第61話 源造ことゲンさん
ハル爺は荒れていた。
「なんじゃあいつは!この儂を謀りおって!」
いや、あれはあんたが悪いと思うぞ、ハル爺や。職人なんて、そんなもんだよ。俺は、親父が職人抱えてたから、何となく雰囲気は分かるんだよ。あんたが刀で語るように、職人は作品で語るんだよな。魂込めて語ってる最中に邪魔したら、そりゃぶち切れるって。そう言う意味では類友だと思うんだが、似た者同士は反発し合うっていうのも聞くよな。磁石みたいなもんか。
「ハル爺、落ち着きなさい!」
春香さんが一喝した。おお!凄い!
「武人は細かいことを気にしない、恨み言など見苦しい、と私に教えたのは、誰でしたか?」
ハル爺は、春香さんを見詰めた。春香さんも、視線を外すことなく、ハル爺を見ている。場を包んでいた緊張感が、徐々に弛緩していく。何というか、この後の展開が読めるのは俺だけではないはずだ。
「お、お嬢」
「何ですか、ハル爺」
「お嬢に説教される日が来ようとは、儂も歳を取りましたな」
しみじみと告げるハル爺、そして、万感の思いを込めて、彼は爆発した。
「立派になられましたな、お嬢!儂は嬉しゅうございますぞ!」
「は、ハル爺、何を…」
「あのハナ垂れ小僧のようであったお嬢が、儂に説教を、説教を、儂は、儂は!」
「誰がハナ垂れ小僧ですか!」
ああ、やっぱりこのパターンになるのね、もう放置でいいかしら、この主従。
ひとしきり騒いだ後、何食わぬ顔で春香さんが切り出した。
「これからどうするのですか、ハル爺。このまま待っていても、いつになるか分かりませんよ」
「それでしたら、もうそろそろかと思いますよ、春香様」
ハル爺よりも先に、桜さんが答えた。
「どうしてそう思うのだ。桜よ、申してみよ」
「音が変わりましたので、山脇様」
音?あの叩く音か?耳の悪い俺には変わってるようには聞こえないんだが。他の面子もピンと来てない感じだが、どうなんだろうか。
ニコニコ笑っている桜さんに色々聞いているうちに、どうやら本当に作業は一段落したらしく、職人達が母屋に入ってきた。その中のひとりが、こちらに近づくと言った。
「これはこれは、何も出さずにお待たせして申し訳ない。お茶くらいしかありませんが、こちらへどうぞ」
何というか、随分と躾されてる職人だな、あの鍛冶屋の仕込みだとは到底思えないんだが、どういうことだろう。俺の疑問は、次の瞬間にかき消された。
俺の後ろから、すっと影が出たかと思えば、洗練された所作で挨拶をする人物が居た。
「突然の訪問にも関わらず、ご丁寧にありがとうございます」
誰だお前は。夏織さん、もう別人だよねそれ、耳が真っ赤だけど。
◇◇◇
「いやー、誰かと思えば夏織だったか。すっかり見違えたねぇ」
「嫌ですわ、お兄様ったら」
俺と春香さんは、唖然としていた。見違えるとか、そんなチャチなもんじゃねえ、もっと凄い何かだ、これは。
「お兄様か、それも久し振りに聞くね」
「あら、私としたことが子供っぽかったですわね」
コロコロと笑う無垢な年頃の乙女を完璧に演じる夏織さんに、凄いを通り越して黒いものを感じた俺であった。
「何乳繰りあってんだ、そんなこたぁ、もっとマトモに打てるようになってからにせえや、マサァ」
会話に割り込んできたのは、鍛冶場でハル爺とやり合っていたおっさんであった。恐らくは鍛冶屋その人であろう。しっかし、良いガタイしてるなぁ。俺よりも年上っぽいんだけど、筋骨隆々。ポーズ取ったり、マッスルさん抱いて!って言われてるような感じだな。
「すみません、親方」
マサさんは飯の準備でもするのか、台所に向かうと言って去っていった。夏織さんは、私もお手伝いいたしますわ、とかってついて行ってしまった。おい、あんた一応顔繋ぎで来たんじゃないのかよ。だが、欲望に素直でよろしい、おじさんはそういう分かりやすい娘、結構好きよ。
「で、元侍大将の子守さんが、直接出張ってまで何の用だぁ」
マサさんがいた場所にそのまま座り込むと、鍛冶屋の親方、源造さんはハル爺に吹っかけた。ハル爺の眉毛が動いた。ああ、これまた始まるの?め、面倒臭いなぁ。なんだろうな、この体育会系の『一度拳を交えてこそ、胸襟を開くものよ』みたいな暑苦しいノリは。俺は基本文化部インドア派なんだけどな。
「何じゃ、儂はお前のことなど知らんぞ」
ハル爺がしらばっくれると、源造さんも負けてはいなかった。
「どこの阿呆だったかのぅ、斬り方もロクに知らんくせに刀を振り回した挙げ句、何本も人の作品をダメにしやがった奴ぁ」
「やかましいわ、お前がもっと頑丈な刀を打っておれば、儂ももう少し楽ができたんだがな」
「かっかっ。自分の技量の無さを刀のせいにするなど、武士の風上にも置けん愚か者よな」
なんか殴り合いでも始めそうだが、もう放置で良いよな。
◇◇◇
「して、これと同じような刀を打ってくれ。お主なら打てよう?」
「何言ってんだ、国信と同じ刀って。無理だ無理、帰れ」
一段落し、ハル爺がサラッと鞘に入った国信を差し出すと、源造さんは、打てば響くように切り返した。漫才できるんじゃないのか、この二人。ハル爺と源造、ゲンさんでいいや。大工の、じゃなくて鍛冶屋のゲンさん、パチスロみたいだな。
「ほう、国信と知っているか」
「鍛冶屋舐めとんのか、ここいらのまともな鍛冶屋なら、皆知っとるわ」
いや、それは言い過ぎのような気もするが。大体ゲンさん、まだ鞘と柄しか見てないよ。
「国信は、特別なのですよ、アロイス様」
俺の心を読んだように、桜さんが説明をしてくれた。
「見る人が見れば、すぐに分かるのです」
「振ってた私は分からなかったのですけど!」
春香さんの叫びを、桜さんは華麗にスルーした。なんか、春香さんの扱いが段々と不憫に感じるようになってきたな。
「天断さんほどではありませんけれど」
桜さんの、その何気ない一言に、食い付いた御仁がいた。そう、この流れでは、当然ゲンさんである。
眠いです……




