第39話 死合の前に
何故、こんな展開になっているのか、俺にはさっぱり理解出来なかった。
信昭公や春香さんとの面会の後、道場脇の部屋に案内された俺は、若干うんざりしながら、桜さんに聞いた。
「桜、春香さんはいつもあんな感じなのか?」
「そうですね、思い込んだらとことんまでやる、というのが春香様の流儀ですね」
「あ、そうなんだ」
これはアレだ、猪突猛進、視野狭窄、片道切符、アクセル全開神風特攻隊だわ。大和魂万歳。
なんか違うか。
「一応聞きたいんだが、あれって本気なのか」
「あれって、何がですか?アロイス様」
「あれだよ、あの、お互いの命を懸けて真剣勝負ってやつ」
「はい、いわゆる果たし合いですね。仕合、とも言いますが」
死合の間違いじゃないのかね、それ。
「ふふっ、そう言うこともありますね」
ふふって。ふふって、笑えねぇんだけど。
そう、俺は何故か、春香さんと命懸けの真剣勝負をすることになっていた。
◇◇◇
信昭公の丸投げとも言えそうな無茶振りに、春香さんは毅然として答えを出した。
「アロイス=ルーデル様!」
春香さんは唐突に声を張り上げた。
「は、はい!」
俺は、その剣幕に押されて素っ頓狂な声を上げた。一瞬白けた雰囲気が場に立ち込めたが、気を取り直したのか、春香さんが続けた。
「その方、我が身を巫女として所望するか!」
「は、え?」
「答えよ、アロイス殿!」
思わず聞き返した俺に、堪りかねたのか、叫び声にも似た声でハル爺ががなった。これはまずい、何とか答えなければ。
「そ、その通り。私はあなたを所望する!」
春香さんの勝ち気な目が、大きく見開かれた。うわー、眼力半端ないよ。美人に睨まれるとマジ怖いって。
「ならば、その資格があるかどうか、我が身をもって試さん。お互いの命を懸けて、真剣勝負せよ!」
同じノリで答えてしまった俺は、その後に返ってきた春香さんの言葉を受け取るのに時間がかかった。
「え、ええっと」
「勝負は一刻の後、館の道場で執り行う。異論は!」
「い、いえ特に無いです!」
「ではこれにて!」
春香さんは、その場で立ち上がると、美しいターンを決めて、颯爽と部屋を出ていった。まさに、踵を返す、という感じであった。ホント、所作が美しいんだよね、きっと育ちが良いのだろうな。
「アロイスとやら、春香の申し出、よもや反故にするようなことはあるまいな?」
信昭公に念を押し込まれて、俺はその場を辞した。
◇◇◇
いきなり押しかけて娘をよこせっていうのも、大概非常識だから、この無礼者め!とかって切り捨て御免にされるのかと思ったが、何とかそうはならなかったようだ。だが、状況的には限りなくそれに近いものがあるな。
この勝負、明らかに俺に不利であった。だって、本当に真剣で命を懸けるならば、結局は殺し合いになるだろう。向こうは当然こちらを殺しに来るだろうが、こちらは目的の都合上、相手を殺してしまっては意味が無いのである。じゃあ手加減ができる相手なのかというと、そんなレベルでは、まずない。
「春香さんって、確か剣の達人なんだよね?」
俺は、確かそんなことを聞いたような記憶があったので、桜さんに確認してみた。
「そうですよアロイス様、春香様の剣技は、私など足元にも及ばぬ技量です。総合的な力量ではまだ元侍大将の山脇様の方が上のようですが、それも経験さえ積めば近い将来には」
おお、ハル爺ってば、そんな偉い人だったんだな。桜さんの話では、どうやら彼は信昭公の家臣団を束ねる要職にあったらしいが、信昭公たっての命で春香さんの教育係となったらしい。全盛期の彼は、日出国で並ぶもの無しと謳われたそうだ。そんなハル爺を技量では既に上回るという春香さんの剣。さぞ美しいことだろう。
しかしまあ、俺はそんなぶっちぎりの剣の達人と不利な条件で一合交えようってのかよ。身の程知らずにも程があるな。
「なあ、桜」
「何ですか、アロイス様」
「もっと穏便にする方法って、無かったんだろうか」
反対されるとか、嫌がられるとか、切り捨て御免は想定内だったのだが、いきなり当の本人と殺し合いとは、あまりの展開におじさんもう逃げたい。ごめんなさい、もう元の世界に帰りたいとか言わないから、お願い許して王都の家に帰りたいよお母ちゃん。
「大丈夫ですよ、アロイス様」
「いや、何がどうだから大丈夫なのよ桜さんや」
その自信の根拠を当の本人にも教えてくれよプリーズ。
「敵を知り、己を知れば、ですよ」
ここにきて何故孫子?
その後、桜さんから春香さんの話を幾つか聞いた。幼い頃から普通では無かった春香さんは、ハル爺の勘違い系なハード鍛錬にも充分に耐え、その才能を開花させた。十五を過ぎた頃から春香さんは、ハル爺と毎日のように仕合稽古を繰り返し、そのレベルの高さは、周りの者を恐れさせるほどだったという。
「そして、遂に春香様は勝利されたそうです」
負けたハル爺は、我が人生に悔い無し、とばかりに腹を召そうとしたらしい。どこまでもストイックだな、おい。
「私が春香様の側仕えになった頃には、里の者は疎か、隣国の者ですら、春香様の剣技の凄さを語り草にしていた程でしたよ」
おい、桜さんや、聞けば聞くほど俺にどうこう出来るレベルの人じゃない気がするのだが。
「でも、そのせいなのか、縁の話は全く聞いたことがありません。あんなに器量好しな方ですのに、貰い手が無いだろう、なんて言う者までいるのですよ」
まあ、春香様も、自分より弱い男に手込めにされるなど我慢できない、と言ってましたかね、と桜さんは笑った。
そこ、笑うとこ?
約束の時間は近い。俺は、頭を抱えた。




