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総務おじさん探訪記  作者: 中澤 悟司
総務おじさん、降り立つ
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第4話 伸るか反るか

「これなら売ってもいいですよ」


 俺は、スマホをテーブルの上に置いて言った。スマホは、ロック画面でアナログ時計の表示になっていた。ちなみに、時刻は腕時計と同じである。律儀な夢だ。

 買ったばかりのタブレットと、個人情報満載のスマホ、どっちを渡そうかちょっと悩んだが、どうせ夢だし。新しいのを渡すのも何だか勿体無いなぁ、と思ったのでスマホを出した。でも念のため画面ロックはかけたままだ。

 そうそう、先程のマジックアイテム蘊蓄話の途中で、俺はアラブさんに招かれて店と思しき建物の中に入っていた。組事務所に連れ込まれるようで、ちょっと警戒してしまったが、ここで気を悪くされるのも面倒な気がして、そのまま付いて入った。建物の中は、何か商品が陳列してあるわけでもなく、絵画や彫像などの調度品が幾つか、そして応接用の椅子や机が幾つか並んでいるだけであった。ひょっとしてこの調度品や椅子が商品なんだろうか。


「……いや、これは流石に。神の秘宝と、言われても驚きませんよ、これ」


 たっぷり時間を掛けてテーブルの上のスマホを見た後、アラブさんは言った。彼は、スマホに手で触れようともしなかった。ロック画面の時計は仕掛け時計を模したもので、画面上を時々鳥が飛んだり、人形が列を成して歩いていったり、はたまた時計の中から熊のぬいぐるみが出てきたりと、なかなか手の込んだ時計であった。ちまちまと動く様が可愛くて、俺は密かに気に入っていたのだが、刺激が強かったのか、彼はそれだけ言うと、時計を見入って動かなくなってしまった。流石に、とか言いつつも、相当興味を惹いたようだ。

 だがまあ、きっとさっきの時計よりも高いと思っているのだろう。せっかくの夢だし、ここで止まってしまっても面白くないので、俺は適当に言ってみることにした。


「じゃあ、こうしましょう。私はあなたにこれを売ります。あなたは、あなたの扱う商品の中でこれに見合うと思う、一番高くて良いものを持ってきてください。まあ、物々交換ってことですね」

「……いえ、ここまでの価値のあるものは」


 アラブさんは少し悩む素振りを見せたが、最後にはそう答えた。うーん、これ10万もしないから、腕時計の方が余程高いんだが、価値観てところなのだろうな。ニューヨークの中州みたいな話もあるし。進みすぎた技術は魔法と区別が付かない、なんて言葉もあるしな。


「ちなみに、あなた転売する気ですか?」


 俺は唐突にそう聞いてみた。商人だし、仕入れて売るのはまあ当たり前だろうけど、なんて答えるかな、と軽く興味を持ったのだ。しかし、アラブさんの答えは真剣そのものであった。


「……私の趣味は先ほどお話したように、レアなマジックアイテムのコレクションなのです。これほどの逸品、命懸けでも売りませんよ」


 おおお、凄い真剣だ。何言ってんだコイツ、みたいなオーラを隠せてないぞ。


「では私にとっても十分な条件ですね。大事にして貰える方にお譲りできるのは、とても嬉しいことです。あなたもそうでしょう?ですから、転売はしないこと、あなたの扱う商品の中で最上級のものをいただけること、この2点で、取引成立としませんか?」

「本当に、良いんですか?」

「ええ、構いませんよ。あ、それと」


 当然何か追加で条件は出てくると踏んでいたのか、アラブさんはやや安堵したような、不安なような、期待しているような、緊張しているような、何とも言えない、色んな感情が綯い交ぜになった表情になった。


「それは若干特殊なアイテムでしてね、まめに手入れをしてやらないと使えなくなるのですが、この辺りの方ではおそらく手入れが出来ないでしょう」


 おお、更にプレミア感が上がったのか、なんかアラブさんの気に入った感じが半端ないな。あれか、手がかかるものほど好きになる、オールドカー好きみたいなもんか?俺はこんなもんにこんだけ手をかけられるほど余裕があるぜ、っていう自己顕示欲なのか、どっちなんだろうな。どっちもか、まあいいけど。


「ですから、その面倒は、当面は私がすることにしましょう。そうすればいくらか安心でしょう?」

「え?」


 アラブさんは呆けた顔になった。何言ってるんだ、コイツみたいな顔だ。ああ、やっぱり怪しかったか。売ってはやるけど、メンテは任せろ、っていうのは大抵後が怖いものだからなぁ。でもバッテリー切れて使えないとかで逆恨み襲撃されても嫌だし。ってか俺夢のくせにチキンは相変わらずだな。どんだけ襲撃警戒してんのよ。でもまあ、これならメンテナンス要員としての俺の価値があるから、無碍な対応はしなくなる、と願いたい。


「……あまり良い話では無かったですかね。まあ、それであれば残念ですが」


 さて、これで、と立とうと身を前にした。うむ、これで俺の義理は尽くした。奪われたら、……まあ夢だし。と思ったら、アラブさんは慌てて俺を引き留めに入った。


「あ、いや!逆です。とても条件が良くて、良すぎて信じられませんよ」


 ほう、そう来るか。ならばこれでどうよ、とばかりに、俺はもう一つ、条件を追加してみることにした。


「私は先ほども申し上げたとおり、はるか遠い国からやってきたものでして、この街にも今日来たばかりで右も左も。行く宛も無いので、可能であればしばらくの間、宿でも都合していただけると、とても助かるのですが」


 相手は商売人となれば、これくらいで分かりそうなものだが、さて。俺は、アラブさんの顔を、じっと見た。


「おお、そういうことでしたら、お力になれそうです」


 やはり、食いついてきた。いやー、トントン拍子だね。こんな展開だと、下手すると手入れ方法だけ聞き出されてゴミ箱ポイ、ってパターンもあるからね。ここがどこなのか分からんけど、アフリカ辺りだと、指輪や腕時計は手首ごと切られる、なんて話も聞いたからな。最初はどうなることかと思ったけど、話せば分かる相手で何よりです。人類皆兄弟。


 その後、俺はアラブさんに促され、先程居た入り口すぐの応接セットから、更に店の奥へと移動した。木製の頑丈そうなドアを抜け、廊下を通り、部屋の一つに案内された。その部屋も、先程のエントランスと大差なく、幾つかの調度品と、応接セットが置かれていた。お得意様商談用の部屋、というところなのだろうか。部屋の窓に鉄格子っぽいものがはまっていることが若干気になったが、ガラスの技術が進んでいないという設定なのかもしれない、と深く考えないことにした。

 部屋へ向かう間に、アラブさんから、何か商売でもしているのか、とか幾つか質問を受けたが、何となく適当に答えた。はるか遠い国から来たとか言いながら、荷物と言えば薄いカバン一つ、しかも宿も取っていないときてるんだから、普通に考えれば怪し過ぎるよな。でも、彼はレアアイテムへの興味が完全に勝っているのか、その辺は深く考えていないようだった。俺なら出身国に話題振りつつこの不審者めパスポートでも見せろやコラ、不法入国者かテメェ入管に突き出すぞ嫌なら分かってんだろうなゲヘヘ、的なゲスな対応も考えてしまうが、さすが夢、ご都合主義万歳。まあ最後まで分からんけど。


 アラブさんは、商品を用意してくるということで、店の奥に入っていった。彼と入れ替わりで、若い女性が入ってきた。広場や通りを歩いていた人たちと比べると、とても良い身なりをしているように見える彼女は、俺の目の前にカップを置いた。どうやら飲み物を出してくれるようだ。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 そして、彼女は、部屋を出ることなく、そのまま部屋の隅に移動した。メイドさんなのだろうか?割と綺麗な女性である。彼女は、目で追われていたのに気が付いたようで、俺の方を向いてにっこりと微笑んだ。俺も、ぎこちない笑顔を返して、視線を外した。俺は、夢の中であるにも関わらず、綺麗な若い女性を前に相当緊張していた。苦手なんだよね、若いコって。

 俺の目の前には、飲み物の入ったカップがあった。これ、実は俺にとってはかなりの試練なのである。というのも、俺はカップを上手く持てないのだ。綺麗な女性を前にして緊張したりすると、余計に震えが酷くなる。普段の日常生活ではそういう状況を自然と避けるので特段不都合もないのだが、こんな時は本当に困ってしまうのだ。言っても仕方ないことではあると分かってはいるが、俺は自分の体に文句を言いたい気持ちでいっぱいであった。


 流石に夢でも無様に零して憐憫の目で見られるのは堪らないのだが、出された飲み物に口を付けないのも失礼だよなあ、と俺は考えながら、出されたカップを眺めていた。

まったり進行です。

イメージをきっちり書くのは難しい…。

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