛けるとも思えないけれども、まあ時間は必要は必要だろう。
出来上がるまで橘家にお世話になる、という選択肢もあったのだが、港に特に用事があるわけでもなく、観光地があるわけでもなく、居候の身で盛るわけにもいかず、有り体に言えば暇を持て余すのだ。最後、笑うところですよ?
では、橘家から出るとして、じゃあどうするよ、という話ではある。これもまた、特にアテがあるわけではない。ただ、自分でも忘れがちだが、俺には嫁様と子供達が待つ日本に帰還するという大目標があるわけで。
幾つか考えてはみたものの、桜さんの勧めもあり、佐久夜さんのところに一旦『帰る』ことにしたわけだが、帰るって言うのは何か違う気がするな。
「で、何であなたがついてくるのですかね?橘さんや」
「他人行儀だな、夏織でいいぞ、誰も気にしない」
佐久夜さんのところへ向かう道中、何故か夏織さんがついてきた。春香さんが気に入ったとかで、勝手についてきたのだが、これが期待を裏切らないトラブルメーカーであった。
しおらしいのは吉正さんの前だけだったようで、ゲンさんところを辞した後は馴染みのカオりんに戻っていた。なんか、こいつの呼称はカオりんで良い気がする。
この女、とにかく宿場毎に賭場に突撃して場を荒らすのは序の口で、喧嘩も手が早いし、なまじ強いので手が付けられない。しかも見てくれだけは若干露出多めのいい女なので、三人娘でもウザかった馬鹿な男が更に群がることに。やっかみもあって、俺の扱いは更に酷くなった。受け枠の春香さんの負担は大きいはずなのだが、こちらもこちらで同年代の女友達が出来たのが余程嬉しかったのか、ハル爺共々特に気にしてもいない様子。こいつらは大丈夫なんだろうか。
「いや、あなたと私は特に親しくもない他人ですし、付き合う気もない妙齢の女性と親しくするのも如何なものかと」
「妙齢って、爺みたいだな、ははっ」
そうだったっけ?まあ、どうでも良いが。俺が会話を終了しようとしたとき、カオりんがなんかとんでもないことを言い出した。
「女の秘密を見せた仲じゃないか。それとも、アロイスは親しくもない妙齢の女性の秘密を凝視するような下衆な輩なのかね?」
「いや、あれはまあ、事故というか、不可抗力というか」
俺が対処に困っていると、サマンサさんが、ふっ、と笑った。こいつ、人の不幸や窮地が大好きな人種なのだ。絶対にいつかピーしてやる、ぷんぷん。その横で、相変わらず黒い笑顔の桜さん。何だろう、その天上の笑顔で、素に戻ってしまいました。そして、耳を真っ赤にしているカオりんに向かって告げた。
「恥ずかしいのに無理して言わんでも。それに、そんなこと言ってるって、吉正さんが知ったらどう思うだろうなぁ」
「ま、マサ兄はそんなこと信じないからな。一笑に付して終わりだ」
「そうか、まあ、確かに吉正さんならそうかもな」
「だろう?だろう?」
凄く嬉しそうなカオりんであった。でもカオりん、君が思っていることと、俺が思っていることは、きっと違うと思うぞ。まあ、いちいちそれを言う程俺も子供ではないが。
「どちらかと言えば、信じないというよりも、思い付かない、という方が正しいような気がいたしますが」
おう、伏兵が火を噴きましたぜ。桜さんや、殺る気満々じゃないですか。そして、このパターンに入ったということは、絶対に次は。
「それは、どう違うのですか?桜」
はい、春香さん来ましたよ。分かってか分からずか、追い込み漁になると必ず参加してくるこの娘、清楚な見た目に反して実は腹黒なんじゃないかと疑いたくなるときがありますハイ。でも怖いからそんなことは言いませんが。
そしてその後、やっぱり散々にいたぶられたカオりんであった、南無。しかし、無茶ばっかりする割に、純なところもあって弄られ役とか、何そのポンコツ属性。他人なら笑えるかもしれんが、マジの連れは痛いだけだわ。
そんなこんなで、騒々しく道中は過ぎていった。
で、別のある日。カオスな状況はまたしても続くわけで、皆と少し離れていた俺の目の前に、どう見ても不審者にしか見えないデブが立ち塞がっていた。
「……申し訳ないですが、先を急ぎますので、道を空けていただけませんか?」
下手に出た俺に対し、デブは、ふっ、と一瞬笑った。イラッとした俺は、誰も見ていないのを良いことに、天断さんに手を掛けた。流石の俺でも、こんな手ぶらの脂肪の塊に負ける気はしない。
「よ、よせ。話せば分かる」
話をしなかったのは貴様だ、デブ。ハー〇様みたいな格好しやがって、パンクな革ジャンとか、時代感も糞もぶち壊しじゃねぇか。
「我が名は大黒天。七つの穢れの一柱にして、強欲の試練を与える者」
…は?
「求めし者よ、我の元に来たということは、試練に挑む覚悟はあるのだろうな」
「いや、覚悟も何も、私はあなたのことは存じ上げないのですが」
暫く、沈黙が続いた。自称大黒天さんが、その微妙な沈黙を破った。
「……え、あー、何か、単にたまたま通りかかっただけと、そう申すか」
「ま、まあ、そうなりますね」
これ、いや、恐らくは狙ってやった可能性はあるな、桜さん辺りが。あまりにも都合が良過ぎる。こんな人里離れた辺鄙な場所をわざわざ通る必然性は無いんじゃないのだろうか。まあ、佐久夜さんの家がどこにあるかも分からんので、言いがかりに近いものはあるが。それに、俺の単独行動までは流石に予想できないはず、と思いたいな。
いかんいかん、陰謀論者宜しく、何でも桜さん黒幕説になりつつあるな。
俺は気を取り直し、あからさまにがっかりしている自称大黒天さんに話を振った。
「あの、ここを通ったのはたまたまなんですが、穢れを求めているのは事実です」
「そうかそうか、さもあろう、このような場所にわざわざやってくるなど、最近では道に迷って行き倒れになりかけたような連中ばかりであったからな。お主のようにまともに動ける者は久し振りだ」
……やっぱり、桜さんの差し金っぽいんだが。
ぶち壊してるのは作者だ、とかいう突っ込みは華麗にスルー。
色々と限界なのですよ、色々と。




