第41話 死合
あけましておめでとうございます。年末年始も、相変わらず時間が取れないのが一番の悩みです(苦笑)
今年もマイペースに続けていく予定でございますので、お付き合いいただける方、どうぞ気長によろしくお願いいたします。
さて、約束の時間が来た。
俺は、天断さんを腰に差すと、悲壮な覚悟の元、道場に向かった。まあ、俺の場合は、人生どうしようもないところまで失敗したら死ねばいいや、と思ってやってきたので、死ぬ気でやる、というのは性に合っていたりする。ここ、笑うところですよ。
道場に入った途端、俺の目に飛び込んできたのは、髪の毛を後ろで束ねてポニーテールにし、ばっちり剣道着っぽい服を着込んだ、気合い充分の春香さんだった。しかし、ある意味剣気すら放ちそうな眼光鋭い彼女に対し、俺が真っ先に思い浮かべた感想は、
『剣術娘キター!』
であった。
もうね、これでもかってばかりにテンプレ通りなので、おじさんは感動してしまった。剣術娘と言えばポニテ。分かってるじゃないか、俺の夢。いや、だから夢じゃないって。
俺が感動で打ち震えていると、怖じ気づいたと見たのか、ハル爺が叫んだ。
「アロイス殿!ここまで来て辞退など許しませぬぞ!」
「あ?いや、勿論、辞退などしませんよ。ハイ」
「ならばこちらに参られよ!」
俺は道場の真ん中に歩いていった。春香さんも、同時に真ん中にやってきた。
「ただいまより、剣術仕合を行う!」
俺と春香さんが道場の真ん中で向き合うと、ハル爺が宣言した。
「検分は、私、山脇信春が行う!神聖な真剣立会故、余計な手出しは無用!」
ハル爺は、そう言うと桜さんに剣気というか殺気というか、何かを叩き付けた。うわ、素人の俺でも分かる、このビリビリするプレッシャー。まともに受けたら、俺だったら思わずチビリそうなくらいであったが、しかし、桜さんはいつも通りの微笑を崩さない。
「勿論でございます、山脇様」
お願い、そこは手出しして。
さて、ヤル気満々、殺る気に溢れた春香さんも、ハル爺ほどではないにしても、恐ろしい程のプレッシャーを掛けてくる。いや、まだ仕合始まってないんじゃないの?まあ、ボクシングなんかでも、もう試合前から勝負は始まってるとか言うんだろうけどさ。これ堪らんよ、こっちは格闘技とか全然経験の無い素人なおっさんなんだから、ちょっとは手加減てものをだなウダウダ。
「アロイス様、余裕ですね」
「えあ?」
春香さんから突然話しかけられて、若干現実逃避気味だった俺は動転してしまい、変な声を出してしまった。ハル爺の殺気が更に膨れあがるのを感じる。
「真剣仕合の前にも締まらないとは。……こ、こんな男を、何故連れてきたのですか!桜!」
春香さんは怒りに震えながら、桜さんに詰問した。しかし、桜さんは動じない。
「言葉で語るよりも、剣を交えれば自ずと分かりますよ、春香様」
何その強敵と書いて友と呼ぶ的な脳筋発想は。おかしいって、桜さんや。しかし、その言葉を聞いて、春香さんの目が据わった。あ、あかん、変なスイッチが入ってる。
「あ、あの、春香さん」
「あなたに名前で呼ばれる筋合いはありません!」
「もう良いだろう!両者下がれ!」
春香さんが叫び、ハル爺が切れた。春香さんは、美しいターンを決めて開始場所と思しき場所に下がり、こちらを向いた。眼光鋭く、俺の目を睨み付けている。そんなに見詰められたら怖いよおじさん。
「アロイス殿、貴殿も下がれ!」
俺もまた後ろを向き、春香さんと同じくらい歩いて振り返った。こんなもんかね、俺、作法とか知らんし。
「両者構え!」
俺は天断さんを抜き放つと、大上段と言ったか、真上に刀を振り上げ、やや後方に傾けて止めた。仕込みは終わったかな、上手く行けば良いんだが。
はてさて、命を張った博打の始まりである。
◇◇◇
春香は、目の前の男が刀を振り上げて止ったのを見て、驚愕とも激憤とも言えない、混沌とした感情に放り込まれていた。
『ふ、ふざけるにも程があります。何ですかあの構えは。私を舐めているとしか思えない!』
それでも、激情に流されて突っ込むほど、春香も馬鹿では無かった。ハル爺との仕合稽古で、常に冷静でいることの大切さは身に染みて分かっている。
『本人は全くのド素人ですね、動きに切れもなく、構えに安定感もない。ただ、あの刀は何かありそうですね』
アロイスとやらが刀を抜いた瞬間から、彼の纏う雰囲気が劇的に変化した。彼は今、小刻みに動いているようなのだが、余程その動きが早いのか、姿が振れてすらいるように見えるのだ。いや、そういうまやかしを相手にかける類のものなのかも知れない。
『妖刀の類ですか、いかにもですね。しかし、その程度の策では私には通用しませんよ!』
過去、春香の元には、様々な人間が訪れ、その者達と仕合をしてきた。中には、妙な妖術や得物を使うものも居た。しかし、彼女は、その悉くを看破し、切り伏せてきた。彼女に備わった天性の能力によるところも大きかったが、もちろんそれだけではなく、厳しい鍛錬の賜であった。
春香は、今回の相手は、妖刀遣いと推定した。勿論断定はしない、思い込みは慢心と油断を産み、あらぬ隙を生み出す。彼女は、その辺りは徹底して現実主義であった。
『しかし迷いは無用、我が最速の一撃で切り伏せる!』
春香は深く腰を落とすと、体を少し左に捻り、右手を左の腰に備えた刀の柄にかけた。所謂抜刀術の体勢である。
「始め!」
ハル爺の声が響くと同時に、春香は一歩短く飛んで距離を詰めた。しかし、アロイスは動かない。こちらをじっと見たまま、やはり小刻みに動き続けている。春香はアロイスの気配に細心の注意を払いながら、じりじりとすり足で間合いを詰めていく。そして、彼女は、自分の間合いに入る直前で、敢えて止った。何か違和感が拭えない。絶対に何かあるのは分かっている、しかし、相手は相変わらず不細工な構えのままで動きがない。こちらをじっと凝視しているだけだ。刹那、背筋を悪寒が走る。後ろに飛び退きそうになる体を押さえ込み、緊張の糸が引きちぎれそうになるほどに、彼女は相手の気配に集中した。答えは、何も無かった。
何も起きない。相手は完全に受けに徹している?つまり、普通であれば、相手の間合いに入った瞬間に、何かしてくる可能性が高い。しかし、体格からして、もう相手の間合いに入っているにも関わらず、相手は何もしてこない。
『この私相手に、後の先を取ろうと言うのですか。面白い!やれるものならやってみなさい!』
春香は、敢えて呼吸を外して踏み込むと、一気に刀を抜きはなった。一流の武芸者であれば、相手の呼吸を読むことなど造作もないこと。しかし、それを敢えて外すことで、相手の気を誘い込み最速の剣技を打ち込む。名付けて『呼外し』とはハル爺の言。他愛も無いことのように思うだろうが、呼吸を整えずに最速の剣技を放てる、その意味が分かるものにとっては、春香の剣はもはや化け物という言葉すら生ぬるいのである。こと対外仕合において、彼女の無敗神話はこの技によるところも多分にあった。
春香は刀を抜き放つと同時に、相手の気配の変化にも神経を尖らせていた。この刹那の狭間にも、彼女は決して慢心したりはしないのであった。それもまた、彼女の強みであった。彼女は、どこまでも剣技に対して、仕合に対してストイックであった。
春香の放った刀は、地を這うような低い軌道から、一気に駆け上がり、アロイスの右脇を正確に狙っていた。吸い込まれるように右脇に流れていく刀。何が起きるか、何も起きないか、彼女は神経を研ぎ澄ます。
何も起きない
何も起きない!
何も起きない!!
が、それは突然訪れた。




