第62話 いつの時代にもいるのね
「天断?なんだぁ?その刀は」
ゲンさんは、俺の腰に差さっていた天断さんを睨み付けた。
「な、何とは?」
顔が怖い、怖いよゲンさん。目が据わってるよ。
「その『ナマクラ』を貸せ」
ゲンさんがその言葉を発した瞬間だった、恐ろしいことが起きた。もう一度言おう、恐ろしいことが起きたのだ。
“誰が『ナマクラ』かっ!”
その声は、座っている俺の腰の横辺り、ちょうど天断さんを置いている辺りから聞こえてきた。当り前だが、今は俺の腰の周囲に人の顔などないはずだ。まあ、たまに気付かないうちに桜さんの顔があったりするけど、少なくとも今はないな。空耳か?幻聴の類とか、俺もいよいよ本格的に精神状態がヤバくなってきたのかもしれん。
「あ、天断さんは、ナマクラでは無いと思いますが」
俺は、その声の主に気を取られつつも、ゲンさんに答えた。
「んなことは分かってる。言葉の綾、ってヤツよ」
ゲンさんは、ニヤリと笑った。
「その刀はなぁ、あまりにも雰囲気つーか、存在感が薄いんだよ、違和感があるくれぇになぁ」
ゲンさんは、続けた。
「妖刀魔刀の類は、大抵がそうだ。可笑しいくらい存在感を主張するか、その逆か。で、俺の経験と勘によれば」
ゲンさんは、天断さんを指さすと、言い切った。
「そいつぁ、稀代の悪党、いや、悪刀、ってとこだな」
そして、ゲンさんは天断さんに手を伸ばすと、鞘を掴み、抜こうとした。
が、抜けなかった。
「お、抜けねぇな」
「ええ、それは私が意識しないと抜けないのですよ。他の方にはちょっとばかり危ない代物でしてね」
「ほぅ、そうかい」
ゲンさんは目を細めた。そこで、桜さんが言葉を発した。
「その刀は、アロイス様以外には抜くこと叶いませぬ故、自重くださいませ、源造様」
俺はその瞬間、奇妙な違和感に包まれた。あれ?俺以外はこの刀は抜けないのか?そうだっただろうか。抜いたら気が触れるとかいうのはあったと思うが、はて。いや、そもそも抜く抜かないではなく、触れたら、という話をしていたような気もするのだが。何かが俺の意識というか、記憶に干渉しているような、そんな感覚を覚えるな。
俺が考えを横に飛ばしていると、桜さんとゲンさんとのアイコンタクトが終わったようだった。
「そうか、そういうことなら仕方ねぇな、ありがとよ」
ゲンさんはそう言うと、俺の隣に天断さんを戻した。最後の謝意は、俺にというよりは、天断さんに言ったような気もするが。
「で、どうなのだ、刀は打ってくれるのか」
ハル爺が再度ゲンさんに問うた。しかし、これは恐らく、もう答えは決まっているだろう。
「くどいな、俺は打たん。他を当たれ」
「ぬう、何故だ。東青家直系の春香お嬢の依頼でも断るのか、お主は」
「だからだよ」
納得がいかず食い下がるハル爺を、ゲンさんは突き放した。
「国信と比較されちゃぁ、堪らんよ。しかもそんな出鱈目な代物まであると来た」
天断さんを見て、ゲンさんは、先程までの斜な雰囲気を消し、意外なくらい真面目な顔つきで言った。
「そいつは人の手が届くもんじゃねぇ。俺は、人ならざる者に挑むほど、無謀じゃないんでな」
「何じゃ、職人とは道を究めるためなら万難を排するものではないのか?」
ハル爺は、煽り気味に言ったが、ゲンさんは取り合わなかった。
「俺はな、人としての道を踏み外してまで究めたいとは思わねぇ、そんだけのことだ。分かったら帰れ」
ゲンさんは、そこまで言うと、ハル爺の言葉を待たずに立ち上がり、部屋を出て行った。
「ふむ、頑ななものだな」
ハル爺は、憤るわけでもなく、小さく零した。これは、きっと何か訳ありなのだろうな。それくらいなら、俺でも分かる。大方、親類の誰かが禁忌に手を出したとか、いやー、ありがちな設定だな、おい。
ただ、一方でこうも思うのだ。人は何故か、ときに愚かな選択をしてしまう。普段なら絶対にやらないこと、いや、そこまで極端でなくとも、多分やらないだろうな、というような行為を、往々にしてやってしまう。そこはもう、理屈ではないんだよな。勿論、精神医学だ心理学だ、何故そうなるかの理屈はあるんだろうけども、実際にその選択肢が目の前に来たときに、果たしてどれだけの人間が『正しい選択』をすることが出来るのか。例えば、俺の目の前に障碍の無い体が手に入る選択肢があったら、対価次第では選んでしまう可能性は否定できない。40年程付き合ってきて、もう程々に諦めもついた自分の体だが、それでも、と思うことはあるのだ。
まあ、何が正しいか、なんて、価値観次第だから、普遍的に正しいなんてのは幻想に過ぎない、ってのも、この歳になると分かってくるもんだ。だからどうした、って言われたら、どうもしないわけだが。こうやって、うだうだとあーでないこーでないと考えるのが好きなのだよ、俺は。
で、こうやってトリップしている間に、話が進んでいたようで。いつの間にかお弟子さんと夏織さんも帰ってきていた。
「すみません。とても有り難い申し出だというのは、師匠も頭では理解しているとは思うのですが」
お弟子さん、橘吉正さんというらしいが、名前からすると夏織さんの親戚か何かだろうか。まあそれは一旦置いといて、吉正さんは申し訳なさそうに言った。
「まあ、仕方なかろう。一度言い出すと聞かんのは知っておるからな」
「ええ、以前はもう少し聞き入れてもらえたのですが、最近は特に難しく」
さっき考えていたことがどうしても気になった俺は、話が切れたタイミングで聞いてみた。
「あの、吉正さん、でよろしいですか。少々立ち入った話ですが、源造さんが頑なに断る理由は、外道に手は染めないとかいうことでしたけれども、何かあったのですか?」
「ああ、今回はそんなことを申し上げましたか」
「そうだな、そんなことを言っておったな」
吉正さんとハル爺は、二人揃って、やれやれ、といった感じでシンクロしていた。え?これ言ったらあかんかったやつ?
「あいつは昔っからそうでな、何かこう、それっぽいことを言って悦に入っておるのだ。なまじ腕が良いだけに、無駄に説得力があってな。お主のように知らぬ人間が聞けば、勘繰るのも無理はない」
それ、厨二病ってやつじゃねーか。何それ、俺の高尚な思索を返してくれ……。
さて、どう収拾していくのか(ぉぃ)




