第53話 国信
「書状は拝見いたしました」
奥に案内された俺たちは、店の主人らしき人と向かい合っていた。歳は、俺と同じか少し上くらいかな、程良く弛んだ体と悪人面が、如何にも越後屋的でツボにはまった。王都のメニカムさんといい、この世界の商人は悪人面がデフォルトなのだろうか。一度問い詰めてみたい。
「わざわざ山脇様ほどのお方が直接出向いてこられるなど、火急の用件かと思いましたが、そうでもなさそうでございますね」
「うむ、火急では無いと言えばそうだな。しかし、重要な用件ではある」
勝手に話を進め出す主人とハル爺であったが、俺はそれどころではなかった。俺の目の前に、ちょっと想像できない人が座っていたからだ。
その人は、朱色の映える着物をきっちり着て、何食わぬ顔で主人の横に座っていた。アルカイックスマイルを浮かべているその様子は、如何にも良家のお嬢さんだ。とてもではないが、丈の短い着物でハイキックするようなお転婆娘には見えない。まあ、日焼けまでは誤魔化せないみたいで、深窓の令嬢には程遠いが。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょうか」
ハル爺は突然会話に割り込んで口を開いた俺を訝しげに見ていたが、流石に商人と言うべきか、主人は特に表情を変えることなく、こちらを向いた。
「そちらの、……お嬢さんは?」
「おい、何でそこ、そんなに間が開くんだ」
お嬢さんは、全然体裁を気にすることもなく、ラフな言葉で突っ込んできた。ああ、黙ってりゃ良い女で押し通せるだろうに。
「やめなさい、全く。失礼ですよ」
主人は苦笑いを浮かべながら、お嬢さんに言った。注意しているというよりは、言うこと聞かないけど取り敢えず言っとく、みたいな感じだな。
「申し訳ありません、言葉遣いがなっていないもので。こちらは娘の夏織でございます」
夏織さん、か。やっぱり、勘違いじゃないよなぁ。
そこから、改めてお互いの自己紹介をした。俺、やっぱりハル爺のお付きの者くらいの認識しかされてなかったみたいだ。いや、まあいいんだけどね、いいんだけどさ。
「この度は、急な訪問にも関わらずご対応いただき、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ、お名前も伺わず、失礼いたしました」
取り敢えず社交の挨拶から入るのは、社会人としては当たり前のやりとりなのだ。アポも取らずにいきなり押しかけて、ダイレクトに用件から入ってしまうような脳筋ジジイと同じにしないでいただきたい。まあ、日本の常識、異世界の非常識。郷に入らずんば郷に従え、とも言うんだけどさ。
本日はお日柄も良く、時候の挨拶とかやってる感じでもないので、俺はすぐに本題に入った。
「実は、書状にもあるかと思うのですが、この刀くらいの業物を打てる刀鍛冶を紹介していただきたいのです」
春香さんから道中刀を預かっていた桜さんが、鞘入りのまま、主人、朱屋の橘徳道という名前だそうだが、その前に刀を置いた。差し出した刀の柄を見て、彼は目の色を変えた。
「悪い冗談ですな、国信と同じくらいの業物など、鉄虎しかありませんよ」
「ご存じか、いや、流石ですな」
ハル爺が感心したように声を出した。
「これでも日出壱の万屋を自負しております朱屋の主、目を見くびって貰っては困りますな」
そう言って橘さんは笑った。
「抜いても、よろしいですか?」
ハル爺に確認を取ると、橘さんは刀、国信に手を伸ばし、まるで宝物を扱うように恭しく掲げると、鞘から引き出した。そして、出てきた刀身を見て、彼は顔色を変えた。
「こ、これは、一体どういう」
「事情がありましてね、切れてしまったのですよ」
俺は、敢えて折れたとは言わなかった。しかし、衝撃を受けていたのは、橘さんだけではなかった。刀身半ばもいかないところで綺麗に切断されている刀を、まじまじと見つめている彼を横目に、春香さんが驚愕の表情でハル爺に問いかけていた。
「ハル爺、これが国守信正が振ったという国信だというの?」
ハル爺は、目を閉じ、大きく息をして、呼吸を整えた。
「そうです。お館様からは口止めされておりましたが、もう良いでしょう」
「な、何故そんな家宝を、女である私が持っていたの?」
「春香お嬢様」
ハル爺は、佇まいを正して春香さんに向かった。
「いや、春香様。それは、お館様が、春香様にこそ相応しいと思われたからに他なりませぬ」
「し、しかし」
「最も振うに相応しい者が持つ、それが国信でございますれば」
「ハル爺…」
お嬢様と執事の間のハートフル?な会話が続いていた。まあ、商談中じゃなければもっと良かったんだけどな。相変わらず空気読まないなこの人たちは。
「……これはこれは。国信が真っ二つなど、この目で見ても信じられませんな」
やっと再起動した橘さんが、空気読まない主従の会話の合間を縫って言った。
「国信を切り飛ばしたというのは、もしや、あなたがお持ちの、そちらの刀ですか?」
橘さんが、恐る恐るといった感じで聞いてきた。やっぱり何か漏れてるのかな、天断さん。
「ええ、そうですが」
「よろしければ、見せていただいても?」
「見ていただくには全然構わないのですが、触らない方がよろしいですよ」
そう断りつつ俺は、自分の横に置いていた天断さんを、橘さんの目の前に持ってきた。
「そ、それはどういう?」
「普通の方が触ると、精神と言いますか、心を持って行かれますので」
「わはははは!そいつは面白い!」
父親の横から折れた国信を興味津々で見ていた夏織さんが、豪快に笑いながら凄い速さで天断さんに手を伸ばした。しかし、それを上回る速度で、桜さんがその手を制した。一気に空気が緊迫する。
「お止めくださいませ。この刀は、何人たりとも我が主の許可無く触れること能いませぬ故」
ワイルド美人と完璧超人が至近距離で見つめ合っている。こ、これは百合展開かっ、とか現実逃避しかかっていると、夏織さんが先に折れた。
「分かった分かった、ついつい面白そうで手が出てしまった。許せ」
「お分かりいただければ結構ですとも」
お互いに満面の笑顔で手を引いた。夏織さんがフェイントでもう一回手を出しそうな気もしたが、この桜さんの氷の笑顔を見せられてそんなこと出来たら、それはそれで凄い。
「では、抜きますよ」
俺は、天断さんを抜いた。手入れも何もしていないにも関わらず、曇り一つ無い美しい刀身が現れた。同時に、頭に激痛が走り、俺は半ば暴れ馬を押しつけるような感覚で、天断さんを畳の上に置いた。
「こ、これは……」
橘さんが息を呑んだ。夏織さんは笑顔のままだが、緊張しているのが伝わってくる。やはり、この刀は妖刀魔刀の類なのだろう。
「あまりの美しさに、吸い込まれそうだな」
ハル爺が口を開いた。じっくり見るのは、彼も初めてなのだ。
「あの国信を切り飛ばした、にも関わらず、刃こぼれ一つ見当たらない。信じられない」
橘さんは驚きを隠さなかった。




