第60話 鍛冶屋との遭遇
夏織さんは、そりゃあもう、別人かと思うくらい気合いが入った格好をしていた。いや、服装自体は、俺と朱家の本宅で初対面した時とそんなに変わらないと思うのだが、何というか、雰囲気?うっすらと化粧もしてるし、アクセサリーだって違う。頑張って可愛い系にまとめた、という努力が滲み出ているのだ。
「ど、どうしたの夏織、やっぱり特別な人でもいるの?ねえ、いるの?」
こちらはこちらで本当は意外に乙女、とか本人に言うとぶっ飛ばされそうだが、そういう面もある春香さんは驚いていた。
「や、やや、やっぱりとは何だ!他人の家に行くのだから、これくらいして当然だろ?」
激しく動揺している夏織さん。いやー、可愛いね。ミニ丈ノーパンで破廉恥ハイキックしてたのと同一人物とは思えん。
「いるの?ねえ、いるの?」
オラオラ言うてみいや、お姉さんが聞いてやるぜ、とでも言いそうな感じの春香さんであった。絡み方がおっさんのそれだぞ、脳筋乙女よ。
鍛冶屋には、俺と桜さん、春香さんに夏織さん、そしてハル爺の5人で向かった。サマンサさんが居ないが、どうせその辺で隠れて見てるんだろう。桜さんが呼べば即時召喚だろうから何も問題ないな。
道中、夏織さんは露骨に挙動不審であった。会話も上の空で、ずっとそわそわしていた。鍛冶屋がある集落に入ったあたりから更に落ち着きが無くなった。そして、鍛冶屋の建物が見えた時、その緊張は頂点に達したようで、まるで機械仕掛けの人形、ロボットのような動きになっていた。終始そんな感じでテンパってたので、鍛冶屋の情報は聞けなかった。まあ、お弟子さんに懸想しているのだろうから、どちらにしても鍛冶屋本人の話はあまり知らない可能性が高そうではあったが。
「頼もう!」
敷地の境目らしきところまでやってくると、突破力に定評のありそうなハル爺が大声を張り上げた。しかし、作業場のような場所から金属を叩く音が聞こえるばかりで、誰も出てこなかった。
「頼もう!誰ぞあるか?」
ハル爺は再度呼びかけたが、叩く音が響き続けるばかりで、一向に誰かが来るような様子ではなかった。呼びかけを続けるハル爺の横で、俺は桜さんに聞いた。
「なあ、あの音って、鍛造している最中じゃないのかな?」
「そのようですね、アロイス様」
「じゃあ、もし聞こえてても、終わるまで手が離せないんじゃないのか?」
俺の疑問に答えてくれたのは、意外にもハル爺だった。
「鍛冶師はそうだが、家事をやっておる者もおるだろう」
「そうなんですか」
下男とか、そういうことかな?鍛冶屋とかでもいるのかな、下男。ああ、そう言えば落語家とか、住み込みの弟子に家事させてたりしてたとか聞いたけど、そんな感じかな。
ハル爺は、再度呼びかけ、それでも動きが無いのを見ると、呆れるように言った。
「飯炊き女もいないのか、ここは」
「お、おお、女!?」
痺れを切らしたのか、勝手に敷地に入っていくハル爺の放った特定のキーワードに反応した夏織さんであった。まあ、何となく分からんでは無いが、ちょっと落ち着け。
「ちょ、ちょっとハル爺、勝手に入ってはいけません!」
さっきまで夏織さんをイジっていた春香さんであったが、ハル爺が大股で作業場の方に進んで行くのを見ると、慌ててついていった。なんか、祖父と孫の会話みたいだな。
「なんか、和むなぁ」
俺は、わざとらしく桜さんに話を振ってみた。というのも、さっきからこの方、どうにも悪いオーラを消し切れていないのである。珍しい、と思う一方、何を考えているのか、聞くのが怖すぎる。
「そうですねぇ」
桜さんは、相変わらずな天使の微笑みで返してくれた。ああ、癒される、癒されるんだけど、いや、もう止めよう。俺には無理。
気を取り直し、オーラ全開の桜さんと、フリーズ寸前の夏織さんを連れて、俺はハル爺の後を追った。ハル爺は歩くのが速く、もう既に作業場らしき建物の中に突入していた。そして、当然のように中から聞こえる怒声の応酬。もう、帰ってもいいだろうか。
発注先と喧嘩してどうするんだよ、このクソ爺め。
俺は頭痛が痛いを通り越していくような感覚を覚えつつも、仕方なくその建物の中を覗いた。
「素人が鍛冶場に入ってくるんじゃねぇ!出て行けっつってんだろ!」
クソ暑い部屋の中で、鍛造でもしているのだろうか、ふたりの男が代わる代わる鎚で真っ赤な鉄らしき塊を叩いていた。叩かれている塊は、別の男が長い火箸のようなもので押さえていた。怒りながら出て行けと叫んでいる男は、叫びつつも作業の様子から目を離さない。
ほら見ろ、作業中じゃないか。
「母屋で待たせてもらうぞ!」
話をしかけていたハル爺も剣幕に押されたのか、短く用件を告げたようだ。怒っていた男は、恐らく鍛冶屋本人だろうな、ハル爺を見ることもせず、手で払うような素振りを見せた。さっさと出て行け、というところだろう。気に食わなかったのか、苦虫を噛み潰したような顔をしたハル爺が大股で部屋、鍛冶場から出てきた。
「母屋に向かおうぞ!」
誰に言うでもなく宣言して、ハル爺は母屋らしき建物に向かっていった。鍛冶場の入り口で様子を窺っていた残りのメンバーも、困惑しつつ後に続いた。
なんかもう、前途多難だわ。もう帰りたい。
す、進まないよぅ…。




