第59話 想い人
程なく帰ってきたハル爺と橘さんは、帰って来るなり俺のところへやってきた。
「アロイス様、春香様の刀のことでお話がございまして」
橘さんは畏まっていた。少し緊張しているのかも知れない。俺と話すことのどこに緊張の要素があるのか分からんが。
「はい、何でしょうか」
「鍛冶屋に、近場で一人心当たりがあることはあるのですが」
ん?歯切れが悪いな敏腕商人。こういうときは大抵ろくでもない話になるんだけどな。まあ、視点が違うから、取引先の営業と俺とでは考えてることが違うなんてことは良くあったから、実は大したことないのかも。
「商い相手の私が言うのも何ですが、相当な変わり者でしてね。腕は確かなんですが」
あー、これ面倒臭くなるパターンだ。絶対そうだ。
「あーいや、時間が無いわけでもないんで、多少離れてても大丈夫で」
「何を言っておるか、アロイス殿」
げは、ハル爺降臨したよ。
「お主の巫女、春香お嬢は、今は実質丸腰であるぞ。武人として、仮の得物など、怖くて命を預けられんわ」
そんなもんか。まあ、確かに命張るんだから、事務用品の5本で100円的なボールペンじゃいかんか。
「先程も散歩がてら店を少し見てきたのだがな、ろくな物が売っておらん。どれもこれも、お嬢が振っただけで折れそうなものばかりでな」
ハル爺は物凄く残念そうな顔をしているが、そ、そんなこと言ったら春香さんの導火線に火が付きそうだけどハル爺だから大丈夫なのか。俺は絶対に言わないけどな。
「昨今は戦も落ち着きましたから、市井の鍛冶屋は金物屋の真似事をしているとか」
「戦など、いつ起こるか分からんというのに、こんなことでは先が思いやられるな」
ハル爺にしてみれば、いざ戦の時に劣悪な武器を使わされることなどあっては困る、といったところか。俺は平和ボケした国からやってきた人間だからな、その辺りがどうにも疎いのだが。
で、話が逸れてるな。
「で、心当たりのある方とは、どういった方なのですか?」
「そうですね、その話でしたね」
ハル爺のせいで、橘さんまで話題を忘れるところだったじゃないか。
「して、その鍛冶屋はどこの者か」
しかもちゃっかり話に入ってきてるよ、この爺さん。ああ、ハル爺って、俺からすると、爺さん、って歳でもないんだけどなぁ。春香さんが爺って呼ぶからな、ついつい。
「山脇様でしたらご存知やもしれませんが、三波にいる、源造という鍛冶屋です」
「三波の源造か、名は聞いたことがあるな」
「有名な方なんですか?」
「うむ、腕は確かと聞いたな。しかし、それ以上に変わり者だと聞いたな」
何も知らない俺の素朴な疑問には、意外と真面目に答えてくれるハル爺であった。しかし、俺にしてみればあんたも春香さんも充分変わり者だと思うぞ。
それはともかく、さて、思案のしどころよのう。どう見ても揉め事しか起きそうにない状況で、敢えてそこに突っ込む。そこに痺れる、憧れる!とか言えるほど若さも勢いも馬鹿さ加減も無いので、出来れば御免被りたいところだ。ところであるが、わざわざ面倒なのが分かってて客に紹介するということは、裏に何かあるわけで。さてさて、どう聞いたら教えてくれるのかな?
「何故その方を推されるのですか?橘様」
いつの間にか、というよりは初めから後ろにいたけど存在感を消していた感じの桜さんが、いきなり登場したかと思うと、ずばり核心を突いてしまった。おお、直球ど真ん中いっちゃう?いっちゃうの?
「ええ、というのがですね」
って、あんたもあっさり語るのかよ。
で、橘さんの話によれば、その鍛冶屋、腕は良いが偏屈なので、戦もない今となっては商売としてはさっぱりらしい。まあそうだろうな。しかし腕が良いので、教えを請いに行く人間はいたらしく、仕事を手伝わせるのに何人か弟子名目で置いているらしい。が、先立つものが無ければ住み込みの人間の面倒も見れないわけで。
「そこにですね、私も良く知っている男が弟子で行っておりましてね」
ははあ、話が読めてきたぞ。その偏屈親父が好きそう、かつ実入りの良さそうな仕事を斡旋して、住み込みの連中を追い出さなくて済むようにさせたい、そんなところか。刀一振りの仕事で、そんなに違うものなのかどうなのか、良く分からんが。
俺は、橘さんの話から色々考えるのに夢中だったので、後ろの桜さんがとっても悪い笑顔になって、邪なオーラを放っていることに気付いたのは、随分と後のことであった。
「春香さん、春香さんの刀のことなんだけどね」
特に予定も無いし、場所も遠くないので、すぐに行ってみることにした俺は、まだ話し込んでいた春香さんと夏織さんのところに行った。
「どうやらこの近くに腕の良い鍛冶屋がいるらしくて、これからそこを訪ねてみようかと思ってるんだけど、春香さんも行くかい?」
面倒そうだと後回しにしたら、しんどくなるのが見えているので、先に済ましてしまおう、というのが本音である。俺はどちらかと言えば先送りにするのが好きなのだが、まあ、絡む相手にもよるわけで。
「そうなの、それは僥倖ね、もちろん行くわ。自分が振う刀を打っていただくのですもの、行かねば失礼。当然でしょう?」
そう言うと、早速立ち上がった。そう、この娘、割とせっかちさんなのだ。思い立ったら即行動。口より手が先に出るタイプなのである。まあ、脳筋女子だし?ちなみに性格は若干違うが、嫁様も早よ早よタイプなので、用事を先送りなんぞした日には、血の雨が降りそうである。
が、その横、同じく脳筋女子タイプかと思っていた夏織さんの動きが鈍い。というか、困惑しているようにも見えるが、どうなんだろうか。
「夏織さんはどうす……」
「勿論一緒に行ってくれるよね?夏織」
春香さんが満面の笑顔で夏織さんに話しかけた。一方の夏織さんは、若干挙動不審だ。
「あ、ああ、勿論行くぞ。その前に準備をしなくてはな、人様の家を訪問するときには、それなりに準備が必要なのだ、ちょっと待っててくれ春香」
そういうと、夏織さんはいそいそと部屋を後にした。何だろう、若干浮ついてたな、まるであれは、そう。
恋する乙女のようだ。
「もしかして、今から行くところに、想い人でもおられるのでしょうかね、夏織様」
桜さんが何気ない風を装い、言葉を漏らす。
「えっ!か、夏織に想い人?そうなのですか桜?」
案の定、食いついてきた春香さん。まあ、恋バナ好きよね、脳筋女子でも。
盛り上がる春香さんを横目に、俺は先程の橘さんの話を思い出していた。そう、知っている男がいるとかいう、あの話だ。こ、これはひょっとして所謂幼馴染みとか、そういうやつではないのか?夏織さんは男が好きなんだけど、身分違いの恋で橘さんに認めて貰えず、お見合いばかりさせられても全く気乗りしないので、普段はわざと粗野な振る舞いをしているとか。やさぐれ美人が、実はきゅんきゅんな恥じらい純情乙女とか、ど、どんだけギャップ盛ればいいと思ってんだ!いいじゃねぇか、俺大好き!
春香さんに負けず劣らず、俺も妄想が暴走していた。
月1がギリになりつつあるなぁ。
時間が欲しい、切実に。




