第47話 夜の攻防(後編)
沈黙が、支配していた。
何故だろう、どうしてこうなった。あまりの展開に、俺の頭はとっくの昔に理解することを放棄していた。
あの後、俺を散々罵倒した春香さんは、言い尽くしたのか疲れたのか、言葉が途切れ、少し落ち着いたようだった。そうなると、自分がやってしまったことの酷さに思い至ったのか、頰を紅潮させたまま、目を右に左に泳がせている。これは、やってしもうた、みたいなやつですかな。
「…私を抱いて、くださいますか」
唐突に、声が響いた。小さな声だったが、はっきりと聞こえた。俺の幻聴では無いはずだ。
「は?」
俺は思わず聞き返して、春香さんの顔を見た瞬間、一番駄目な地雷を踏み抜いたことを確信してしまった。ああ、彼女の心がゲシュタルト崩壊していく様が目に浮かび、俺は思わず天井を仰いだ。彼女は、俺の反応に構わず続けた。
「あなたのその綺麗な手によって、剣士としての私は心折られました。ええ、それはもう木っ端微塵に、完膚無きまでに叩きのめされました」
まぐれですよ、まぐれ、とかいう軽口の通じる状態ではなかった。命懸けで死合ったのだ、その事実すらも消し飛んでしまえば、あまりに惨いことになってしまう。最低限繋いでいた彼女の、武人としての矜持を、そっとしてやる方が大人の男なのだろう。
「あんな手に、と言ってみたところで、自分の不甲斐ないことに変わりは無く、余計に惨めになるだけです」
春香さんは、真っ赤な目でこちらを見据えた。
「せ、せめて、武家の娘として、立派に女の役割を、とは思えども、それも心が強く持てず」
そして、彼女はまた、俺の手に視線を移す。
「こんな綺麗な手の殿方に、昼も夜も良いようにあしらわれて」
いや、それ何か違うから。まるで俺が悪逆非道な悪徳エロオヤジみたいではないか、訂正を要求する。
またボルテージが上がってきた感じの春香さんを抑えるべく、俺は声を出すことを決断した。
「ま、まだ若いんだし、なんかこう、もっとこう、自由な発想とか無いの?」
「ジユウとは、何のことですか?」
そうか、自由という言葉は明治の産物だったか。概念自体、明治以降に輸入したんだっけ。
「自由か。何だろう、…傾奇者?」
「アロイス様、それは違います」
どこからともなく現れた桜さんが、華麗にツッコミを入れて止まった。
「そうかー、いや参った参った」
突然の登場に驚く前に、ノリで答えてしまった、俺はやっぱり関西人。
「さ、桜?」
気配も無く突然現れた桜さんに、春香さんは驚くとともに、困惑していたのであった。
「もう、アロイス様ったら」
桜さんが俺の両頬に手を当てた。
「春香様の決意が鈍る前に、受け容れて差し上げてくださいな」
桜さんの、その言葉を聞いた途端、何かが俺の中で外れた。
「そうだったな、俺は傲岸不遜、傍若無人に振る舞わなくてはいけないんだったなぁ」
桜さんの手が離れると、俺は唐突に、春香さんを左手で抱き寄せた。ほのかに香る石鹸のような、花のような女の香りが、俺をなお滾らせた。
「あ、アロイス殿?あっ!」
俺はそのまま、春香さんに覆い被さり、彼女の唇を塞いだ。右手で彼女の体を弄ると、ぎこちない反応を見せた。嫌がるような、しかし拒否してはいけないと受け容れようとするような、何とも歯痒い、嗜虐心を煽る反応であった。
俺は大いに興奮し、彼女を貪り喰った。
◇◇◇
翌朝、俺は春香さんを寝かせたまま、寝所を出て中庭っぽいところに出ていた。朝の爽やかな空気を胸一杯に吸い込むと、何とも心地良い。年甲斐も無く頑張ってしまったからか、体の至る所が痛い。いや、頑張ったって、別に夜のことだけじゃないよ。昼間も無理して体ひねったりしたからね、うん。
俺はもう一度伸びをして、呟いた。
「ああ、やり過ぎたなぁ」
「確かに、気をやるまで攻め立てられたのは、初夜としては激しかったかもしれませんけども」
いつの間にか側にいた桜さんが、話しかけてきた。いつもすまし顔の彼女だったが、この時だけは、ニヤニヤとしか言いようのない表情をしていたように思う。別に横で見ていたわけじゃ無いと思うんだけど、何故知ってるんだろう。まあ、春香さんが気を失なったのか、呼びかけに反応しなくなった時は、流石に焦って彼女を呼ぼうかと血迷ったことは確かだが。
でも、いいや。この子のことでいちいち驚いてたらきりが無いのは、もう十分に分かったことだ。
というか、やり過ぎたってのは、そっちだけの話じゃないんだけどなぁ、いや、そっちも確かに調子に乗り過ぎたってのはあるけど。そんな俺の内心を知ってか知らずか、桜さんは相変わらずニヤニヤしている。エロオヤジかお前は。
「春香様もきっとご満足していただけたことでしょう」
「そうかなぁ」
「そうですよ。あんなに大きな嬌声を出させておいて、アロイス様ったら」
桜さん、なんかキャラ変わってない?こんな感じだったっけ?
そんなこんなで桜さんと会話をしていると、後ろに人の気配を感じた。若干怨念じみた感情のこもった視線を感じ、背筋に冷たいものも感じたので、誰かは大体予想が付きつつ、俺は振り返った。
そこには、刀の鞘を杖代わりに、腰を引きながら歩いてくる春香さんの姿があった。着崩れた白い着物姿で、胸元が若干はだけているのが、普段なら色っぽいと思うのだろうが、恨めしげな顔のせいだろうか、何故か幽霊っぽい。
「お、おはよう春香さ…」
「やっぱり酷い殿方ですね、アロイス殿は」
朝の挨拶もそこそこに、春香さんは恨み言を言い始めた。ああ、やっぱ初体験で気をやるまでってのは、駄目だったんだろうな。
「お、女を放って出て行くなんて」
え?そっち?
「せ、せめて初めての朝くらい、殿方に起こして欲しかったのに。私の夢でしたのに」
春香さんは意外とロマンチストだったようだ。意外、でもないか、乙女だったしな。
その後、散々恨み節の春香さんに、俺は平謝りであった。ええ、素面の俺なんて、対女性のスキルなんて持ち合わせておりませんからね。何故か、桜さんも一緒に謝ってたのが不思議ではあった。
書き直したい気もします(えー




