第44話 一難去って
お久し振り過ぎます。
しかし、やっと帰って来たよ…
仕合の後、俺は道場の控え室で独り、何をするでもなく待っていた。
取り敢えず負けはしなかったが、あれで勝ったのかと言われれば、激しく疑問である。勝った俺自身が、そう思っているのだから世話は無いだろう。
しかし、負ければ死ぬと分かっていて、潔く負けられるような武士道的精神構造を俺はしていない。世の中は不条理に満ちているのだ。友人をして不条理の塊と言わしめた俺がそういうのだから間違いない。
そういえば佐久夜さんは、巫女を支配して力を手に入れるとか何とか言ってたな。支配つっても、やっぱりアレ?組み伏せてヒィヒィ言わせちゃうぞ的な、ゲスまっしぐらな展開ですかねー。思考誘導で洗脳するにしても、俺のこの世界に対する前提知識が少な過ぎるしなぁ。時間かけて色々とエロエロとやってみるか?なんか、発想がそっちにしか行かないのは何故だろう。俺よっぽど溜まってるんだろうか、桜さんと散々やってるんだけどなぁ。まるで学生のようだよ。
そんなどうでも良い思考を走らせていると、ちょっと席を外すと言って出ていた桜さんが帰ってきた。
「只今戻りました、アロイス様」
「おう、おかえり。用事は済んだのかい」
何とは無しに聞いたのだが、殊の外桜さんが食い付いた。
「まあ、アロイス様ったら、そんなに私のことを気にかけてくださってるんですね」
「え?ああ、そうだよ、そうだとも」
「嬉しいですわ、この桜、身命を賭してアロイス様にお仕えいたします」
何だろう、違和感を感じてしまうんだが、何だろう。
「でも、今日のご寵愛は、春香様の為に取っておいてくださいね」
満面の笑みを湛えた桜さんの言葉に、俺は固まった。それって、そういう、そういうことなのか?
うそー?
桜さんが戻って程なく、俺は侍女に誘導されて、謁見の間に移動していた。本当に謁見の間に連れて行かれるのか、内心ビビりまくっていたが、処刑部屋に連れて行かれる事もなく、普通に案内された。
俺の正面には、信昭公が座っていた。目の前の信昭公は、穏やかに笑みまで浮かべていた。その左には春香さんが無表情に座っていて、そこから一段下座に渋い顔をしたハル爺が控えていた。初めに謁見した時と違って、俺の後ろには桜さんだけが座っている状態だ。
俺を案内してきた侍女が下がり、襖が閉まると、まずは信昭公が口を開いた。
「アロイスとやら」
「はい」
俺は出来るだけ平静を装おうとしたが、まあ小役人の下手糞な芝居などすぐにバレるわけで。
「そう固くならずとも良い、闇討ちなどしたりはせぬ故、安心せよ」
その言葉を聞いて、何故かハル爺が怒りの形相になったが、信昭公はそれを制した。
「南蛮の風習ではそんなこともあるのだろう。別に我らを謀ったり侮ったりしているわけではないと見受けるのだが、如何かな?」
信昭公の問いに、俺はどう答えたものか逡巡した。恐らくは、誉れ高き武士道を貫く当家で、そんな卑怯な真似などさせない、とでも言いたいのだろうか。しかし、下手なコトを口走って言質を取られるのもつまらない。
「そうですね、謀略は世の常ですから、いかなる場合も気をつけるに越したことはないでしょう」
「はっはっは、そう警戒せずとも、揚げ足を取るようなことはせぬよ」
あかん、全部読まれてる。
俺が嫌な汗をかいている間にも、信昭公は話を続けた。
「さて、長話も好きではないから、本題に入ろうか。春香」
「はい」
父親に促され、春香さんが三つ指をついた。
「私こと東青春香、これよりはアロイス=ルーデル様の巫女として務めを果たしてまいります。不束者ですが、何卒宜しくお願い致します」
な、何という破壊力なんだ、これが生粋の大和撫子の所作なのかっ。しかし、春香さんは頭を下げたまま、俺に顔を見せなかった。どんな顔しているのだろうか、とか思うのも下衆か。不本意な身請けほど、辛いことはあるまいて。春香さんの心境を思うと、件の張本人がどう言葉をかけて良いのか分からなかった。
その様子を見ていた信昭公が、ひと段落ついたと見て口を開いた。
「さてアロイス、春香のことでひとつ、頼みたいことがあるのだが」
「は、はい、何でしょうか」
ここはお義父さん、と言うべきなんだろうか、などと俺が馬鹿なことを考えている間に、また話は進んだ。
「そちが切り飛ばした春香の刀なのだがな、あれはちと特殊なものでな、普通の刀では替えが効かぬのよ」
「そ、そうなんですか?」
何だろう、替えが効かないとは、何か特殊な素材で出来ているとか、そんなところだろうか。
「そこで、儂が懇意にしている商人の伝手で、春香の刀が打てそうな鍛治師を何人か紹介してもらうことにした故、そちに交渉を頼みたいのだ」
「交渉、ですか?」
伝書の類ではなくて、交渉?
「そうよ、交渉よ。腕利きの鍛治師には変わり者が多くてな、抱えの者ならいざ知らず、伝えて終わりとは中々ゆかぬのよな」
職人気質、といったところか。め、面倒臭いなぁ。というか、抱えの者では無理な代物なのか、あれ。
「そちは見かけによらず、頭もそれなりに回るようであるし、機転も効くようだからの。金は路銀含めこちらで工面する故、頼まれてくれるな?」
そちの巫女の刀故、悪い話ではなかろう、と信昭公が話し終えた瞬間、三つ指状態から微動だにしなかった春香さんから凄まじい剣気のような威圧感を感じた。こ、これは所謂アレだ、返事は『はい』か『イエス』の二択、ってやつだわ。
「分かりました。誰あろう春香さんの刀ですし、その話お受けしましょう」
案内役として、ハル爺が一緒に来ることになった。これは、何か仕組まれたっぽいんだけどなぁ。これが「流れ」ってことかね、佐久夜さんや。
さて、時は過ぎ、日が暮れた。
信昭公の申し出で、夕食はご馳走になった。祝言ではないが、やはり娘の貰い手が決まったということで家臣団を呼び、宴を開いたのだ。集まった家臣達は、初見では俺のことをかなり侮っていたが、春香さんに試合で勝ったと知った途端、態度が急変した。まあ、そりゃそうだろうな、殿のご息女の行く先が、只の不具者なわけがないと、皆一様に納得していた。
肝心の宴は、いつぞやの戦国時代が舞台の大河ドラマで見たような、まさしくそのままの宴会であった。酒を呑み、歌い、踊る。皆、散々盛り上がっていたが、俺は途中で桜さんに手を引かれ、会場を離れた。
そして、小さな寝所っぽい部屋に入った俺の目の前には、今から切腹でもしそうな勢いの、悲壮感漂う、いかにも覚悟を決めたという春香さんが、白装束で鎮座していた。
…おい、これをどうしろと。
ちょこちょこと更新していけるかなぁ。
行ければ良いなぁ。




