第51話 道着お姉さん
「すまんすまん、こっちに来るとは思わなくて。大丈夫だったか?」
見上げた俺の目に飛び込んできたのは、春香さんに負けず劣らず気が強そうな目をした顔と、春香さんには無い大きな膨らみふたつであった。俺は、思わず膨らみを凝視した後、春香さんの方を向いた。いや、向いてしまった。
すると、顔を真っ赤にした春香さんがつかつかと近づいてきた。俺は彼女に胸ぐらを掴まれて、引っ張り起こされた。
「あんた、絶対今失礼なこと考えたでしょ」
そう言って、春香さんが笑顔になった。あ、これは来るな、と思ったが、その前に大きい膨らみの女が、こちらは春香さんとは対象的に呆れを含んだ笑顔で言った。
「まあまあ、何だか知らないけど、少し落ち着けって。女は度胸、器が小さいと男が逃げるぞ」
「ち、ちいさっ……!」
そう呟いて、春香さんは、固まってしまった。
後を追ってやってきた桜さんに、春香さんを託すと、俺は改めて目の前の女に向き合った。初見で飛び込んできた、春香さんと良い勝負な、気の強そうな目。そして、割に大きな膨らみふたつ。さっきは上から見下ろされていたせいか、なかなか凶悪なアングルであったが、立ち上がればそこまででもないかな。重力は偉大なり。
思考が飛びそうになった。目と胸しか見てなかったことを自覚したので、全体を改めて把握した。決して舐め回すように見た訳じゃないはずだ。
髪は少し赤みがかっているだろうか。そういや学校の先生にもいたな、赤混じりの人。地毛が赤くて、染めてるとか言われて学生の頃は大変だったらしいが、今はそれは関係ない。そんな髪が、短くばっさり切られている。おかっぱ、ではない。所謂ショートカットだ、俺に髪型のボキャブラリーは無いので、具体的な呼び名は分からんが。何だか目付きも相まってボーイッシュだ。
顔は、そうだな、いかにも気の強そうな鋭い目が一番に目立つが、他のパーツも整ってる。まあ、若干系統は違うが、春香さんと同じくらいの美人さんだ。
服装は、これがちょっと何とも言えない。着物の丈を切り詰めて、ミニスカートくらいまで短くした感じ。腕も半袖かちょっと長い程度だ。まあ、言ってみれば空手とかの道着の丈は長いけど上だけバージョン。ラフな着方のせいか、胸元も大きく開いてる。ブラも無いだろうに、どういう仕組みで止ってるんだこれ?
暫定上だけ道着からは、日焼けした手足が伸びている。割にしっかりした腕も、スラッと締まった脚も、日焼けしている。何というか、健康エロだ、健全なエロを体現している。身長は俺と同じか、ちょっと高いか?黙ってりゃ出るとこ出たモデルさんみたいだな。
というか、さっきは顔と胸しか見てなかったが、これローアングルで見ると色々とダメっぽいやつなんじゃないのか、けしからんやつなんじゃないの、これ。
妄想が暴走しかかったところで、道着お姉さんが口を開いた。
「私は見せ物じゃないんだけどな」
「お、おお、これは失礼。頭でも打ったかな、呆けてしまって」
俺は必殺技、困ったときの営業スマイル、笑って誤魔化すを発動した。おっさんの笑顔がどこまで通じるのかは知らんが。
「……まあ、そういうことにしといてやるよ」
道着お姉さんは、仕方ないとばかりに目を逸らしながら言った。何故か割と有効なんですよね、この技。
俺は、しかし、この後をどう繋いだら良いのか困ってしまった。どう切り出したものか、無い頭を使って逡巡していると、ありがたいことに向こうから話を振ってきた。
「……で、あんた何しに来たんだ?今ここで何やってたか見えてただろ、分かって入ってきたのか?」
「え?何してたんですか?」
俺は、ちょっと考え事してて見てませんでしたすみません、と続けようとしたが、それは叶わなかった。道着お姉さんが、俺の言葉を遮るように言葉を被せてきたのだ。
「当然分かってて入ってきたんだよなぁ?その腰の得物は飾りとか、言わないよな」
「これ?ああ、一応真剣だけど」
「わはは、よもや竹光とか言い出すんじゃないかと思ったが、一応真剣か、そりゃあいいや」
ちょ、なんか話がありがたくない方向に進んでるような気がするのは俺だけか?
「え、あの、ちょ」
「言いたいことがあるなら、拳で語れや。まさか丸腰の女相手に抜く気か、この不具野郎様は」
こんな良い女相手なら、丸い腰抱えて抜きたい気はするな、確かに。いや、そうじゃない、思考がずれた。って、何でまた俺はこのねーちゃんに煽られてるんだ。
「アロイス!」
突然、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。しかも呼び捨て。ちなみに、初めの頃は呼ばれても自分の名前だと気付かずにスルーしたこともあるが、流石にもう慣れてきた。この声は春香さんだな、フリーズから復帰したようだ。
「そんな、ちょっと胸がデカいからって調子に乗ってる女なんかに負けたら許さないんだから!」
え?何それ、どういうこと?というか、キャラ崩れてないか春香さん。半月も裸の付き合い続けたら、すっかり地が出たってこと?
「そういうこった。オラ、さっさと始めようぜ」
そんなこと言われても、完全に意味不明な俺に、残酷な天使が天上の笑みを浮かべつつ口を開いた。
「今から素手で決闘、ということですね。アロイス様、御武運を」
マジですか。というか、そんな解説、欲しくなかったよ桜さん。
てんやわんや、私の頭もてんやわんや。




