第63話 吉正と夏織、そして春香
「ハル爺は源造様と知り合いだったのですね」
春香さんが、気になっていたことを聞いてくれた。そうなのだ、噂に聞いている、とかいう程度の関係かと思ったら、昔からどうとか、がっつり知り合いじゃないか。
「うむ、知り合いかと言えば、まあ、そうですかな。そんなに話をしたことは無いと思うが、あいつの『作品』には随分と世話になったものですからな、ついつい知ってるような感じになってしまうのですよ、お嬢」
ああ、作る傍から壊しやがって、とか言ってたやつだな。それだけ修羅場を潜ってきたってことだろう。ハル爺、やっぱり凄いわな。
「そうですか、刀は鍛冶師を語ると言いますものね」
「そういうことですな」
春香さんはハートフル師弟モードに突入し掛かった雰囲気を押しとどめて、残念そうに言った。
「しかし、私の刀は打ってはいただけないのですね」
「そうですなぁ。腕が良いのは確かだけに、真打ちならずとも、繋ぎとしては申し分ない刀になるに違いないだけに、勿体ない。国信に迫る物も、打てるだけの腕はあろうだろうに」
そこで、お弟子さんこと吉正さんが口を開いた。
「その仕事、良ろしければ私にさせていただけませんか、山脇様」
「む?良いのか、師は打たぬと言っていたが」
ハル爺は、吉正さんの言葉に、少し驚きながらも尋ねた。そりゃそうだな、こういう徒弟制度的なやり方の業界では、弟子が師匠の意向を無視して仕事取ったりしたら、絶対にややこしい話になるからな。
「大丈夫ですよ。これまでも何度か、師が受けないと言った仕事を受けてきましたから」
「そうか、いや、こちらとしては助かるが、しかし」
ハル爺は、珍しく逡巡していた。これはあれか、ゲンさんの腕は分かっているが、吉正さんの腕がどの程度かは不明だ。あとは、本当に良いのか、考えているのかね?幾らフリとは言え、師匠が拒んでいる依頼だしな。
「私の腕を案じておられるかもしれませんが、そうですね、あれを見ていただければ」
そう言うと、吉正さんは席を離れた。
「どう思う?」
吉正さんが離れたことを確認してから、俺は桜さんに聞いた。彼女なら、何か知っているかも知れない、と言うよりは、確実に知っているだろう。何故なら。
「とても、面白い、いえ、興味深いことになりそうですね」
いや、もうそれ悪代官の顔だから、桜さん。若い別嬪さんが、そんな顔しちゃいけません、変な扉開きそうだから止めて。
◇◇◇
暫くすると、吉正さんが帰ってきた。手には、小刀なのか、ちょっと長い包丁のようなものを持っていた。抜き身で持ってこられるのは、ちょっと怖いんだが。
「ほう、それは?」
ハル爺の目付きが変わった。何やら興味を惹いたらしい。
「これは、私が以前練習として打った小太刀もどきです。師にも見ていただきました」
どうぞ、と吉正さんはハル爺の前に置いた。ハル爺は、すぐに手に取ると、検めはじめた
「これは…」
「いかがでございましょう、師にはまだまだ及びませぬが、繋ぎにはお使いいただけるものは打てようかと」
ハル爺は吉正さんを見据えた。吉正さんも目を逸らさず、じっとハル爺と見合う。これは、静かな真剣勝負だな。というか、このふたりもそうなんだが、もうひとり今にも卒倒しそうなのがいるんだが。大丈夫か、夏織さん。息しろ、息。
「…ふう、良かろう、その心意気、買った」
「ありがとうございます、全霊を持って取りかかります」
「ふーー」
なんか、凄い息が漏れたな。みんながそちらを向くと、夏織さんが真っ赤になっていた。
「ありがとう、夏織。他でもない、お前にやっと出来た女友達の振う刀だ、私が今打てる最高のものを用意するよ」
「お、お兄様」
「だから、もうその呼び方は止しなさい、特に人前ではいけないよ」
優しげな笑みを浮かべる吉正さんに、目を潤ませながら相対する夏織さんの図。何この超ゲロ甘な空気は。生きてるのが辛いレベルだ、汚れたおじさんには眩しすぎるよ、この絵図。
そんな、超甘い空気に包まれたふたりを、目をキラキラさせながら見ている女子がいた。
「ああ、あれです、まさしくあれです。私もああいう感じに殿方となりたいのです」
今にも『きゃー!』とか言い出しそうな感じの春香さんに、桜さんが告げた。
「大丈夫ですよ、春香様」
「何?何が大丈夫なの、桜」
何言ってるか分からない、という感じで、きょとんとした表情の春香さんを前に、ドヤ顔の桜さん。
あ、嫌な予感が。
「アロイス様は、決めるときは決める方ですよ」
「はあああ?」
春香さんが、驚愕とも呆れて物も言えないとも取れる表情で、桜さんを見詰めた。
「アロイスが?いや、それは無いでしょう桜、あれは無粋の極みですよ」
そう言うと、タガが外れたのか、春香さんが凄い勢いで、如何に俺が無粋かというのを、伽の話を具体的に持ち出して桜さんにし始めたので、ハル爺が慌てて止めに入った。
「こ、これお嬢!そういう話はここでしてはいかん!」
意外と?天然というか、うっかりさんだからなぁ、春香さん。まあ、流石に今回は気が付いたのか、茹で蛸みたいに真っ赤になってたけど。
そして、恐ろしいのは相変わらずの桜さんの笑顔だ。あの笑顔は黒いヤツだ、絶対にヤバい。俺の嫁様対応で鍛え抜かれた勘が、そう告げていた。フラグを立てたのか、それとも立ったフラグをへし折ったのか、なんせ、何かあるな。
そんなこんなで、もう程々に暗くなってから、俺たちはゲンさんのところを辞した。
だ、大丈夫なのか、作者も想定外のこの展開(苦笑)




